第74話 仕組まれた謀叛あるいは決別の断罪
瓦礫の山となった『蜘蛛の牙』のアジトの前で、王家専属騎士隊副隊長デミツヒと、最高位のSランク冒険者である『剣姫』アスカの視線が激しく火花を散らす。周囲を取り囲む騎士たちの重苦しい沈黙の中、ベーマタ騎士団長が重い足取りで二人の間に割って入った。
「おい、ちょっと待ってくれ、デミツヒ。お前、アスカが第3王子を殺害したと言っていたが……それは本当に確かなことなのか?」
ベーマタ騎士団長の鋭い問いかけに、痩身の男──デミツヒは、くっくっと喉を鳴らして下卑た笑みを浮かべた。
「む、なんだベーマタのオヤジか。……ああ、本当さ。王家専属の我が隊が掴んだ、紛れもない事実だよ」
「ならば聞くが、証拠があると言っていたな。一体どんな証拠だ? アスカがそんな大それたことをする動機も見当たらん」
騎士団長が腕を組み、油断なく問い詰める。デミツヒは待ってましたとばかりに、いやらしい藪睨みの目をさらに細めて捲し立てた。
「いいか、よく聞け。昨夜、王都にある第3王子の屋敷が夜間襲撃されたのだ。その時の被害状況が凄まじくてな……頑丈な鉄製の正門も、屋敷の重厚な壁も、まるで紙切れのように一刀両断に切断されていた。そして肝心の王子ご本人もだ。……綺麗に、縦に切断されていたのさ。この国で、そんな出鱈目な真似ができる人間がアスカ以外にいるか? さらに言えば、その日、アスカが王都に滞在していたという目撃証言の裏も完全に取れているのだよ!」
デミツヒの言葉を聞きながら、俺は内心で眉をひそめていた。門や屋敷、そして人間を縦に一刀両断。確かに、状況だけを見れば、今さっきアジトの大黒柱を綺麗に消し飛ばしたばかりの目の前の脳筋女が一番に疑われるのは当然だ。
「……ふん。状況証拠ばかりだな。デミツヒ、アスカが実際に第3王子を殺害している現場を、その目で直接見た者はいないのだな?」
「いない! だが、現場にいた者は誰も生きていないのだから当然だろう! いないが、これほどの剣撃を扱える者は国内にアスカしかあり得ん。すでに国王陛下からも、アスカの身柄を直ちに捕縛せよとの正式な命令が出ているのだ!」
デミツヒは胸を張り、王命の盾を大袈裟に掲げてみせた。だが、ベーマタ騎士団長の追求は終わらない。
「おかしいな。アスカの身辺には、彼女が暴走せぬよう常に秘かに行動を見張っている、国お抱えの諜報部隊が張り付いていたはずだ。その隠密に事実関係を聞けば一発で済む話だろう?」
「ハッ、そいつらなら屋敷の近くでまとめて殺されていたよ。替わりの者がアスカの監視につく前のほんの僅かな隙を突いて、アスカは王都を出た。これが容疑者でなくて何だというのだ!」
「むむ……状況的には、アスカが圧倒的に不利だな……」
ベーマタ騎士団長は苦虫を噛み潰したような顔になり、顎に手を当てて唸った。確かにデミツヒの言う通り、アスカにとって最悪のタイミングと状況が重なりすぎている。
騎士団長は困り果てた様子でアスカの顔を覗き込んだ。
「アスカ、ここは一度、大人しく俺と一緒に王都に行こう。お前がやっていないと言うなら、俺も一緒に申し開きをしてやる。このままここで抵抗すれば、それこそ本当に国家反逆罪が確定してしまうぞ」
「そうだ、アスカ。大人しくその忌々しい剣を渡して拘束されろ。抵抗するなら容赦はせんぞ」
デミツヒが勝ち誇った顔で、アスカをじりじりと睨みつける。
「断る!! 絶対に剣は渡さない! ワタシはやってない! 王子の屋敷なんて行ってないし、そんなもやしっ子、殺してなるものですか!」
アスカは怒りで顔を真っ赤にしながら、大剣を握る手に力を込めた。
ん~、どうなんだろうな。俺は一歩引いた位置から、この押し問答をボーッと眺めながら思考を巡らせていた。アスカの性格上、突発的に頭に血が上って「ムキー!」となって王子を屋敷ごとぶった斬ってしまう可能性は、正直に言って充分にあり得る。あの破壊神ならやりかねない、という意味ではデミツヒの疑いも分からなくはない。
ただ、気になるのはさっき逃げたアラクネの最後のセリフだ。『予定よりだいぶ遅かったけれど、やっとお出ましになったようね』と言っていた。あのタイミングで現れたデミツヒたちのことを指していたのだとしたら、これは『蜘蛛の牙』が仕組んだ、アスカを嵌めるための大掛かりな陰謀としか思えないんだよなぁ。
◇◇
「ククク……どうやら、言葉で言っても無駄なようだな。ならば、実力行使で引きずっていくしか無いようだな!」
デミツヒは下卑た笑みを浮かべ、腰の鞘から鋭く剣を抜き放った。
ジャラッ。
奇妙な金属音が響く。男が手にした剣の刀身は、いくつもの節に分かれていた。お、あれは前世の漫画とかでよく見た、蛇腹の剣ってやつか。
「おい、止めろデミツヒ! アスカをこれ以上怒らせるな! お前ごときの実力では、彼女の相手は無理だ!」
ベーマタ騎士団長が必死に大声を張り上げてデミツヒを止めようとしたが、時すでに遅し。手柄に目を眩ませた副隊長の暴走は止まらない。
「死ね、大罪人がぁ!」
デミツヒの剣が、鋭い風切り音を立ててアスカへと襲いかかった。
シュッ!!
鞭のようにしなり、爆発的に伸びた蛇腹剣が、アスカの細い足を狙って地を這うように鋭く払われる。
ズシャッ!
しかし、アスカの野生じみた反射神経はそれを許さない。彼女は垂直に高く跳躍し、紙一重でその凶刃を躱してみせた。
「……貴様、本当にワタシと本気で戦うのだな!」
宙から着地したアスカの目が、冷たく据わる。
「ククク、当然さぁ! 何せ国王陛下からは『抵抗するならば殺しても良い』と言われているのでな。私の攻撃が間違って当たって死んでしまったらゴメンよ? ククク!」
デミツヒは手首の巧みなスナップを利かせ、蛇腹剣を生き物のように操る。変幻自在に踊る刃の群れは、今度はアスカの首筋を容赦なく狙って襲いかかった。
「……剣を抜いた者は、全員等しく『殺される覚悟』をしてるものとみなすぞ」
アスカは低くしゃがんでその軌道を躱すと、担いでいた大剣を両手でしっかりと握り直し、上段斜めに構える『八双』の構えを取った。その全身から、先ほどまでとは比べ物にならないほど濃密で威圧的な魔力が立ち上る。
だが、デミツヒはその圧倒的なプレッシャーに気づかない。いや、手応えを感じているのか、さらに調子に乗って声を張り上げた。
「ククク、どうしたアスカ! 今日の貴様は随分と戸惑っているじゃないか! いつもなら何も考えずに突っ込んでくるくせに、思い切りが全く無いぞ! やはり罪の意識に怯えているのかぁ!」
「……そうだな。今のワタシは、確かにワタシらしくないわ」
アスカは静かに、驚くほど落ち着いた声で呟いた。その瞳には、深い葛藤の色が浮かんでいる。
「貴様をここで斬れば……ワタシは本当の意味で、この国にはいられなくなる。指名手配の犯罪者として、追われる身になるのだから。ワタシはどうやら、自分が生まれ育ったこの国と、完全に決別する覚悟がまだ出来ていなかったようね……」
「何をブツブツと……ククク、ならそのまま、覚悟のないまま死んどけぇ!」
デミツヒの狂気が極まり、蛇腹剣が四方八方から同時に襲いかかるかのように、高速で暴れ狂いながらアスカの視界を埋め尽くしていく。残像すら見えるほどの、文字通りの必殺の猛攻。
しかし、アスカの迷いは、その瞬間に完全に断ち切られていた。
「──でも、邪魔する奴は全員ぶっ潰す。それがワタシのルールよ!!」
一刀両断。
ズバッシュッ!!!
アスカが気合の一喝と共に、大剣を上段から一気に袈裟斬りに振り下ろした。
その一撃は、あまりの速さと重量ゆえに、空間そのものを切り裂くような絶大な威力を伴っていた。アスカの体に迫っていた無数の蛇腹剣の破片が、正面から一瞬で木っ端微塵に切断されて弾け飛ぶ。それだけではない。大剣の鋭い軌跡は、叫び声を上げようとしていたデミツヒの身体をも、何の手応えもなく真っ直ぐに通り抜けていた。
「ば、馬鹿な……この、私が……」
デミツヒの動きがピタリと止まり、その顔から一切の血の気が引いていく。
ズズズ……、ドサッ。
男の左肩から右の腰にかけて、一筋の赤い線がすうっと浮かび上がった。次の瞬間、重力に従って、切断された上半身がズルリと無残に地面へとずり落ち、内臓と鮮血が辺り一面にぶちまけられた。
王家専属騎士隊副隊長、デミツヒ。アスカを嵌めて手柄を立てようとした愚かな男は、彼女の『決別の覚悟』の最初の一太刀となり、文字通り一瞬で肉塊へと変えられたのだった。




