第66話 エリクサーの等価交換、あるいはSランクの理不尽な引き留め
話が一通り落ち着いたところで、『天槍』ベーマタさんがずっしりと重みのある金貨の袋を俺の前に差し出してきた。
「前騎士団長サキヨマの件では、大変な迷惑をかけてしまい本当に済まなかった。これは今回の『蜘蛛の牙』討伐への協力報酬、そして一連の非礼に対するお詫びだ。領主様も直々に感謝を伝え、お詫びをしたいと仰っておられるのだが――」
「あっ、それは結構です」
俺は差し出された金貨の手応えを確かめつつ、領主からの面倒なお招きの提案は光の速さで即答で断った。貴族関係にこれ以上首を突っ込むなんて、御免被る。
「あははは……手厳しいな」
ベーマタさんは頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。まぁ、前任者たちがあれだけやりたい放題やったのだから、こちらが警戒するのも当然だと思ってほしい。
「それと、一応確認ですが……『蜘蛛の牙』の残りの拠点の場所を教えるのには了解しましたけど、その情報に対する報酬は、ちゃんといただけるんですよね?」
「勿論だ、当然だろう。それは領主様から正式な情報提供料として報酬が出る。今回は本人が直接討伐に向かう訳では無いので、報酬は金貨5枚だな。それで良いか?」
ベーマタさんの提示に、俺は小さく頷いた。
「それで結構です。今まではそんな当たり前の感謝の言葉さえなかったので、ちょっとした確認ですよ」
チクリとサキヨマたちへの嫌味を混ぜ込んでから、俺は視線を部屋の隅へと向けた。
「――で、最後にこの子なんですが……」
俺が親指で剣姫アスカを指差した、その瞬間。
「子供じゃなあああああーーーっっっい!!! ワタシは立派な大人の女性だああああああ! 歳だってちゃんと19歳だぁ!」
さっきまでクロドの背中をデレデレと撫で回して和んでいたアスカが、急に座椅子から跳び上がって大声を上げた。……え、19歳? どう見ても中学生くらいにしか見えないんだが。
「おや、19歳の自称レディは、街中でいきなり大剣を抜いて、他人の従魔を殺そうとした挙げ句、俺のことも殺そうとするわけ?」
「レ、レディ……! そうよ、ワタシはレディよ!」
そっちの単語に食いつくのかよ。相変わらず頭の痛くなる思考回路をしている。
「ギルド長、お伺いしたいんですが。いくらSランク冒険者だからといって、街中で私闘を演じて、人と従魔を殺そうとしても罪にならない、なんて特権はないですよね?」
「当然、大罪になるな。……おいアスカ、それは本当のことか?」
ギルド長が鋭い視線を投げかけると、アスカは不満そうに両の頬を「ぷぅ」と膨らませてそっぽを向いた。
「だって、実際には誰も殺してないじゃん!」
「俺が亜空間で防いでいなければ、確実に死んでたよ」
「死なないってば! 精々、手元が狂って腕を1本落とすぐらいだもん! それに、腕の1本くらいならエリクサーがあるからすぐ治るし!」
アスカはそう言い張りながら、自身のアイテムバッグから小瓶を一つ取り出した。その瞬間、部屋の空気が一変する。
「エリクサー……!?」
俺は思わず目を見開いた。おいおい、とんでもないものを隠し持っているじゃないか。それは滅多にお目にかかることもできない、歴史上の遺物とも言われる幻の神級回復薬だ。死んでさえいなければ、どんな部位欠損も重病も一瞬で完治させてしまうという文字通りの神薬。……流石は腐っても最高峰のSランク冒険者、持っている資産の桁が違う。
俺はニヤリと口角を上げた。
「……なるほど。分かりました、じゃあそのエリクサーを俺にくれるなら、今回の街中での襲撃件は綺麗さっぱり許してあげましょう」
「ええええええっ!? ちょっと、それは無理! ……あー、でも、どうしよっかなぁ……?」
絶対拒絶するかと思いきや、アスカは意外にも本気で頭を抱えて迷い始めた。人命の危機よりエリクサーの天秤で悩むあたり、やはりどこかズレている。
「ギルド長、ベーマタさん。もしこのまま罪を不問にしない場合、街中で大剣を抜いて一般の冒険者を襲った容疑はどう処理されますか?」
「まあ、実際に死者が出た訳ではないが、明確な殺意の有無に関わらず重過失な襲撃だからな……」
「そうですね。少なくともクロドが超反応で避けなければ殺されていましたし、俺だって初撃で片腕を斬られるところでした。その後の連続攻撃は、明らかに俺を仕留めるつもりの剣撃でしたし」
「だって、あれだけ斬っても斬れなかったのよー! ねぇ、どうして!?」
話の論点をそこへ脱線させようとするアスカだったが、ギルド長が机をトントンと叩き、ジロリと彼女を睨みつけた。
「アスカ。殺人未遂および街頭での無差別襲撃は、死刑とまではいかぬが、確実に対象の冒険者証は剥奪。その上で、例外なく犯罪奴隷落ちだぞ」
「まあ、現行犯だしな。儂も庇いきれん」
ベーマタさんも腕を組んで重々しく同意する。
「ええええええ――っっっ!? 本当に殺す気なんてなかったわよぉ! あああもう、分かったわよ! エリクサーは渡すから、それでチャラにしてよね。もうっ!」
犯罪奴隷という言葉が流石に堪えたのか、アスカは半泣きになりながら、最高級の小瓶を俺の方へと乱暴に突き出してきた。
「毎度あり」
俺はありがたくエリクサーを受け取り、空間収納へと仕舞い込む。これでサキヨマたちの件に続き、また一つ強力な切り札が手に入ったわけだ。
「もうっ! 最悪! じゃあ『蜘蛛の牙』の討伐は明日からにするわ! 今日はこれから別の依頼――キラーデュラハーンの討伐に行くから!」
アスカがぷんぷんと怒りを撒き散らしながらそう宣言するのを聞き、俺は席から立ち上がった。
「それじゃあ、明日の朝にまたギルドのロビーで待ち合わせということでいいですか? 俺は用事も済んだので、これで引き揚げますね。じゃあ」
これ以上の面倒ごとに巻き込まれる前に退散しようと、俺は執務室の扉へと足を向けた。――その時。
「ちょっと待ってよ!」
背後から凄まじい風が吹いた。
「クロちゃんと一緒に、ワタシたちを『亡霊洞窟』まで案内しなさいよ! 案内報酬はちゃんと出すからさー! ギルド長! さっき、現地の構造に詳しい冒険者に案内させるって話をしてたよねぇ!? ワタシ、ユウマがいいな!」
ガシッ、と。
気がついた瞬間には、アスカの手が俺の右腕をがっちりと掴んで引き留めていた。
(……むっ!?)
速すぎる。あまりの神速ぶりに、脳の認識が追いつかず『亜空間』の障壁を展開することすら出来なかった。流石は腐っても本物のSランク冒険者、その身体能力だけは完全に化け物じみている。
俺は腕を掴まれたまま、じわじわと嫌な予感が脳裏を過るのを感じていた。




