第78話 終わりの始まり、あるいは自由への旅立ち
シミツコ商会での電撃的な制圧劇を終えた俺たちは、そのまま騎士団の詰め所へと向かった。
夜が明ける前の冷たい空気の中、捕らえられたシミツコや商会の者たち、そして俺が『亜空間収納』に文字通り放り込んでおいた『蜘蛛の牙』の賊たちも、すべて騎士団へと引き渡された。
芋虫のように転がされる賊たちを見て、引き取りの手続きをする騎士たちがまたしても呆然としていたが、もう気にするのも面倒だ。
詰め所の執務室で、ようやく一息ついたベーマタ騎士団長から、依頼書の完了サインを貰う。これで今回の仕事は一区切りだ。
そのままの流れで、俺とブラックドッグのクロドは報告のために冒険者ギルドへと足を運ぶことにした。身体は確実に疲労を訴えているが、こればかりは冒険者の義務だからしょうがない。
「なぁ、ユウマ。騎士団長、ずいぶん真剣な顔で依頼書に何か書き込んでいたワンね」
歩きながらクロドが横から顔を見上げてくる。
「ああ。見せて貰ったが、俺とクロドの活躍について、これでもかってくらい盛られてたな」
ベーマタ騎士団長は、俺たちの評価について『蜘蛛の牙』のアジト討伐の活躍だけでなく、シミツコの捕縛、さらにはシミツコ商会にいた土蜘蛛討伐と残党の捕縛にいたるまで、すべてにおいて「最上級」の評価を依頼書に記載してくれていたのだ。
あの堅物の団長がそこまでしてくれるとは、門とドアを壊しただけだと拗ねていた割には、粋なことをしてくれる。
◇◇
早朝の冒険者ギルドに到着し、受付にいたヤヨイさんに「ギルド長に直接報告したい事がある」と告げると、すぐに奥の会議室へと案内された。
現在、ギルドの建物は一部が酷く損壊しており、大急ぎで修理中だった。というのも、少し前に狂乱したアスカによってギルドがメチャクチャに破壊されたため、ギルド長本来の執務室はまだ直っていないらしい。
痛々しい木材の香りが漂う会議室に入ると、そこにはすでに険しい表情をしたギルド長が待っていた。
「ユウマ、まずは『蜘蛛の牙』討伐、本当にご苦労様だったな。……それと、アスカの件もすでに騎士団側から報告を受けておる。かつての仲間のあのような結末、何と言って良いのか、私にも上手く言葉が見つからんが……とにかく、あまり気を落とすなよ」
ギルド長は気遣わしげに視線を向けてくるが、俺は小さく首を振った。
「は、はぁ……。お気遣いありがとうございます。取り敢えず、これがベーマタ騎士団長に完了のサインを貰った依頼票です」
感傷を引きずるつもりはなかった。俺は懐から依頼票と自分の冒険者証を取り出し、ギルド長の前の机へと滑らせた。そして、アジトの壊滅からシミツコ商会強襲にいたるまでの経緯を、淡々と報告した。
ギルド長は深く頷きながら、預かった冒険者証を隣に控えるヤヨイさんへと手渡し、俺の報告にじっくりと耳を傾けていた。
「ふむ、成る程な。すると背後関係については、今後騎士団が捕らえた奴らの自供を元に調査していく事になるのか。シミツコ商会が裏で手を染めていた悪事についても、これから芋づる式に明るみに出そうだの」
「そうですね。街の大きな商会が一つ潰れるわけですから、大騒ぎになるでしょうね。……ところで、アスカの件ですが、彼女は『第3王子殺害の疑い』をかけられて追われていましたよね。あの件は今後、どう処理されるんですか?」
俺の問いかけに、ギルド長は椅子の背もたれに深く体重を預け、天井を見上げた。
「何分、王都で起きた話だからな。地方の我々には詳しくは分からん。だが、冒険者が王族を殺害したとなると、ギルド全体としての問題が大きすぎる。当然、ギルド本部としても独自に調査を行うと思うが、基本的には王都のギルドの管轄となるだろうな。……場合によっては、アスカを逃亡を見ていたユウマに対して、王都のギルドから事情聴取の呼び出しの依頼があるかもしれんぞ」
「そうですかぁ。求められれば協力する事は吝かではありませんが……。正直に言って『蜘蛛の牙』の背後関係についても、第3王子の事件についても、一介の冒険者に過ぎない俺がこれ以上深く関わる事では無いですよね」
めんどくさい、という本音を隠さずに言うと、ギルド長は苦笑した。
「まあ、そうだな。何かしら進展があって、こちらに情報が流れて来たら、ユウマにも一応知らせるよ。……ただ、一つ覚悟しておけ。アスカが逃げたという事実が王都にも報告がいけば、王都のギルドだけでなく、最悪の場合は王家そのものから呼び出しがあると思うぞ」
「ええっ!? なんだか、ますます面倒な事になりそうですねぇ……。だったら俺、明日にでもこの都市を……いや、この国を出ますよ」
俺が本気で嫌そうな顔をして告げると、ギルド長は「おいちょっと待て!」と大慌てで机を叩いた。
「ちょっと待ってくれ! そんなに急ぎ足で去ることはないだろう!。ユウマ、お前ほどの腕があれば、この都市でもっと活躍してくれても良いじゃないか!。この都市には巨大なダンジョンがある。ランクが昇格していけば、今よりもっと、それこそ一生遊んで暮らせるほど稼げる様になるのだぞ!」
熱弁を振るうギルド長だったが、俺の決意は揺るがなかった。
この街に来てから、嫌なこともいっぱいあったし、これ以上国家規模の面倒な権力闘争に巻き込まれるのは本当に勘弁してほしいのだ。
「お金なら、もう沢山ありますから。贅沢しなければ、この先困る事も無いですしね」
何せ俺には独自の生産やスキルがある。普通の冒険者のように、莫大な金がかかる最高級の武器や防具を買い替える必要が一切ない。これだけでも、普通とは比べ物にならないスピードでお金が貯まるのだ。
「それに、冒険者ギルドの規約では、冒険者は自身の意思で自由に国や都市を移動しても良いはずですが?」
俺が規約を盾に正論を突きつけると、ギルド長は言葉に詰まった。
「むむ……。それは、確かにそうなんだが……」
引き止めきれないと悟ったのか、ギルド長はがっくりと肩を落とし、ヤヨイさんから手渡された新しい冒険者証を俺に差し出してきた。
「……分かった。お前の意志を無理に縛ることはせん。これが新しいお前の冒険者証だ」
受け取ったのは、輝く『Bランク』の冒険者証。そして、ずっしりと重い報酬の袋だ。ベーマタ騎士団長が最上級の評価を記載してくれたおかげで、当初の予定よりもかなり色を付けて多く貰えたのは、素直に嬉しい誤算だった。
「ありがとうございました」
俺は丁寧に一礼し、相棒のクロドを伴って会議室を後にした。
後ろからギルド長の未練がましいため息が聞こえたが、聞こえない振りを決め込む。
ギルドの重い扉を押し開けると、外にはようやく眩しい朝日が差し込み始めていた。
「さて、クロド。まずは宿に戻って、荷物をまとめるか」
「クゥン! 次はどこへ行くんだワン?」
「そうだな……。この国の外には、もっと美味いものや、面白いものがたくさんあるはずだ。のんびり旅をしながら考えよう」
面倒な利権も、鬱陶しい権力者たちも、全部この街に置いていく。
新しいランクの冒険者証をポケットに仕舞い込み、俺たちは軽やかな足取りで、新しい旅路へと歩き出した。




