第79話 プロの背中、あるいは無骨な餞別
ギルド長との面会を終えた俺とブラックドッグのクロドは、そのまま正面玄関を出て、冒険者ギルドの裏手へと回り込んだ。向かう先は、見慣れた解体所だ。
薄暗い解体所の奥へ勝手に入っていくと、いつも通り、おやっさんが大きな魔物の死体を前にして作業に没頭していた。俺たちの足音に気づいているのかいないのか、おやっさんは一心不乱に手を動かしている。俺はその邪魔をしないよう、一息つくまで解体の様子を黙って見守ることにした。
――流石はプロだなぁ。
何度見ても惚れ惚れする手際だ。流れる様な作業で、一切の迷い無く刃が入れられていく。硬い皮が綺麗に剥がされ、あっという間に素材が分別されて、有用な部位と廃棄する部位に分かれていく。職人の技とは、見ていて本当に飽きない。
やがて解体が一段落すると、おやっさんはふぅと息を吐き、こちらの存在に気づいていた様子で、にやりと笑いながら振り向いた。
「ユウマ、どうした? そんなところで突っ立って」
「忙しいところすいません、おやっさん。依頼が完了したので、素材の買取をして貰う為に来ました。――これ、土蜘蛛の魔石です」
「ああ、『蜘蛛の牙』の依頼か。無事に終わったようだな。……ってことは、お前、ついにBランクに昇格したんだな? おめでとうよ」
おやっさんは自分のことのように白い歯を見せて笑ってくれた。
「ははは、ありがとうございます。それで、その魔石なんですけど……」
俺が少し言い淀むと、おやっさんは察したように苦笑いを浮かべた。
「おいおい、またとんでもない量なんだろう? ここでは手狭だ、向こうの大きな倉庫に出して貰おうかな」
「そうしてもらえると助かります」
俺たちは返り血の匂いが染み付いた通路を通り、おやっさんと一緒に奥の倉庫へと歩いた。
誰もいない広々とした倉庫。俺は『亜空間収納』を発動させ、土蜘蛛たちから引き抜いた魔石を一気に取り出し、床へ展開した。
ジャラジャラジャラッ! と心地よい音を立てて、紫がかった魔石の山が倉庫の床を埋め尽くしていく。
おやっさんは、山積みにされた魔石を一つ拾い上げ、目を細めて確認した。
「おお……っ! やっぱり多いなぁ! しかも、どうやって抜き取ったらこうなるんだ? 傷一つねえ。相変わらず見事な魔石だよ、ユウマ。これなら状態は最高品質だ。買取額も限界まで高く出来るぞ。――よし、冒険者証を預かるよ。どうせ、まだこの討伐分のポイントをギルドカードに加算してないだろう? ちょっと待ってろ」
「はい、お願いします」
俺が冒険者証をおやっさんに渡すと、おやっさんはそれを持って、ドタドタとギルドの事務室の方へ歩いて行った。
◇◇
ひんやりとした倉庫でクロドの背を撫でながら少し待っていると、おやっさんがずっしりと重い金貨の袋と、処理の終わった冒険者証を両手に持って戻ってきた。
「ほい、これが買取の代金と、更新された冒険者証だ」
手渡された袋からは、チリンと純度の高い金貨の擦れ合う音がした。本当に破格の値段をつけてくれたらしい。
「ありがとうございます、おやっさん」
受け取って懐に仕舞う俺を見つめながら、おやっさんはふと、少し寂しげな目をして口を開いた。
「……なぁ、ユウマ。お前、ここを出て行くんだってなぁ?」
やっぱり、耳が早い。ギルド長が手続きの際にでも話したのだろう。
「そうです。ちょっと実家に顔を出して、その足で他国に向かおうかと思っています」
「そっかぁ……。お前みたいな美味い肉を持ってくる奴がいなくなると、寂しくなるなぁ」
おやっさんはそう言って頭を掻くと、おもむろに腰に差していた、使い込まれた解体用のナイフを抜いた。そして、鞘ごと刃の方を俺に向けて差し出してきた。
「お前がどうやって魔物を解体してる(あるいは一瞬でバラしてる)かは知らんが……どうせ、まともな解体用のナイフなど持って無いんだろう?」
「いえいえ! 確かに解体用のナイフは持ってませんが、スキルとかでなんとかなるので大丈夫ですよ」
俺が遠慮して手を振ると、おやっさんは頑固な職人の顔になって、ナイフをさらに突き出してきた。
「馬鹿言え。これは解体以外でも、キャンプの薪割りから護身まで何にでも使える万能型だ。冒険には最低限必要な必需品なんだよ。1本持ってても邪魔にはならんだろう。――ほら、餞別替わりだ、受け取りな」
おやっさんは強引に俺の手を掴むと、その無骨な手のひらに、ずっしりと重い解体用のナイフを握らせた。
長年、プロの手によって研ぎ澄まされてきたナイフだ。職人の魂が宿っているような、不思議な温かみがあった。
「……すいません。大切に使わせていただきます。ありがとうございます」
俺が頭を下げてそれを受け取ると、おやっさんは満足そうに頷いた。
「ん~、となると、クロドにはこれだな!」
おやっさんは倉庫の棚の奥から、縄で縛られた巨大な燻製肉の塊を持って来た。
「これならかなり長持ちする肉だからな。旅の途中、食料が無くなっていざとなったら二人で食いな」
ドサリと、肉の塊が俺の手に渡される。クロドが「クゥン!」と嬉しそうに鼻を鳴らした。
「本当に、何から何までありがとうございます。なんだか、貰ってばかりで申し訳無いです。なので……これは俺からの、ほんの気持ちです」
俺は『亜空間収納』から、以前手に入れた極上の『黒き獣の肉』の一部を取り出し、おやっさんに差し出した。
「おいおい、お前! 俺はそんなつもりでおねだりした訳じゃねえぞ、これじゃ貰いすぎだよ!」
口ではそう言いながらも、おやっさんの目は肉の美しいサシに釘付けだった。すでに今にも涎を流しそうな顔をしている。
「良いんですよ。今まで本当に世話になったし……。正直、この都市にはあまり良い思い出が無かったんですが、おやっさんには何度も助けられましたから」
俺が心からの感謝を伝えると、おやっさんは肉を大事そうに抱え、照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「へっ、お前ならどこへ行っても生きていけるさ。……まあ、気が向いたらいつでも戻ってきな」
「――ええ、そのうちに」
俺は、もうこの街に戻ることはないだろうな、と思いながら、少し微妙な笑顔で応えた。
俺とクロドはおやっさんに最後の別れの挨拶をして、解体所を後にした。そのまま馴染みの宿へと戻り、残っていた手続きを済ませる。
そして1泊後――。
翌朝早く、まだ街が朝霧に包まれている時間、俺たちは誰に見送られることもなく、静かにその都市を出た。朝日に照らされる街道を見つめながら、俺とクロドの新しい旅が、今ここから始まる。




