第70話 破壊の爪痕あるいは大人の事情、そして蜘蛛の巣への突撃
翌朝、よく晴れた青空の下を、俺と相棒のブラックドッグのクロドは冒険者ギルドへと向かって歩いていた。だが、見えてきたその目的地は、およそ街の中心にあるべき治安の要とは思えない姿を晒していた。
「……うわぁ。朝の光の中で見ると、一段と悲惨なことになってるな」
そこに建っていたのは、見事に一部が崩壊したギルドの建屋だった。
言うまでもなく、昨日の夕方にアスカが放った怒りの剣撃の爪痕だ。刃でスパッと綺麗に両断されたというよりは、あまりの質量と衝撃波のせいで、剣撃の軌道上にあった壁や柱が消し飛んで破壊されたような感じだ。
流石は腐っても最高位のSランク冒険者。人間を辞めているとしか思えないあの馬鹿力だけは、本物中の本物なのだと改めて思い知らされる。
「なぁクロド、あんな一撃をまともに喰らったら、普通の人間は即死だよな?」
「間違いなく死ぬワン。肉片すら残らないワンね」
「だよなぁ……」
そんな物騒な会話を交わしながら呆然と崩落現場を眺めていると、背後から不意にポンポンと肩を叩かれた。驚いて振り向くと、そこにはフルプレートアーマーを纏ったベーマタ騎士団長と、その部下である騎士団の人たちが神妙な面持ちで佇んでいた。
「お早う、ユウマ。朝からギルドに呼び出されて来てみれば……一体何があったんだ、これは?」
ベーマタ騎士団長は、半壊した建物を仰ぎ見て顔を引きつらせている。
「ああ、団長さん、お早うございます。これですか? アスカがやったんですよ」
俺が淡々と犯人を告げると、騎士団長は深く、深いため息を吐き出した。
「成る程ぉ~……はぁ、またあいつか。またなのか……」
ガッカリと肩を落としつつも、妙に納得している様子の騎士団長。その反応が気になって、俺は少し身を乗り出した。
「え?『また』ってことは、前にも同じようなことがあったんですか?」
「何度もあったよ。むしろ、数え切れないくらいだ」
「マジですか……。いや、それなら何で彼女は捕まったり降格されたりしないんです? これだけの国家物損器物破損ですよ。普通なら犯罪奴隷に落ちてもおかしくないレベルじゃないですか?」
俺の至極真っ当な疑問に、騎士団長は周囲を気にするように声を潜め、苦笑交じりに教えてくれた。
「そりゃあお前、彼女はこの国の最高戦力の一角だからなぁ。仮に罪に問うて討伐・捕縛しようとすれば、それなりの損害を想定して、国中の戦力を集めて全力で完璧にやらねばならん。万が一にも逃げられて他国に亡命されたり、悪の組織にでも入られたらそれこそ大厄災だ。それなら、こうして適当に煽てて都合よく国の防衛に利用している方が、国としては安上がりで都合がいいのだよ」
「うわぁ……何だか納得しかねる大人の事情ですね。治安維持としてどうなんですか、それ。……いっそ、俺が今度暴れたら封印して捕まえましょうか?」
冗談半分でそう提案すると、騎士団長は一瞬目を見開いた後、含みのある笑みを浮かべた。
「ふふふ、そうだな。ユウマのあの奇妙なスキルなら、案外あっさりとやれるかもしれん。いざとなったら、本当に連行をお願いするかも知れんなぁ」
「あああああ! 見つけたわ、ユウマーーーッ!」
そんな密談をかき消すように、遠くから鼓膜を突き刺すような大声が響いてきた。
「おう、お早う」
俺がそちらに目を向けると、地響きを立てんばかりの勢いでアスカがこちらに猛ダッシュで駆け寄ってくるところだった。
「ちょっと聞いてよユウマ! 昨日、あれから大変だったんだからぁ! ユウマが急に消えるから、ワタシだけギルド長に捕まって……昨日命がけで手に入れたキラーデュラハーンの報酬、全部このギルドの修理費用として没収されちゃったよー! あんたのせいでもあるんだから、半分出してよぉ!」
アスカは俺の胸ぐらを掴まわんばかりの勢いで涙目で抗議してくる。
「はぁ? 何言ってるの。100%君の自業自得でしょ。いい大人なんだから、自分の感情の暴走と行動には自己責任を持ちなさい」
「むむむ……っ! 冷たい! なんて冷徹な男なのよ!」
ぐうの音も出ない正論に、アスカは言葉を詰まらせて身悶えしている。
そんな俺たちのやり取りを見ていたベーマタ騎士団長が、おかしそうに声を上げて笑った。
「ははは! 相変わらずユウマとアスカは仲が良いなぁ。どうだ、これほど息がピッタリなら、いっそ正式にパーティーでも組んでみたらどうだ?」
「そう! それよぉ! 団長、良いこと言うじゃない!」
アスカは急に目を輝かせて乗り気になる。昨日あれだけ断られたのをもう忘れたのか。
「はぁ……団長、もうその話はしないでください。その不毛な提案を昨日された結果が、この目の前にあるギルドの惨状なんですから」
「え! ……あ、そうだったのかぁ」
騎士団長は察して引きつった笑いを浮かべ、「それは触れてはいけない地雷だったな」とばかりに咳払いをした。
「まあ、冗談は置いておいてだ。そろそろ本題である『蜘蛛の牙』討伐の話をしようじゃないか」
冗談……だったんですかね、本当に。
そう言って、騎士団長はまだ無事な入り口からギルドの中へと入っていった。俺とクロド、そしてアスカもその後に続く。
◇◇
ギルド長の執務室は昨日アスカのせいで半壊してしまったため、今回は幸いにも無事だった2階の会議室を使って作戦会議を行うことになった。
参加者は、俺、クロド、アスカ、ベーマタ騎士団長、そして頭に包帯を巻いた哀れなギルド長の5人(4人と一匹)だ。
「では、始めよう」
騎士団長が机の上に、この都市の詳細な地図を広げた。
俺は席を立ち、自身のチートスキル『亜空間把握』を改めて発動。この街全体に意識の網を広げ、以前目をつけておいた敵の拠点を再確認し、地図の特定の場所を指差した。
「以前お伝えした通り、メインの拠点はここですが……ん?」
リアルタイムで街の構造と人間の魔力配置をスキャンしていく脳内レーダーに、奇妙な違和感が引っかかった。特定の場所に、訓練された戦闘員特有の、鋭く淀んだ魔力反応が密集している。
「どうした、ユウマ?」
「……おかしいですね。この、大通りに面した『シミツコ商会』の建物の地下……ここにも『蜘蛛の牙』のメンバーが、今現在大勢潜伏しています。明らかにただの商売人の数じゃありません。ここも間違いなく奴らの息がかかった重要拠点、あるいは隠れ家です」
その詳細な説明を聞いた瞬間、ベーマタ騎士団長がドンッと机を叩いた。
「何っ! ……やっぱりそうだったか! 私がこの街に赴任してきてからというもの、あの商会はこちらの動きに何かと探りを入れてきていたんだ。合点がいったぞ、奴ら裏で『蜘蛛の牙』と繋がっていた、いや、商会そのものが奴らの隠れみのだったわけか!」
騎士団長は怒りを露わにしながら、即座に地図に新たなバツ印を書き込んだ。
「よし、作戦を変更する。まずは当初の予定通りメインの拠点を制圧し、その直後、電撃作戦でこのシミツコ商会を一気に制圧する流れで動く。逃げ道を塞ぐため、騎士団の主力で建物と商会の周囲を完全に包囲させ、ネズミ一匹逃がさないように網を張る。その上で、私とアスカが内部へ直接乗り込む算段だったが……」
そこで騎士団長は言葉を区切り、俺とクロドの方を見た。
「どうだろう、ユウマ。敵の潜伏位置を完全に把握できるお前の目があれば、不意打ちや伏兵を完全に無効化できる。ユウマとクロドも、一緒に内部へ乗り込んでくれないか?」
「え、俺たちもですか?」
危険な前線への招待に俺が眉をひそめると、横からギルド長が包帯に手を当てながら必死の形相で口を開いた。
「ユウマくん、頼む! もし一緒に乗り込んでこの大規模な賊の制圧に成功すれば、その多大な功績を考慮して、君を一気に『Bランク』へ特別昇格させるようギルド本部へ強く推薦しよう! 報酬も色を付ける!」
Bランクへの飛び級昇格。それは一般的な冒険者なら何年もかかる、破格の条件だ。ランクが上がれば受けられる依頼の幅も広がるし、ギルドでの発言力も増して、結果的に平穏な生活を送りやすくなる。
「……分かりました。クロドの鼻と俺の索敵があれば、地下の暗闇でも敵の位置を完璧に補足できます。一緒に行きましょう」
「乗るワン。ユウマが戦うなら、俺も爪を研ぐワン」
俺とクロドが同意すると、会議室の緊張感は一気に高まった。
「よーーーし! 話が決まったら即行動よ! 出てくる賊ども、全員まとめてギッタンギッタンのメッタメタにしてやるわ! この大規模な悪の組織を潰せば、ワタシはついに歴史に名を残す『英雄』になる女よぉ!!!」
アスカは大剣の柄を握りしめ、頭の悪そうな悪役のような高笑いを上げながら拳を突き上げている。
俺は隣で、ハァ……と本日何度目か分からないため息を吐きながら、心の中で静かにつぶやいた。
(この女、本当に戦闘以外は大丈夫なんだろうか……。まあ、敵の位置を教える以上の余計な関わり合いは絶対に持たないようにしよう)
こうして、街の裏に巣食う巨悪『蜘蛛の牙』の壊滅に向けた、俺たちの強襲作戦が幕を開けた。




