第65話 新たな長と「斬れぬ物無し」、あるいは理不尽な宣言
「アスカぁ! そのくらいで止めておけ!」
神速の太刀筋がなおも加速しようとしたその瞬間、背後から地響きのような大声が遮るように放たれた。
「……チッ、誰よぉ!」
アスカは忌々しげに舌打ちをすると、俺の亜空間の壁を蹴るようにして後方へと飛び退き、一気に距離を取って声の主へと鋭い視線を向けた。
そこに立っていたのは、右手を気さくに上げた髭面のオヤジだった。筋骨隆々とした圧倒的な偉丈夫。左の頬には深く刻まれた刀傷があり、右眼には黒い眼帯を着用している。その佇まいだけで、尋常ではない修羅場を潜り抜けてきたことが容易に察せられた。
「おっ、久しぶりだな、アスカ」
「ああ! ベーマタじいさんだ!」
どうやら、いきなり襲いかかってきたこの最凶の少女の知り合いらしい。髭オヤジ――ベーマタさんは、アスカを宥めるように視線で制すと、今度は俺の方へと向き直った。
「ユウマくんだね。儂はベーマタだ。不祥事を起こした前任に代わり、新任の騎士団長としてこの領地へ赴任してきた。以後、宜しくな」
「はい、ユウマです。こちらこそ宜しくお願いします」
とりあえず大人の対応として、俺は丁寧に頭を下げておくことにした。あの無能極まりないサキヨマたちの後任が、これほど隙のない強者というのは街の治安的には大歓迎だ。
「いやはや。それにしても、流石はダンジョン攻略者だなぁ。あの直感すら置き去りにするアスカの剣に『斬れないモノ』があるとは……驚いたぞ」
「は、はぁ……そうですか」
感心したように髭を撫でるベーマタさんだが、これ、何て返せば正解なんだ? こっちとしては、死に物狂いで亜空間の出力を上げて耐えていただけなのだが。
「ちょっと、ベーマタじいさん。この無礼な男は、じいさんの知り合いなの?」
アスカが大剣を構えたまま、不満たらたらの声を上げる。
「いや、面識を持つのは今が初対面だよ。だがなアスカ、彼はあの難攻不落のダンジョン『魔獣の窟』の攻略者であり、今をときめくCランク冒険者のユウマくんだ」
「……Cランクぅ? 何でよ、何で斬れなかったのよ。たかがCランク如きに、ワタシの剣が……」
アスカはブツブツと壊れた人形のように独り言を呟き始め、完全にプライドを打ち砕かれたような顔で固まっている。そんなアスカの様子を見やりながら、ベーマタさんが俺に苦笑いを向けた。
「ユウマくん、紹介が遅れたな。彼女は王都からはるばる呼び寄せられた、Sランク冒険者の『剣姫』アスカだ」
「え? Sランク!?」
俺は思わず声を裏返した。まさか、Sランクがこんな子供だなんて。
「……それは、子供なんて言って大変失礼しました。ですが、仮にSランクの偉い冒険者さまだとしても、俺の相棒であるクロドにいきなり不意打ちで刃を向けたことは、到底許せませんね。街中でいきなり剣を抜いて無差別に攻撃するなんて、普通に犯罪でしょう?」
俺がジトリとした視線で告発すると、アスカは負けじと顔を真っ赤にして言い返してきた。
「な、なにぃ!? ワタシだって納得いかないわよ! 大体、こんな禍々しい魔力を放つ凶獣を、街中で放し飼いにするなんて危険極まりないじゃない!」
「凶獣? ……アスカ、ちょっと待て。お前、その『クロド』という名前に、何か聞き覚えはないか?」
ベーマタさんが、諭すようにアスカへ尋ねる。
「え? クロド……? も、もしかして……あの高名な伝説の英雄、ヒナタ様の相棒だったブラックドッグの『クロド』様の子孫……!?」
途端にアスカの目の色が変わった。その反応を見た当の相棒が、我が意を得たりとばかりに胸を張る。
「その通り、儂があのヒナタの相棒だったクロドだワン」
「マジ!? 本物なの!? あの絵本や伝記に載ってる、本物のクロド様!?」
「本物だワン」
「きゃああああああああーーーっ! ごめんなさぁぁぁぁぁいっ!!」
アスカは悲鳴を上げると、愛用の大剣を瞬時に背中の鞘へと仕舞い込み、そのままの勢いでクロドのモフモフの体にダイブして抱きついた。
「おい、ユウマくん。アスカはな、女性でありながら一世を風靡した英雄ヒナタさんに、物凄く憧れているのだよ。だからその相棒であるクロドのことも、聖獣として崇めておってな……」
「はぁ、そうですかぁ……」
ベーマタさんが耳打ちしてくれたが、だからといって、最初にいきなり斬りかかられた俺の恐怖と理不尽さが完全に許されたわけではないのだけれど。
「よし、立ち話も何だ。とりあえずギルドの中に入ろう。ほらアスカ、いつまでも聖獣様にへばりついてないで、行くぞ」
「はいはーい!」
アスカは先ほどまでの凶暴さが嘘のように、目を輝かせながらクロドの毛並みを必死に撫で回している。そして、ベーマタさんの後ろを嬉しそうに付いてギルドへと入っていった。
いまいち納得はいかないものの、新任の騎士団長直々の誘いを断るわけにもいかず、俺もクロドと共にその後ろに続くしかなかった。
◇◇
ギルドに入るやいなや、俺とクロドはそのまま2人に連行される形で、ギルド長の執務室へと通された。
(……何で俺たち、当然のようにここにいるんだろう?)
応接用のソファに座らされ、お茶を濁していると、ギルド長から直々に事の経緯が説明された。
曰く、この街の周辺で深刻な脅威となっている『キラーデュラハーン』の討伐、および、先日騎士団から脱走して地下に潜った闇組織『蜘蛛の牙』を完全に根絶やしにするため、王都から臨時の最高戦力としてアスカを呼び出したのだという。
そして今回、俺がその『蜘蛛の牙』の残りの拠点の情報を握っていると聞きつけ、情報提供を頼みたくてコンタクトを取ろうとしていたらしい。アスカのあの奇襲は、ただの最悪な勘違いと暴走だったわけだ。
なお、新団長のベーマタさんは、かつて王都で『天槍』の二つ名で知られた、国でも指折りの槍の達人らしい。第一線を退いた後は若手の育成に回っていたそうだが、今回の不祥事を見かねて、シヒデヨ侯爵領の寄り親の命でこの都市へ赴任してきたとのことだった。
「がははは! 現役を退いたただのロートルじゃよ、気にするな」
本人はそう言って豪快に笑っているが、放たれる威圧感は全くロートルではない。この人とアスカの2人が揃って『蜘蛛の牙』の討伐に赴く予定だというのだから、残党どもにとってはまさに死神の到来だろう。
そして問題のアスカだが、彼女は『剣姫』の二つ名の他に、なんと「万物切断」という固有の超絶レアスキルを持つ、生まれながらの剣の天才だった。
彼女の辞書には「斬れないもの」など存在せず、どんなに硬い鉄壁も魔法の障壁も、そのスキルですべて紙切れのように両断してきたらしい。それゆえに、俺の展開した『亜空間の壁』を一切傷つけることができず、完全に弾かれたことが、彼女の人生史上最大のショックだったようだ。
「……ねえ、何で斬れないのよ。おかしいじゃない、ワタシのスキルは『万物切断』なのよ!?」
ソファの対面に座るアスカは、未だに解せないといった様子で俺をキッと睨みつけてくる。
「いい? これから『蜘蛛の牙』を殲滅しにいくときは、ワタシの剣を特等席でよぉく見てなさい! 今度こそ、その生意気な防御ごと、まとめて真っ二つにして見せるんだから!」
……なぜか、理不尽極まりない理由でアスカに激怒され、監視宣言までされてしまった。
(いや、悪いのはどう考えても、街中でいきなり初対面の相手に全力で斬りかかってきたアスカの方でしょ……)
俺は心の中でそっと溜息を吐きながら、これからの討伐作戦が、また面倒なトラブルに発展しないことを祈るばかりだった。




