第77話 シミツコ商会強襲、あるいは無双の代償
深夜の街並みを、俺――アスカと、相棒であるブラックドッグのクロド、そしてベーマタ騎士団長はシミツコ商会へと急いでいた。夜風を切って走る中、頭に浮かぶのはここへ至るまでのゴタゴタだ。
シミツコ商会に着くと、すでに屋敷を秘かに取り囲んでいた騎士の一人が、気配を殺したままベーマタ騎士団長に駆け寄って来て声を掛けた。
「遅かったですね、団長。今のところ、中に目立った動きはありません」
その報告を聞いた瞬間、俺は思わず眉をひそめた。はぁ? 何を言っているんだ。
「いや、シミツコなら馬車で逃走を図っていたぞ。さっき俺たちが捕まえて来た」
俺が口を挟む前に、ベーマタ騎士団長が呆れたような、しかしどこか重々しいトーンで騎士に告げる。
「え? そ、それでは……我々が包囲網を敷く前に逃走を図った、ということでしょうか?」
騎士は目を見開いて動揺を隠せない。
「恐らくな」
「申し訳ございません! 私の油断です。もっと早く包囲に動いていれば、そんな失態は……!」
悔しげに拳を握る騎士の肩を、ベーマタ騎士団長がポンと叩いた。
「いや、責めはせん。アスカの件もあったのだ、人手が割かれるのはしょうが無いだろう。それに、肝心なのはこれからだ。……ところでユウマ、商会の地下に賊と蜘蛛はまだいるか?」
団長に話を振られ、俺はすかさず自身の固有スキルである『空間把握』を展開した。脳内に、シミツコ商会の立体的な構造と、そこに蠢く生体反応がはっきりと浮かび上がる。
「――いますね。地下に固まっています。かなりの数ですよ」
「よし、では突撃といこうか。……一応、念の為に言っておくが、商会の人間の中には何も知らない無関係な使用人もいるはずだ。賊以外は、出来るだけ殺さずにな」
「承知しました。手加減は得意じゃありませんが、善処します」
俺が不敵に笑うと、クロドが「ガルル」と喉を鳴らして同意した。
灯りが消えて、すっかり暗くなった屋敷の立派な門の前に立ったベーマタ騎士団長は、愛槍を構える。その大柄な体躯から、圧倒的な威圧感が立ち上った。
「ふんっ!」
ドゴーン!!
空気を破るような爆音と共に、団長が槍の石突きを前にして門へと突きを放った。それだけで、頑丈な木製の門は閂ごと文字通りぶち壊され、へし折れた破片が派手に飛び散る。相変わらず人間離れしたパワーだ。
「おいおい、派手にやったな」
俺が苦笑いする中、ベーマタ騎士団長は一切躊躇うことなく屋敷の敷地内へと足を踏み入れ、正面入口に向かって堂々と歩を進める。
「なんだなんだ!?」
「何事が起きた!?」
流石にあの爆音だ。静まり返っていた屋敷の奥から、松明やランプを持った使用人たちが慌てふためいて飛び出してきた。
「騎士団長のベーマタだ!」
団長の声が、夜の敷地に響き渡る。
「シミツコ商会の地下に潜む、お尋ね者の賊『蜘蛛の牙』を捕まえに来た! シミツコ商会の者も全員連行する。無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しろ!」
「えぇっ!? す、すいませんが、会長は今不在でして……詳しい事は我々にはさっぱり分かりません! 本当に無関係なんです!」
代表格らしき男が、顔を真っ青にして弁明する。
「シミツコは既に俺たちが捕まえている。邪魔はするな。これ以上、俺の任務の邪魔をするなら、シミツコと同罪の反逆者とみなすぞ!」
「ひぃっ!」
「ちょっと待ってください、本当に知らないんだ!」
「俺はただ雇われて働いていただけだ!」
「煩い! 言い訳は後でいくらでも聞いてやる。サッサと表の騎士達のところへ行って投降しなさい!」
団長の一喝に、使用人たちは完全に戦意を喪失した。
「わ、分かりました!」
「助けてくれ!」
慌てて両手を挙げ、門の外へと逃げ出していく使用人たち。ベーマタ騎士団長の後ろから、待機していた騎士たちが素早く動き、投降してきた彼らを次々と連行し、身柄を拘束していく。
「……割とあっさり投降してきたね。抵抗もないし、拍子抜けだよ」
俺が肩をすくめると、横にいたクロドもつまらなそうに尻尾を振った。
「そうだな。裏稼業に手を染めている商会だ、それなりの私兵や抵抗があると思ったが……呆気なかったな。逃げ出そうとする骨のある奴もいないようだ」
「じゃあ、本命を叩きに行きますか」
俺とクロド、そしてベーマタ騎士団長は、静まり返った屋敷の内部へと足を踏み入れた。
◇◇
『空間把握』で地下へと続く隠し階段の位置を完全に把握している俺は、迷うことなくベーマタ騎士団長を先導する。まるで床に案内標識でも見えているかのように滑らかな俺の足取りに、団長は少し驚いたような顔をしていたが、何も言わずに付いてきた。
カツン、カツンと薄暗い地下通路を進み、やがて頑丈な鉄製の地下室のドアの前へと辿り着く。
「この中に『蜘蛛の牙』の奴らと、大量の蜘蛛がいます」
俺がドアを指差すと、ベーマタ騎士団長はニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「よし、どんどん行こう。手加減は無しだ!」
団長は再び愛槍を構えると、その威力を集中させて地下室のドアをぶち抜いた。
ドガッ!!
轟音と共に鉄扉が吹き飛ぶ。と同時に、部屋の奥の暗闇から、カサカサカサと不快な駆動音が響いてきた。
「シャーーッ!」
禍々しい毛に覆われた巨大な土蜘蛛たちが、部屋の中からワラワラと津波のように湧き出てきて、俺たちに襲い掛かってくる。
「ふんっ、化け物め!」
ドシュッ!
流石は騎士団長、反応が速い。先頭を進んで飛び掛かってきた土蜘蛛の脳門へ、正確無比な槍の一撃を突き刺した。
だが、後ろからはさらに数十匹の土蜘蛛が迫っている。
「団長、ちょっと下がっててください」
俺は前に出ると、右手を軽く突き出した。狙うのは、視界に入っている、そして『空間把握』で捉えている全ての土蜘蛛たちだ。
「――『封印』」
パシィィィン! と空間が鳴動するような音が響く。
一瞬にして、迫り来る全ての土蜘蛛たちの動きが完全に停止した。時間すらも止められたかのように、空中に飛び上がっていた蜘蛛までもがその場で固定されている。
俺はその隙に、蜘蛛たちの体内に存在する『魔石』だけを、俺の固有スキルである『亜空間収納』へと直接引き抜いた。ズブズブと、目に見えない力が蜘蛛の肉体を透過し、魔石だけを回収していく。
よし、これで終わりだ。
土蜘蛛たちの生命の核である魔石が消え、完全に死んだ事を確認した俺は、静かに「解除」と呟いて封印を解いた。
ドサドサドサッ!!
刹那、それまで静止していた土蜘蛛たちが、一斉に力を失って床へと崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
「……ん? おい、何が起きたんだ?」
ベーマタ騎士団長が、槍を構えたまま固まっている。次の突きを繰り出そうとした姿勢のまま、信じられないものを見る目で俺を見ていた。
「あぁ、蜘蛛たちなら全て殺しました。あ、魔石は俺の戦利品として貰いますよ」
「へ? いや、殺したって……お前、何もしてないだろう?」
「いや、やりましたって。ほら、全滅してますし」
唖然とするベーマタ騎士団長をその場に置いて、俺とクロドは平然と死体の山を乗り越え、さらに奥の部屋へと進む。
突き当たりにある、一際豪華な装飾が施された奥の部屋の扉を、俺は遠慮なく蹴り開けた。
「うわっ!? なんだなんだ、何の音だ!」
「蜘蛛達はどうした? 撃退したのか!?」
「……って、お前は!」
「あ! あの時の、拠点を壊滅させた男……!」
部屋の中にいたのは、以前俺たちが殲滅したはずの拠点から、運良く生き延びてここに潜んでいた『蜘蛛の牙』の残党たちだった。彼らは俺の顔を見るなり、まるで死神でも見たかのように顔を恐怖に引き攣らせた。
ようやく気を取り直したらしいベーマタ騎士団長が、ドタドタと足音を立てて俺の後ろに追いついてくる。
「おい、動くなよ、賊め! お前等全員を連行する! 少しでも抵抗してみろ、その首を撥ねるからな!」
団長が威風堂々と槍を突きつけ、大声を張り上げる。だが、俺はふぅと小さくため息をついた。
「ああ、団長。此奴ら、今、さっきの蜘蛛と一緒に『封印』しちゃったから動けませんよ」
「…………へ?」
ベーマタ騎士団長は、本日何度目か分からない呆け面を晒して、またしても唖然と硬直した。目の前の賊たちは、恐怖の表情を浮かべたまま、瞬き一つせず完全に石化している。
「よし、クロド。一番奥のあれ、見に行こうぜ」
「分かったワン!」
俺とクロドは、ピシッと固まったままの賊たちの間をすり抜け、部屋の最奥の床に描かれた不気味な輝きを放つ魔法陣を見つけた。
「これが、あの土蜘蛛を際限なく召喚する仕掛けかな?」
「間違いないワン。禍々しい魔力の匂いがするワン」
クロドが鼻をフンフンと鳴らして太鼓判を押す。
「よし、じゃあこの魔法陣も、床ごと収納しちゃえばここも終わりだな。後で騎士団に渡して、偉い魔導師の先生方にでも解析して貰おう」
俺が手をかざすと、床に刻まれていた複雑な魔法陣が、光の粒子と共にそっくりそのまま俺の『亜空間収納』へと吸い込まれて消えた。後に残ったのは、綺麗にくり抜かれたただの石床だけだ。
「……おい、ユウマ。もう、終わったのか?」
背後から、ひどく疲れ切ったようなベーマタ騎士団長の声が掛かった。
「そうですね。これでこの場所の脅威は完全に排除しました。あとは、外で待機している騎士達を呼んで、この封印した賊達を連行してください。あ、外に出すまでは封印解かない方が楽ですよ。動かないですし」
俺が親切心からそう告げると、ベーマタ騎士団長は愛槍を肩に担ぎ、何とも納得のいかない、釈然としない顔で俺を睨みつけてきた。
「……俺は、ただ門とドアを壊しに来ただけだったようだな……」
「いやいや、団長の豪快な一撃、格好良かったですよ!」
「お前なぁ……」
がっくりと肩を落とした騎士団長は、ぶつぶつと文句を呟きながら、外にいる部下たちを呼びにトボトボと地下室を出て行った。その背中は、どこか哀愁が漂っていた。
「主様、完璧な勝利だワン!」
「おう、これでシミツコ商会も一網打尽だな」
俺はクロドの頭を撫でながら、これからの報酬の計算をして、にやりと笑みを浮かべるのだった。




