第71話 冷徹なる死線あるいは奪い奪われる覚悟の境界
俺達は、この街の裏に巣食う犯罪組織『蜘蛛の牙』のメイン拠点へと向かった。薄暗い路地の奥、一見すればただの古びた空き倉庫にしか見えない建物が、奴らのアジトだ。
「よし、各自、音を立てずに取り囲めぇ」
ベーマタ騎士団長が周囲の騎士たちへ、極めて低い声で指示を出す。鍛え上げられた騎士達は無言で、しかし一分の隙もない見事な連携で、建物のあらゆる死角や退路を塞ぐように散っていった。
程なくして、気配を消した騎士の1人が音もなく戻り、静かに報告を上げる。
「──配置、完了しました」
「ご苦労! よし、行くぞ!」
ベーマタ騎士団長は深く頷いて騎士の報告に応じると、ギラリと戦意を宿した目で俺とアスカを振り返った。
「了解! ようやく暴れられるわね、腕が鳴るよぉ!」
アスカは獰猛な笑みを浮かべ、身の丈ほどもある大剣を易々と抜いて肩に担ぎ直す。俺とクロドは無言のまま、ただ静かに頷いて戦闘態勢に入った。
まずは挨拶代わりと言わんばかりに、ベーマタ騎士団長を先頭にして『蜘蛛の牙』の拠点の入口へと堂々と進み出る。
そこには、いかにもといった風体の悪い男が2人、周囲を警戒するようにうろうろとたむろしていた。
「あぁ!? 何だお前等、ここがどこだか知ってて足踏み入れてんのかぁ! あ″ぁ!?」
こちらの姿を認めるなり、眉を顰め顔を不自然に斜めにして、下から睨みつけてくる男。絵に描いたようなチンピラだった。前世も含めて、これほど分かりやすくテンプレ通りのチンピラ面をした男は、この世界に転生してきてから初めて見たよ。
「『蜘蛛の牙』のアジトだろ?」
ベーマタ騎士団長が、隠す気もサラサラない平然とした声で応えた。
「ん? てめえ、よく見りゃ騎士団の──」
ズシャッ!!
男が言葉を言い切る前に、その首が鮮血の尾を引いて宙を舞っていた。
「問答無用よ!」
冷酷に言い放ったアスカの手元では、すでに大剣が鋭い横薙ぎの軌跡を描き終えていた。初手から一切の手加減なしの一閃だ。
「だな!」
相棒を斬られたことに後ろの男が驚愕するより早く、ベーマタ騎士団長の槍が鋭い踏み込みと共に、その胸へと正確に突き刺さる。
ズシュッ!!
肉を貫く鈍い音。ベーマタ騎士団長は容赦なく男の腹を蹴飛ばし、その勢いを利用して槍を綺麗に引き抜いた。
「このままどんどん行くわよ!」
アスカは再び大剣を肩に担ぐと、まるで天気のいい日の庭を散歩でもしているかのように、全く気負いのない軽い雰囲気で歩き出した。この精神の図太さは本当に見習いたくない。
「おう!」
ベーマタ騎士団長もまた、返り血を浴びた槍を右手に構え、迷いなく奥へと進んで行く。
ドゴッ!!!
通路の奥にある重厚な扉を、騎士団長が槍の石突きで豪快に突き破った。現れた広めのホールには、突然の乱入者に武器を構える大勢の『蜘蛛の牙』のメンバーがひしめき合っていた。
「ん? 誰だぁてめえら──」
ブウン!
アスカの大剣が放つ凶悪な風切り音がホールの空気を震わせる。手前に座っていた敵の首を容赦なく薙ぎ払った刃は、その凄まじい遠心力と威力のまま、直線上へ慌てて飛び出してきた後ろの男の首までまとめて叩き落とした。一撃二殺。
「て、敵襲だぁあああああ! 騎士団だ、出会えええ!」
パニックに陥るホールの中、ベーマタ騎士団長は神速の槍捌きを見せる。突いては引き、突いては引く。それはまるで、毎日の日課である突きの基礎練習でもしているかのような気軽さだった。しかし、その穂先は狂いなく周りの人間の急所を寸分違わず突き刺し、確実に行動不能にして命を奪っていく。
クロドもまた、影のように敵の死角へと滑り込み、的確に首筋を噛みきり、あるいは強靭な前足で頭部を容赦なく踏み潰していく。
あっと言う間に、ホールにいた人達の半数以上が物言わぬ屍となって床に散乱した。
「あぁ……」
さっきまで大声を上げて生きていた人間たちが、わずか数十秒の間にただの肉塊へと変わりゆく様を特等席で見ていると、濃厚な血の臭いも相まって、流石に胃の奥から吐き気が込み上げてくる。いくらチート能力があっても、俺の精神はまだ普通の人間なんだと痛感させられる。
「お前等ぁ! 何なんだよ一体ぃ!」
「ひぃ、化け物め……!」
「助けてえええ!」
圧倒的な蹂躙を前に、恐怖に囚われて戦意を喪失し、奥の通路へと逃げようとする者たちが出始めた。
「……逃がすわけにはいかないよな」
俺は思考を切り替え、取り敢えずホール内に残っている生存者の足を『封印』で空間ごと固定し、一切の移動を封じた。
殺すのか。……いや、こいつらは犯罪組織の構成員だ。生かしておけば、また別の誰かが犠牲になる。殺さないとダメだよな。
そんな葛藤に囚われながらも、取り敢えず自分の身体全体に亜空間の防壁を纏わせ、あらゆる不意打ちや攻撃は絶対に受けないように保険をかける。
そうして少しボーッと殺戮の光景に見入ってしまっていた、その時だった。
俺の死角から音もなく忍び寄った影が、俺の首筋に鋭利なナイフをピタリと押し当ててきた。
「それまでだぁ! 全員動くな、止まれ! ……止めねえと、まずコイツの首を切り落とすぞぉ!」
俺のすぐ後ろから、ドスの効いた勝ち誇ったような声が響く。どうやら俺をただの無力なポーターか何かだと思い、人質に取ったつもりらしい。
ベーマタ騎士団長はチラリとこちらを見たが、俺が何を施しているかを知っているため、ニヤリと不敵に笑ってそのまま目の前の殺戮を続けた。アスカも一瞬だけこちらに視線を向けたが、「(勘違いしちゃった悪党が)可哀想に」と言わんばかりの引きつった表情を浮かべ、やはり大剣を振るう手を止めない。クロドにいたっては、全く気にも留めずに次の標的へ飛びかかっている。
「くっ、冷てえ奴らだ。てめえの命はどうなっても良いらしいな。……可哀想によぉ」
人質としての価値がないと察したのか、後ろの男が耳元で残酷に囁く。
「はぁ……。彼らが止めないのは、俺に微塵も危険が無いことを、最初から知っているからでしょうね」
俺は深いため息をつきながら、背後の男に淡々と答えた。
「はぁ? 何寝言言ってやがる。俺達だってやられっぱなしじゃいられねえんだよ。……あの世で良い夢を見な!」
後ろの男が、俺の頸動脈を掻き切るべく、一気にナイフを引き絞った。
カキン!
首筋を覆っていた絶対不可侵の亜空間が、ナイフの刃を虚しく弾き返す。硬質な音が狭いホールに響いた。
「──良い夢を見るのは、お前の方だ」
俺はゆっくりと、後ろを振り向いた。
「え……? 何で……何故斬れない……!? てめえ、何をした……っ!」
驚愕に目を見開く男へ、俺は冷徹にスキルを行使した。男の首から下の空間を、丸ごと『封印』で固定する。
「さて、どうやって死んで貰おうか?」
「ひ、ひぃ……!? か、身体が……動か、ない……。な、何だこれ……た、す、け、て……!」
完全に自由を奪われ、恐怖で顔を白く染める男を冷たく見下ろす。
「先ずは、その物騒な武器はいらないよね」
男の手から零れ落ちかけたナイフを、そのまま『亜空間収納』に直接吸い込ませて没収した。
さて、どうしようか。こいつをこのまま放置するわけにもいかない。
「すいません……! 頼む、見逃してくだひゃい……何でもするから……!」
涙と鼻水を流して命乞いをする男の声を、俺の心は驚くほど冷静に拒絶していた。
「……殺される覚悟がある人しか、他人を殺そうとしちゃ駄目だと思うよ」
「ひぃ──」
俺は男の『脳』の空間だけをピンポイントで認識し、それを一瞬だけ『亜空間収納』へと隔離した。
一瞬の後、男の瞳から完全に光が消え、脳死に至ったことをシステム的に確認する。即死だ。確認後、俺は収納していた脳の物質を元の位置へと戻し、首から下の封印を解除した。
そのまま、こちら側に倒れ込んでこられると衣服が汚れて面倒なので、正面から胸元を強く蹴飛ばした。
ドガッ! ドタン!
糸の切れた人形のように、男の亡骸が後ろへと転がっていく。
よし、これで覚悟は決まった。
ここは戦場だ。奪う意志を持つ者から、奪われる側になるだけの場所。
俺は静かに息を整えると、未だアスカとベーマタ騎士団長、そしてクロドが容赦のない殺戮を続けているホールの中心部へ向かって、ゆっくりと歩き出した。




