第80話 遥かなる帰郷、あるいは平穏の代償
都市の重苦しい空気から解放された俺は、相棒であるブラックドッグのクロドの背に揺られながら、懐かしい生まれ故郷を目指して街道を進んでいた。
そういえば、一連の激戦でレベルアップしていたはずだが、バタバタしていてステータスの確認をすっかり忘れていたな。俺はクロドの背中で手綱を緩め、頭の中でステータス画面を呼び出してみることにした。
名前:ユウマ
種族:人族 (転生者)
年齢:18才
性別:男
レベル:37
空間魔法 LV8
├ 空間収納(大)Up
├ 空間把握(大)
├ 封印
├ 亜空間作成
└ 空間移動(遠)Up
【空間収納(大)】
一辺1kmの立方体の亜空間に、1kmの範囲内にある物を収納出来る。
収納した物を展開する事が出来る。
亜空間内の時間は動かない。
【空間移動(遠)】
現在自分がいるエリアとその隣接するエリアに移動出来る。
「おお……! 収納出来る容量がとんでもないことになってるな。それに、移動できる距離もかなり増えたぞ」
一辺1kmの立方体って、もはや一つの街や山が丸ごと入るレベルじゃないか? おまけに移動魔法の範囲も広がった。これなら、何か面倒なことに巻き込まれそうになっても一瞬で遥か彼方へおさらばできる。
「主様、どうかしたワン?」
「いや、ちょっと自分の力がさらに規格外になってるのを確認しただけだ。いいぞクロド、このままのんびり行こう」
俺は強化されたスキルに満足しながら、気持ちの良い朝の陽気とクロドの心地よい揺れに身を任せるのだった。
◇◇
一方、そんなユウマが去った後の都市では、早くも「彼がもたらしていた恩恵」の大きさに気づき、頭を抱える者たちが続出していた。
「ねぇ、ちょっと! オーク串の値段、また上がってない? 高すぎるんですけどー! もっとまけてよ、オヤジさん!」
賑わうはずの串焼きの屋台の前で、女性冒険者パーティー『風月の戦乙女』のカエデが、眉を釣り上げてごねていた。
「おいおい、勘弁してくれよ。しょうが無いんだって。市場に出回るオーク肉の値段自体が跳ね上がっちまってなぁ。これ以上下げると、うちは完全に原価割れで店が潰れちまうよ」
屋台のオヤジは困り果てた様子で両手を広げ、お手上げのポーズをとる。
「ええええ! またユウマに大量納品して貰おうよぉ。あの人が持ってきてくれるお肉、安くて美味しかったのに!」
『風月の戦乙女』のマナミが不満そうに唇を尖らせると、パーティーのリーダーであるカノンが、ため息混じりに重い口を開いた。
「……無理だよ、マナミ。ユウマくん、どうやらこの都市を出たらしいよ」
「えええええ!? 嘘でしょ、本当!? ってことは、もうあの可愛いクロちゃんをモフモフ出来ないのねぇ……!」
『風月の戦乙女』のミウが、世界が終わったかのような悲しそうな顔をして肩を落とした。
「ちょっと待ってよぉ! お肉の事情は分かったわよ。確かにユウマくんの規格外な大量納品と、色んなクエストでの『お助け』が無くなったから、ギルドの流通が減って肉の値段が上がったんでしょ! でも、この野菜スープまで一緒に値上がりしてるのは、どう言う事よぉ!」
納得がいかない『風月の戦乙女』のワカナが、屋台のカウンターを叩かんばかりの勢いでオヤジに食って掛かる。
「そんなに俺を責めるなよぉ、お嬢ちゃんたち。野菜だって卸値が上がってるんだ。と言うよりな、今は肉や野菜だけじゃねえ、その他の材料や調味料もことごとく値段が上がってるんだよ。街道の物流が死んでるんだ。何とかして欲しいのは、こっちの方さ……」
店を維持しなければならないオヤジの訴えも必死だった。その深刻な様子に、カノンたちが顔を見合わせていると、
「――盗賊ね」
背後から、顔見知りの実力派冒険者アヤカが、腕を組んだ状態でひょっこりと現れた。
「盗賊? それって、最近噂になってる『黒の群盗』って言う奴らかしら?」
カノンが尋ねると、アヤカは真剣な顔で深く頷いた。
「そう。近隣の商会の馬車が、かなりの頻度で襲われているらしいわ。冒険者ギルドでも何度も討伐の依頼が出撃しているけれど、敵の規模が大きすぎて、今のところ全く討伐出来ていないみたいなの」
「マジ? それって、想像以上にヤバいじゃん……。物流が止まったら、この街の干物生活が始まっちゃうよ?」
「だから、ついにギルドも本腰を入れるみたい。近々、上位の冒険者パーティー達と、あの騎士団が合同で大規模な討伐作戦を敢行するそうよ」
「そっかぁ、騎士団が動くなら一安心かな。……あ、ところで騎士団と言えばさ、例の本の最新作って、もうみんな読んだ?」
急に声を弾ませて話題を転換したカノンに、アヤカの目の色が変わった。
「え! 嘘、カノン、もう持ってるの!? あれ、どこの本屋に行っても大人気で売り切れだったのよ!!」
「ふふふ……。じゃじゃじゃーん!」
カノンは周囲にバレないよう、懐から素早く一冊の同人誌――一部の淑女たちに熱狂的な人気を誇るBL本『禁断の騎士団2』を取り出し、アヤカに見せびらかした。
「あああああ! ずるい! お願い、カノン! 読み終わったら一番に貸して、絶対貸して!」
「いいよー、ただしオーク串一本おごりね!」
「買うわ! 今すぐ買うから!」
ついさっきまで都市の経済危機や盗賊の脅威に頭を悩ませていたはずの乙女たちは、一瞬にして腐った妄想の世界へと旅立っていくのだった。そんな彼女たちの賑やかな声を背に受けながら、一人の少年と一匹の黒犬は、二度と戻らない道を一歩ずつ進んでいた。




