第81話 集う猛者たち、あるいは忍び寄る黒の影
ユウマがこの都市を去ってから数日後。冒険者ギルドの奥にある広めの会議室には、重苦しい空気が漂っていた。机を囲むのは、ギルド長のソウマ、そして険しい表情を浮かべたベーマタ騎士団長。さらに、この都市の命運を左右するほどの戦力を持つ、二組の有力な冒険者パーティーが集結していた。
ギルド長のソウマは、集まった面々を見渡しながら、心の内で小さくため息をつく。あの規格外の少年・ユウマが去った途端に、まるでそれを見計らったかのように大規模な問題が噴出するとは皮肉なものだ。だが、感傷に浸っている暇はない。眼前にいるのは、この危機を脱するための最高峰の戦力なのだから。
集まった冒険者パーティーの一つは、この都市を拠点とする最高位、Aランク冒険者パーティー『黒紅の無頼』だ。リーダーを務める大柄な戦士ショウゴと、鋭い目つきをした探索者のリュウセイ。その隣には、さらに3人のメンバーがそれぞれの武器を傍らに置いて椅子に座っていた。
「いやぁ、本当に助かったよ。ユウマが出て行った直後にこんな大事件が発覚して、正直どうしようかと頭を抱えていたんだが……お前たち『黒紅の無頼』がこうして前線に復活してくれて、本当に良かった」
ソウマが切実な声を向けると、リーダーのショウゴは豪快に頭を掻きながら笑った。
「ははは! ギルド長、そんなに歓迎してくれるなよ。こっちとしても、まさかうちのココナの復帰第一戦が、こんな物騒な合同の盗賊退治になるとは思ってもみなかったがな」
ショウゴはそう言って、隣に座る小柄な少女――ココナを見詰める。彼女は『黒紅の無頼』の主砲たる魔法使いだ。以前の戦闘で大きな怪我を負い長期離脱していたのだが、その表情にはすでに陰りはない。黒い三角帽子を深く被り直し、漆黒のローブを翻しながら、自信満々に胸を張った。
「ちょっと、ショウゴ、過保護すぎよ! 心配されなくても大丈夫だってば。怪我はもう完治したわ。見ての通り、バリバリ魔法も使えるんだから。遅れた分を取り戻すくらい、賊どもを消し炭にしてあげるわよ」
「頼もしいこった。俺達にとっても、今回は長期休暇が開けてからの最初の仕事だ。ココナのブランクを埋めつつ、まずは手堅くやるさ。油断して足元をすくわれるような真似はしねえよ」
同じくメンバーである実直な剣士のシュンスケが、愛剣の柄をそっと撫でながら呟く。その隣では、聖職者の服をまとった回復士のホノカも、静かに、しかし決意を秘めた表情で深く頷いていた。全員が一度大きな危機を乗り越えてきたからこそ、その佇まいにはAランクらしい独特の風格と安定感が備わっている。
◇◇
「がっはっは! 若い者が随分と慎重じゃのう! だが安心するがよい、儂らが来たからには、大船に乗ったつもりで居ると良いぞ!」
部屋の空気を震わせるような太い声で口を開いたのは、もう一つのAランク冒険者パーティー『豪勇の斧』のリーダー、フドウであった。
『豪勇の斧』は、今回の事態を重く見たギルド本部からの要請を受け、他の都市からわざわざ応援として駆け付けて貰った遠征パーティーだ。構成員は、リーダーのフドウを含む4人のドワーフと、極めて珍しい1人のウェアウルフ(人狼族)からなる5人編成である。
ドワーフゆえに皆一様に身長は低いが、その体格は丸太のようにガッシリとしており、厚い金属製の鎧が実によく似合っている。彼らの信条は「勇猛果敢」。一見すると猪突猛進な近接戦闘ばかりを得意としているように思われがちだが、そこは百戦錬磨のAランクパーティーだ。前衛が敵を固定している間に、遠距離からの精密な弓撃や、高価な魔道具を用いた魔法攻撃を織り交ぜ、さらには高度な回復薬を湯水のように使って戦線を維持する。非常にバランスの良い隙のない戦闘が可能な、傑出した傑物たちであった。
「フドウ殿、はるばる他都市からの過酷な依頼を受けてくれて、本当にありがとう。君たちの実力はかねがね聞いている。今回ばかりは本当に頼りにしているよ」
ギルド長のソウマが深く頭を下げると、フドウは大きな鼻を鳴らして笑った。
「頭を上げてくだされ、ギルド長。儂らはギルドの要請に従ったまで。それに、同胞を脅かす賊と聞けば、斧が黙っておらんのでな。……で? その、巷を騒がせている『黒の群盗』とやらは、一体どんな賊なのだ? そろそろ具体的な情報を教えてもらおうか」
フドウの鋭い問いかけに、ソウマは表情を引き締め、机の上に広げられた周辺地図を指差した。
「奴らは、総勢100人を遥かに越える規模の組織だ。ここ最近、急激に勢力を拡大している盗賊達でな。これほどの大世帯でありながら、実態が掴めないでいる」
そこへ、これまで沈黙を保っていたベーマタ騎士団長が、重々しく口を開いた。
「すでに複数の村や、流通の要である商会の馬車が立て続けに襲われており、被害は甚大だ。我が騎士団も報告を受け次第、すぐに現場に駆け付けてはいるのだが……到着した時には、奴らは跡形もなく撤退している。極めて高い機動力を持っており、何より組織だった無駄のない行動をする。個々の戦闘力もさることながら、統率された軍隊のようであり、非常に手を焼いているのが現状だ」
「ふむ……」
フドウは、立派な髭を蓄えた顎を撫でながら地図を見つめる。
「それほどの規模の軍勢が動いているとなると、必ず寝起きをする場所があるはず。拠点の場所はもう見つかったのか?」
「それが……」
ソウマは苦渋に満ちた表情で首を振った。
「現在、犯行のあった周辺一帯を、ギルドの斥候や騎士団の偵察部隊が必死に探索している。だが、未だに拠点の発見には至っていないのだ」
「何だと? まずはそこから始めねばならんのかぁ」
フドウが呆れたように声を漏らすと、ベーマタ騎士団長が申し訳なさそうに補足する。
「奴らの犯行エリアは非常に広範囲に渡るのだ。こちらも人員を割いて、怪しい山林や廃村をしらみつぶしに捜索しているのだが、神出鬼没で思うように足取りを見つけられないのだ。網の目をすり抜けるのが異常に美味い」
「なるほどな。数が多い上に、隠れ蓑を作るのも一級品というわけか」
ショウゴが腕を組み、隣に座る探索者のリュウセイに視線を送った。リュウセイは小さく頷き、
「だったら、まずは街道を重点的に巡回して、奴らのわずかな足取りを探すしかありませんね。どれほど隠蔽が上手くても、100人以上の人間が動けば必ず痕跡は残る。俺の目でそれを見つけ出してみせます」
「そうだな。そして、もし運良く巡回中に奴らの略奪部隊と遭遇したら、力ずくで捕らえよう。拠点の場所をたっぷりと白状させた後、本拠地へ案内させて一網打尽にするのが一番手っ取り早い」
シュンスケが好戦的な提案をするが、ベーマタ騎士団長はそれを遮るように手を挙げた。
「いや、一つ重要な警告がある。目撃者の証言によると、その『黒の群盗』に最近加わったと思われる4人の手練れが、尋常じゃなく手強いらしいのだ」
「手練れ、だと?」
「ああ。それぞれ剣士と魔法使い、弓使いと槍使いの4人組らしいのだが、彼らだけで騎士団の小隊をあっさりと壊滅させるほどの戦闘力を持っているという。もし彼らと遭遇した場合、正面衝突は危険だ。決して無理をせず、気づかれないように後を付けて、拠点の場所を特定することに専念した方が良いかも知れん」
団長の慎重な物言いに、会議室にわずかな緊張が走る。だが、集まった猛者たちの闘志が衰えることはなかった。
「ふむ、そうか。警告は肝に銘じておこう。まあ、実際の戦場でどう転ぶかは分からんが、やれるだけやってみようじゃないか」
ショウゴが不敵に笑うと、ドワーフのフドウも負けじと大きな声をあげた。
「がっはっは! 案ずるな騎士団長! その4人組とやらがどれほどの手練れだろうが、儂らの斧の錆にしてくれるわ! 目の前に現れて倒せる作戦なら、その場で叩き潰しても良かろう!」
「これだから脳筋のドワーフは……」
ココナが呆れたように呟き、会議室には少しだけ和やかな笑いが漏れた。ギルド長のソウマは、ようやく少しだけ表情を和らげ、最終的な作戦をまとめる。
「よし、方針は決まりだ。先ずは双方のパーティーと騎士団で手分けして街道を捜索し、何としてもアジトを見つける。そして場所が判明したその後に、アジトへ戦力を集中させて総攻撃を仕掛ける。――街の未来がかかっている。皆、頼んだぞ!」
「「おお!!」」
力強い返事が会議室に響き渡り、都市の裏で蠢く巨大な闇に対する、総力戦の火蓋が切って落とされた。




