第63話 終焉のコント、あるいは自業自得の結末
俺がクロドと並んで通りを歩いていると、向こうから文字通り死に物狂いの形相をした男が、大声を上げながら猛スピードで走ってきた。
「大変だぁぁぁ! 頼む、助けてくれえええええ!!」
息を切らせて俺の前に滑り込んできたのは、さっき別れたばかりの騎士リマサノだった。
「はぁ……。今度は一体何があったんですか? 何度も言いますが、厄介事は自分たち騎士団の身内で解決してください」
俺が心底めんどくさそうに突き放すと、リマサノは俺の服の袖に縋り付かんばかりの勢いで叫んだ。
「違うんだ! 冒険者の娘が……可哀想な若い女の冒険者が、あいつら『蜘蛛の牙』の残党に捕まっちまったんだよ! 今、拠点に連れ込まれて危ないんだ!」
「冒険者、ですか……?」
さすがに無関係の冒険者が巻き込まれたとなれば話は別だ。俺はすぐに意識を集中させ、サキヨマたちに教えたばかりの『蜘蛛の牙』の第2拠点を空間把握で遠隔スキャンした。
だが、俺の脳裏に返ってきた屋敷内部の映像は、想像を絶するものだった。
「――っ!? 土蜘蛛!!」
人間の気配に混じって、おびただしい数の巨大な蜘蛛のモンスターが、屋敷のあちこちで蠢いている。
「クロド! 乗れ、急ぐぞ!」
「了解ワン! 振り落とされるなよ、ユウマ!」
俺は巨体化させた相棒のクロドの背へと飛び乗ると、風を切り裂くような速さで『蜘蛛の牙』の拠点へと急行した。
「えっ!? つ、土蜘蛛ォ!?」
背後でリマサノが絶望に満ちた悲鳴を上げながら、必死になって俺たちの後を走って追いかけてくるのが見えた。
◇◇
『蜘蛛の牙』の拠点である大きめの屋敷に到着すると、禍々しい魔力の気配が外にまで漏れ出していた。
「きゃああああああああああーーーっっっ!?」
その瞬間、屋敷の奥から、けたたましい女性の悲鳴が響き渡る。
「クロド、いくぞ!」
俺はクロドの背から鮮やかに飛び降りながら、相棒に合図を送った。
「ワン!」
クロドは「承知」とばかりに短く一声吠えると、自慢の巨体で屋敷の外門へと強烈な体当たりを喰らわせた。頑丈な鉄製の門が紙切れのように吹き飛ぶ。クロドはそのままの勢いで前庭を駆け抜け、正面玄関へと突っ込んだ。
ドガン!!!
分厚い玄関の扉もろとも壁を突き破り、俺とクロドは屋敷の内部へと突入した。
そこは広めのホールになっていたが、凄惨な戦場というよりは、どこか奇妙な混沌に包まれていた。
無数の土蜘蛛に完全に取り囲まれ、必死の形相で大剣を振り回しているサキヨマとトカツモ。そして、その中央には――。
「……ん? メイ?」
そこにいたのは、かつて冒険者ギルドの受付嬢をしていて、俺がこの街でこっぴどくお仕置きした、あの問題児のメイだった。
一体全体、お前は何をやっているんだ。
「ヤだぁぁぁ! こっちに来ないでよ、この不気味な虫ケラどもぉ!」
メイは泣きべそをかきながら、手に持っていたフリフリの可愛らしい日傘を、滅多矢鱈に振り回して土蜘蛛たちを威嚇している。
「メイ! お前、何やってんだ!? どうしてこんなところにいる?」
俺が呆れ果てて声をかけると、メイは弾かれたようにこちらを振り返った。
「ユウマぁぁぁ! ひんっ、助けてえええええ!!」
完全に涙目になりながら、俺の姿を見るなり目に見えて安堵の表情を浮かべるメイ。
空間把握で再度屋敷の隅々まで確認したが、他に人間の女性の反応はない。リマサノが言っていた「捕らえられた哀れな女性冒険者」というのは、どうやらこのメイの事だったらしい。よりによって、一番エサにしてはいけない最凶の女を引っ張ってくるとは……。
ガツン!
会話の隙を突き、背後からメイを刺そうと襲いかかった土蜘蛛の鋭い爪を、俺が展開した亜空間の壁が完璧に弾き飛ばす。
「くっ、貴様ぁ……! 噂のダンジョン攻略者、ユウマか!」
蜘蛛の群れの奥から、この拠点のボスらしき男が忌々しげに叫んだ。
「土蜘蛛ども、奴らを食い殺せ! みんな、その間に奥の隠し通路から逃げるんだ!」
ボスの命令が下ると同時に、『蜘蛛の牙』の構成員たちは一斉に屋敷の奥へと脱兎のごとく逃げ出し、残された凶暴な土蜘蛛たちが一斉に牙を剥いてこちらへ殺到してきた。
「ええい、させるか! この化け物どもが!」
サキヨマとトカツモが、必死の形相で大剣をがむしゃらに振り回し、迫り来る蜘蛛の侵攻を必死に遮る。
グシャッ!!!
そこへクロドが猛然と飛び出し、メイの目の前に迫っていた土蜘蛛を、強靭な前足の爪で容赦なく一撃で叩き潰した。
「ふぅ……助かったわぁ……」
クロドの後ろで、ホッと安堵の溜息を漏らすメイ。……しかし、危機が去ったと理解した瞬間、彼女の顔から怯えが消え、ワナワナと凄まじい怒りの血潮が込み上げていくのが分かった。
「よくも……よくもこの私を、こんな汚い虫の巣窟に騙して連れてきてくれたわねええええええ!!!」
凄まじい絶叫と共に、メイの怒りの矛先が、すぐ近くで戦っていた男へと向いた。
彼女は手にする日傘を槍のように真っ直ぐに構えると、無防備にケツを突き出していたサキヨマの背後へと肉薄した。
ドスッ!!!
「おぅつぅうううううっっっ!?!?」
悲痛な叫び声がホールに響き渡る。
メイの手によって、日傘の鋭い先端がサキヨマの尻へと寸分の狂いもなく深々と突き刺さった。
その隙に、俺は襲いかかってくる土蜘蛛たちの動きを止め、空間把握で急所を特定すると、彼らの魔石を一瞬で空間収納して絶命させていく。さらに、ドサドサと倒れ落ちた土蜘蛛の巨体を、素材として丸ごと亜空間へと片端から収納していった。
「……はぁ。何なんだろう、この人たちは」
俺は思わず遠い目になった。
目の前では、尻をこれ以上ないほど高く突き上げて、悶絶しながら地面に突っ伏しているサキヨマ。そして、そのサキヨマの尻に見事な角度で日傘が直立して刺さっている。そのあまりにも前衛的かつ衝撃的な光景を、隣でトカツモが目を見開き、顎が外れんばかりの驚愕の表情で見つめていた。
完全にコントである。
「クロド、行くぞ。もういいや」
「ワン」
俺はアホらしくなって2人をその場に放置し、さっさと屋敷を出ることにした。背後からは「ちょっと、待ちなさいよユウマ!」と文句を言いながら、なぜかメイが当然のような顔をして付いてくる。
屋敷の玄関を出たところで、ちょうど今しがた息を切らせて追いついてきたリマサノとすれ違った。
「サ、サキヨマ様あああああああーーーっっっ!?」
屋敷の中を覗き込み、日傘を尻に生やして倒れている上司の無惨な姿を目撃したリマサノが、悲痛な声を張り上げて中へと駆け込んでいく。
『蜘蛛の牙』がどうなろうと、元騎士団の無能どもがどうなろうと、俺の知ったことではない。これ以上ここに居る必要も意味もない。俺は隠し通路から逃げていく『蜘蛛の牙』の残党を追うこともしなかったし、サキヨマたちの救助もしなかった。
ただ一つ確かなのは、自業自得の報いというのは、忘れた頃に一番最悪な形で返ってくるということだ。俺は相棒の頭を撫でながら、騒がしい屋敷に完全に背を向け、今度こそ宿へと歩みを進めた。




