第69話 暴走剣姫の猛アプローチあるいは平穏を望む少年の絶対拒絶
どんよりとした死臭が漂う『亡霊洞窟』から無事に帰還した俺達は、その足で冒険者ギルドへと向かった。重い扉を押し開けると、いつものように喧騒と酒の匂い、そして依頼板を睨みつける冒険者たちの熱気が肌を刺す。俺と、相棒であるブラックドッグのクロド、そして一応は現役最高峰であるSランク冒険者の『剣姫』アスカの三人(ツーショットと一匹)は、まっすぐに受付窓口へと歩を進めた。
「あ、アスカ様! お帰りなさいませ!」
窓口で俺達を迎えてくれたのは、馴染みの受付嬢であるヤヨイさんだ。彼女は俺達の姿を認めるなり、ホッとしたような、同時にどこか戦々恐々としたような複雑な笑みを浮かべた。まあ、元Sランクパーティーが全滅しかけた相手の元へと、あの問題児アスカが突撃していったのだから、生きた心地がしなかったのも無理はない。
「ヤヨイさん、ただいまー! ほら、これがあの生意気な首なし騎士の魔石よ。サクッと一刀両断にしてやったわ!」
アスカは自慢げに、キラーデュラハーンから回収した巨大な紫色の魔石をカウンターへとドンッと置いた。その衝撃で窓口が小さく揺れる。
「な、なんて禍々しい魔力……! 本当に、あの特殊個体を討伐してしまわれたのですね。流石は剣姫アスカ様です。あっという間の討伐、本当にありがとうございました!」
ヤヨイさんは目を丸くして魔石を確認すると、手際よく書類に判を押し、用意されていた高額の報酬袋をアスカへと手渡した。
「ふふん、どうだぁ! ワタシの実力にかかれば、あんな甲冑男なんてただのデカいカボチャみたいなものよ!」
アスカはこれでもかと豊満な胸を張り、隣にいる俺をチラチラと見ながらドヤ顔を決めている。完全に「褒めて!」と言わんばかりの子供のような態度だ。実際に首を跳ね飛ばしたのはアスカだが、その後のめんどくさい再生能力を封じて即死させたのは俺の収納スキルなのだが……まあ、ここでそれを言っても拗ねるだけなので黙っておく。
「はいはい、凄かったですよー。アスカ様は最強無敵ですね。──っと、ちょっと俺も報告があるからそこ退いてよ」
俺はアスカの肩を軽く押し退け、ヤヨイさんの前に一歩出た。
「むむっ、ちょっとユウマ! なんかワタシに対する扱いが雑じゃないかなぁ!? もっとこう、世界を救った英雄を称えるようなリスペクトがあってもいいと思うのだけど!」
「はいはい、不満は無視だムシ。ヤヨイさん、道中の雑魚の間引き分の報告もお願いします」
背後でアスカが「ムキー!」と足を踏み鳴らしているが、そんなものは完全にスルーだ。彼女の構ってちゃんに付き合っていたら、どれだけ時間があっても足りやしない。
「ふふっ、ユウマさんもお疲れ様です。アスカ様のご案内、本当にありがとうございました。大変だったでしょう? こちらがユウマさんの分の報酬と、依頼の仲介手数料になりますね」
ヤヨイさんは全てを察したような慈愛に満ちた苦笑いを浮かべ、俺に報酬袋を差し出してくれた。やっぱりギルドのオアシスはヤヨイさんだけだ。アスカとは精神の成熟度が違いすぎる。
重みのある報酬袋を懐に収め、俺はこれでようやく今日の重労働から解放されると深く息を吐き出した。早く宿に戻って、クロドと一緒に美味い飯でも食って泥のように眠りたい。
「じゃあ、これで用件は済みましたので帰ります。明日予定している『蜘蛛の牙』討伐の件ですけど、午前中にはギルドに来ますね」
「あっ、ユウマさん、申し訳ありませんがちょっと待ってください。実は……アスカ様と一緒に、ギルド長からお話があるそうなんです」
「……え?」
帰ろうと踵を返しかけた俺の足がピタリと止まった。ヤヨイさんの申し訳なさそうな顔を見るに、ろくでもない予感しかしない。
ギルド長からの呼び出し? 何だろう。明日の『蜘蛛の牙』討伐関連で、何か急な状況の変化でもあったのだろうか。それとも、アスカがまた何かやらかしたことへの連帯責任的な何かか?
「……分かりました。すぐに行きます」
俺は嫌な予感を胸に抱きつつも、首を縦に振るしかなかった。
◇◇
ギルドの最奥にある、重厚なマホガニーの扉。そこがギルド長室だ。
コンコン、とノックをして中に入ると、大きなデスクの向こう側で、この街の冒険者を束ねるギルド長が難しい顔をしてパイプをふかしていた。
「おお、来たか。そこに座ってくれ」
ギルド長に促されるまま、俺とクロド、そしてアスカは、デスクの向かい側に設置されたふかふかの高級ソファーに並んで腰掛けた。クロドはソファーの足元で、すでに眠そうに丸くなっている。
「まずはキラーデュラハーンの討伐、本当にお疲れ様だったな。街を揺るがしかねない脅威だっただけに、迅速な処理には感謝している」
ギルド長が、まずは大人の対応としてねぎらいの言葉を掛けてきた。だが、その目はどこか油断ならない光を宿している。
「そんな形式ばったお礼は良いから、なんの用なのよ? ワタシ、お腹空いてるんだから手短にしてよね」
アスカはソファーの背もたれに深く寄りかかり、退屈そうに爪をいじりながら応える。相変わらず目上の者に対する態度ではないが、これが彼女の通常運転だ。
俺はアスカとギルド長が言葉を交わすのを黙って見つめながら、この老獪な男の真意がどこにあるのかを必死に考えていた。わざわざ俺のような低ランク冒険者を、Sランクの彼女と同時に呼び出す理由。ただの討伐報告のねぎらいであるはずがない。
ギルド長は一つ、深くパイプの煙を吐き出すと、意を決したように俺達を見据えた。
「実はな、お前たち二人に提案があって呼んだのだ。──アスカ、そしてユウマ。お前たち二人で、正式に冒険者パーティーを組んではどうかと思っているのだが、どうだろうか?」
「はぁ!?」
部屋の中に、アスカの素っ頓狂な声が響き渡った。
「何言ってるのよおっさん! 何でワタシがパーティーなんて組まなきゃいけないのよ! ワタシは今まで通り1人で十分にやっていけるわ。足手まといなんて必要無いもの!」
アスカは猛反発し、あからさまに不快感を露わにする。
俺はその様子を冷ややかに見つめながら、やっぱりか、と合点がいった。ギルド長が考えていることの筋書きが、なんとなく見えてきたからだ。
ギルド長はアスカの反論を予想していたのか、慌てる風もなく言葉を続ける。
「まあ落ち着け、アスカ。1人で戦う強さは認めるが、仲間が居た方が利点も多いのは事実だろう? 現に今回の防衛戦や洞窟の探索でもそうだったはずだ。探索系・索敵系の優秀なスキルを持っているユウマと一緒に依頼を受けた方が、お前自身も迷うことなく、スムーズに獲物を見つけて依頼を達成出来る。効率が段違いだ」
「それは……まあ、確かに今回は、コイツの索敵のおかげで迷わずに済んだ記述はあるけれど……」
「それだけではないぞ。ユウマは極めて希少な『空間収納』のスキル持ちだ。一般的な魔法のアイテムバッグなど比較にならないほどの容量を、ノーコストで収納できる。お前がどれだけ巨大な魔物の素材をぶち切ろうが、全てその場で回収して持ち帰れるのだ。これほど相性の良い前衛と後衛はいないぞ?」
ギルド長は言葉巧みにアスカを説得していく。アスカも論理的に説明されると弱いのか、少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。
「まあ、それはそうだけど……でも、コイツ、ワタシに対して平気でタメ口叩くし、なんか生意気で気にくわないのよね~」
アスカは俺を指差し、唇を尖らせる。
『コイツ』扱いかい。俺の方こそ、お前のその我が儘で脳筋な性格が100倍気に食わないと言いたいところだ。
しかし、ギルド長はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、アスカの最大の弱点へと切り込んだ。
「だがアスカよ。ユウマとパーティーを組めば……当然、あのブラックドッグのクロドも、常に『同じパーティーの仲間』として一緒に行動することになるのだぞ?」
その言葉を聞いた瞬間、アスカの目の色が完全に変わった。
「お、おおお……! そ、それって、いつでもクロドをモフり放題ってこと!? クエスト中もずっと一緒ってこと!? ……うん、そうね! よく考えたらそれって最高じゃない! いいわ、おっさんの提案に乗ってあげる! 特別に、このワタシがパーティーを組んであげましょ!」
さっきまでの拒絶はどこへ行ったのか、アスカは手のひらを太陽の黒点ばりの速度で翻し、満面の笑みで快諾した。現金な奴め。
その瞬間、足元で寝そべって目を閉じていたクロドが、パチリと目を開けた。そして、もの凄く嫌そうな、心底迷惑そうな表情をしてアスカを睨みつけ、再びフイッと目をそらした。どんまい、アスカ。当の犬(魔獣)からは完全に嫌われているぞ。
「よし、交渉成立だな! 話が早くて助かる。ではユウマ、お前も冒険者証を出してくれ。すぐにギルドのシステムにパーティー登録をしてしまおう」
ギルド長はホクホク顔で手続きを進めようとする。
おいおいおい、ちょっと待て。何を勝手に盛り上がって、勝手に話を完結させてるんだ。当事者である俺の同意が、完全に置き去りにされているじゃないか。
「──ちょっと待ってください。何を勝手に話を決めてるんですか。俺は断りますよ」
俺が冷淡な声でそう告げると、室内の空気が一瞬で凍りついた。
「え……? 断る、だと?」
ギルド長が、まるで信じられないものを見るような目で俺を見た。
「ユウマ、お前自分が何を言っているか分かっているのか!? 相手は最高位のSランク冒険者だぞ! 一般の冒険者が、一生かかってもお目にかかれないような雲の上の存在とパーティーを組めるなんて、滅多にない、いや、奇跡のような機会なんだ! ギルドに感謝することはあっても、断るなんてあり得ない! Sランクの依頼に同行できれば、お前のランクアップも一瞬だし、手に入る報酬だって桁違いになる。良い事ばかりだ、デメリットなど何一つ無いだろう!」
ギルド長は立ち上がり、必死になって俺を説得しようと早口で捲し立てる。その額にはうっすらと汗がにじんでいた。
「はぁ!? ちょっとユウマ、どういうことよ! このワタシが、わざわざパーティーを組んであげるって言ってるのよぉ! 世界中の男が涙を流して喜ぶシチュエーションじゃない! 何が不服だって言うのよ!」
アスカもプライドを傷つけられたのか、顔を真っ赤にしてプンプンと怒り、俺をキッと睨みつけてくる。
だが、俺の決意は微塵も揺るがない。
「不服も何も、当たり前の話です。俺は、根本的に信頼出来ない者と、一緒に行動するつもりはありません」
「し、信頼だと……?そんなものは、一緒に行動しながら、危機を乗り越えて積み上げていくものだぞ!」
ギルド長が身を乗り出して、必死に食い下がる。
「ムキーーーッ!! 信頼出来ないってどう言う事よぉ! ワタシが裏切るとでも言うの!?」
アスカはいよいよ我慢の限界を迎えたのか、ソファーから勢いよく立ち上がった。
そんな二人を見上げながら、俺はため息混じりに、核心を突く言葉を言い放った。
「命がけのダンジョンで、わざわざ他人の『子守り』をするのは御免だ、ってことですよ」
「こ、子守りだってぇえええええ!? 誰が子供よぉ!」
アスカの堪忍袋の緒が、完全にブチ切れた。
彼女は凄まじい速度で背中の大剣を引き抜くと、周囲の空気が物理的に重くなるほどの、濃厚で禍々しい殺気を部屋中に放ち始めた。完全に頭に血が上り、ここがギルド長の執務室であることすら忘れて暴力を振るおうとしている。
──ほら、これだ。こういうところが、絶対に組めない理由なんだよ。
俺はため息をつく暇もなく、脳内でスキルを発動させた。
──『封印』。
ピキィン、と奇妙な空間の硬化音が響く。
次の瞬間、大剣を上段に振り上げ、まさに俺を縦に真っ二つにしようとしていた態勢のまま、アスカの身体が完全に静止した。ピクリとも動かない。筋肉の弛緩も、呼吸の揺らぎすらも完全に固定された、人間性の彫刻。
俺はソファーから立ち上がると、その固まったアスカを親指で指差し、冷や汗を流して固まっているギルド長を冷徹な目で見据えた。
「ほら、見てくださいよ。こんな感じで、ちょっと煽っただけで一般人(俺)に対して武器を抜いて暴力を振るう様な、『突発的暴走娘』のどこに、信頼出来る要素の可能性があるんですかぁ?」
「む、むむむ……」
完全に時を止められたアスカの異様な姿と、それを平然とやってのけ、冷酷な眼光で自分を睨みつけてくる俺の姿を見て、ギルド長はガタガタと目に見えて怯え始めた。
俺は一歩、デスクへと歩み寄る。
「だいたい、おっさんの考えてることなんてお見通しなんですよ。大方、誰も制御できないこのお荷物Sランクの『手綱』を俺に握らせて、ギルドにとって都合の良いように便利に使い回そうっていう魂胆でしょう? さらに言えば、アスカが今後何か街で問題を起こした時、パーティーの『連帯責任』を盾にして、俺の空間収納や索敵スキルをタダ同然で強制徴用するつもりでしたよね? ──冗談じゃない。俺にとっては、デメリットしか無いじゃないですか。いい加減にしてください!」
バン!!!
俺は両手をデスクに強く叩きつけた。激しい衝撃音が室内に響き渡り、ギルド長はビクッと肩を跳ね上げて、もはや一言も弁明できずに顔を青くして震えている。
これ以上、この狸親父の腹黒い計画に付き合う義理はない。
「クロド、帰ろう。こんな場所にいたら、頭が悪くなる」
「帰ろうワン。良く言ったワン、ユウマも大人の汚い企みを見抜けるくらいに成長したワン。誇らしいワン」
足元で見ていたクロドが、のっそりと起き上がり、俺の足元に寄り添う。
俺はギルド長に背を向け、一歩も動けないアスカの横を通り抜けて、執務室の扉を開けた。そのまま無言で通路を歩き、ギルドの正面玄関を出て、完全に建物の外へと足を踏み出す。
そして、十分な距離を取ったところで、俺はパチンと指を鳴らした。
アスカの『封印』を解除する。
数秒の静寂の後。
ドガーーーーーン!!!!!!
背後の冒険者ギルドの建物から、まるで爆弾でも炸裂したかのような、凄まじい破壊音と地響きが轟いた。
「あああああああああああーーーっ!?!? ワシの執務室が、ギルドの建屋がああああーーーっ!!」
続いて響き渡ったのは、ギルド長の魂を削り取るような絶望の叫び声だった。
どうやら封印される直前、限界まで溜め込まれていたアスカの全力の剣撃が、封印解除と同時にそのまま解き放たれ、ギルドの建物を内側から派手にぶち壊したらしい。
「……凄まじい威力だワンね。あの中にいたら死んでたワン」
「だな。……よし、クロド。俺達は何も見てないし、何も知らない。急いで宿に戻って飯にしよう」
「異議なしだワン。今日の肉は多めで頼むワン」
背後で盛大に上がる砂煙と、慌てふためく周囲の冒険者たちの悲鳴を聞き流しながら、俺達は一歩も振り返ることなく、夕暮れの街の中へと素早く姿を消した。




