第62話 哀れな因果、あるいは悪党たちの誤算
俺とブラックドッグのクロドが、並んで街の往来を歩いていると、背後から突如として騒がしい怒声が浴びせられた。
「あ! ユウマだ!」
「おい! ユウマ!」
「止まれ!」
「ん?」
足を止め、何事かと振り返る。そこには、甲冑ではなく普段着に身を包んだサキヨマ元騎士団長と、トカツモ元副団長、そして騎士のリマサノの3人が、大慌てでこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「おい、お前。ガタガタ言わずに、一緒に騎士団の詰め所まで来てもらおうか」
サキヨマは尊大な態度を崩さぬまま、俺の腕を強引に掴もうと太い手を伸ばしてきた。俺はため息を堪えながら、身体の表面に『亜空間』の障壁を展開する。
カツン。
「痛ぅぅうっ!?」
サキヨマが奇妙な声を上げて飛び退き、己の右手を抱えてうずくまった。あ、今の鈍い音……突き指くらいはしたかな? 骨折まではいっていないと思うけれど、鉄板に指先から突っ込んだようなものだから相当痛いはずだ。
「……一体、どのようなご用件でしょうか? 申し訳ありませんが、同行は拒否します。御用があるなら、この場で仰ってください」
「き、貴様ぁ……!」
ジンジンと痛むであろう指先を必死に押さえつけながら、サキヨマは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「この街に暮らす住民として、騎士団の活動に協力するのは当然の義務だろうが!」
「お断りします。大体、その私服姿を見るに、今は休暇中か何かじゃないのですか? とても公務中には見えませんね」
「ぐぬぬ……! いいから『蜘蛛の牙』の情報を教えろ!」
「それもお断りします。必要な情報は、騎士団の優秀な情報部とやらで勝手に調べてください」
「なにぃ!? これは住民の安全のために必要なことなんだぞ! 『蜘蛛の牙』の拠点が、まだあと2つあるらしいな。最低でも、その場所くらいは吐け!」
(やれやれ、本当にしつこいな……)
だが、ここで突っぱねて街の中に残党がのさばり続けるのも面倒だ。
「ん~、まあ、それくらいなら教えても良いですかね。えーと、位置はですね……」
俺は空間把握の能力を静かに発動させ、現時点での『蜘蛛の牙』の拠点の正確な位置をスキャンした。逃げ出した奴らが今どこに潜伏しているかも含めて、サキヨマに淡々と告げる。
「そこに、昨日逃げ出した者たちも合流して潜んでいますよ。敵の数は昨日の倍以上でかなり多いですから、行くなら個人の休暇中ではなく、騎士団のメンバー全員で行くことを強くお勧めしますよ」
「だったら、お前も来い!」
「お断りします。それでは、さようなら」
用は済んだとばかりに、俺はサキヨマたちの返事を待たずに、クロドを連れてスタスタと歩き出した。
「待て! 逃げる気か!」
背後から俺を追ってこようとする激しい足音が聞こえた――その直後。
ガツン!!!
「ぶふぇっ!?」
「ぎゃうん!?」
俺の後ろを付いて歩いていた見えない亜空間の壁に、勢いよく突っ込んできたサキヨマたちが顔面から強かに激突し、そのまま白目を剥いて地面に昏倒した。
下を向いたまま歩いていて、不意に電柱に頭をぶつけたら物凄く痛いよね。それと同じで、全く予測していない衝撃に対して身体の防御が一切間に合わなかったのだから、今頃彼らの頭の中は星が消え飛び、想像を絶する激痛に襲われているはずだ。
◇◇
「痛ぅぅ……頭が、割れるかと思ったぞ……」
どれほどの時間が経っただろうか。サキヨマたちは頭を押さえ、ヨロヨロと幽霊のように這い上がってきた。
「くそっ、あのユウマめぇ……一体どんな姑息な手品を使いやがった……」
突き指した手と赤く腫れ上がった鼻頭を擦りながら、サキヨマが呪詛の言葉を吐き捨てる。
「あ、あいつ……絶対に許しませんよぉ。どこかで一発、痛い目を見せて懲らしめてやりたいですねぇ……」
おでこに見事なまでのたんこぶを作り、真っ赤に腫れ上がらせているトカツモが、涙目で恨み言を並べる。
「全くです。あんな生意気なガキ、騎士の権威で踏み潰してやるべきです」
リマサノは、前を走っていたトカツモの背中に衝突しただけだったため、3人の中では唯一、怪我らしい怪我もなく五体満足だった。それゆえに、一番ずる賢く思考を巡らせる余裕がある。
「……そうだ。皆様、良い考えがありますよ」
リマサノは、以前に冒険者ギルドの酒場で小耳に挟んだ、ある噂を思い出した。
「何だ、リマサノ! 名案があるなら早く言え!」
「ユウマの奴、ダンジョン内や街の中で、頻繁に他の冒険者たちを助けて悦に浸っているらしいです。つまり、偽善者なんですよ。……もし、どこかの冒険者が『蜘蛛の牙』の残党に誘拐されて捕まったとなれば、あいつは絶対にホイホイと助けに行くはずです」
「成る程。それは素晴らしいアイデアだな!」
「ええ。あいつが勝手に助けに行った後から、俺たちが拠点の奥へ乗り込むのです」
「あわよくば、『蜘蛛の牙』の残党とユウマが激しく潰し合っている隙を狙って、漁夫の利で両方をまとめて倒してしまえば一石二鳥だ。そうすれば、すべての手柄がまた俺たちのもの……ぐふふ」
そんな浅はかで良からぬ陰謀をニヤニヤと企みながら、ユウマに教えられた拠点の方角へと歩き出すサキヨマたち。
すると、路地を曲がったところで、リマサノが前方を指差して声を上げた。
「おい! 見ろ、あそこの小娘を!」
「おお! 見覚えがありますね。確か、冒険者ギルドの受付にいる女だ。ぐへへ、ちょうどいい獲物じゃないですか」
「よし、上手いこと騙して、あいつをそのまま『蜘蛛の牙』の拠点に連れ込んでエサにしてやろう」
サキヨマたちは獲物を見つけたハイエナのように目を光らせ、1人でトボトボと歩いていたその女性の元へと、一斉に駆け寄って取り囲んだ。
「な、何ですか、あなたたちは……?」
突然ガラの悪い男3人に囲まれ、女性は怯えるように一歩身を引く。
「お嬢さん、怖がらなくていい。俺は高潔なる騎士団のトカツモだ。実はちょっとしたお願いがあってね……。この街に暮らす善良な市民として、ぜひ我ら騎士団の公務に協力して欲しいんだよ」
トカツモがこれ以上ないほどの胡散臭い営業スマイルを浮かべる。すると、女性はパチパチと瞬きをして、彼らの顔をじっくりと見つめた。
「あぁ……サキヨマ騎士団長と、トカツモ副団長ですね。普段着を着ていらっしゃるから、一瞬誰だか分からなかったわ」
「そうそう! 俺が偉大なる騎士団長のサキヨマだ。よく分かってくれた。実は今、俺たちは極秘の私服捜査の最中でな。少々人手が足りなくて困っているのだ……」
サキヨマは誇らしげに胸を張り、自分たちがすでに【平騎士に降格】されている事実を完璧に隠蔽しながら、甘い言葉で女性を誘い込もうとしていた。




