第61話 蠢く無能、あるいは手に入れた真実
謹慎処分という名の暇を言い渡されたサキヨマ元騎士団長と、トカツモ元副団長、そして騎士のリマサノの3人は、揃って街の雑踏を歩いていた。
トカツモとリマサノの怪我は、すでに神殿の回復魔法によって完治しており、3人とも甲冑ではなく目立たない普段着に身を包んでいる。しかし、その表情は一様に暗く、どす黒い感情が透けて見えた。
「くそっ……! あの『蜘蛛の牙』の野郎どもめ。このままじゃ腹の虫が治まらんぞ!」
サキヨマが周囲に聞こえないよう小声で毒突くと、隣のトカツモがため息交じりに首を振った。
「サキヨマ様、お気持ちは分かりますが……。しかし、今の我々だけで『蜘蛛の牙』をまともに倒すことなど出来ませんよ」
「確かに、あの夜襲のときの奴ら、めちゃくちゃ強かったよなぁ……」
リマサノとトカツモは、実際に宿舎を急襲された際、手も足も出ずに叩きのめされた恐怖が未だに抜けておらず、完全に弱気になっていた。
「チッ……まあ、それは俺も認めざるを得ん。騎士団の大人数を動かせるならともかく、今の俺たち3人ではどうしようもない。そもそも、残りの拠点がどこにあるかも分からんしな」
サキヨマが忌々しげに吐き捨てると、リマサノが何かを思い出したようにポンと手を打った。
「あ、拠点なら多分、あのユウマって冒険者が知ってそうですよ。昨日俺にわざわざ『あと2つ拠点がある』とか『捕らえた奴らの倍以上の人数が残っている』とか、かなり詳しいことを言って脅してきたんです」
リマサノが昨日、宿舎の門前でユウマから言われた警告を、そのまま2人に横流しする。それを聞いたトカツモの目が、にわかに邪悪な光を帯びた。
「……サキヨマ様、奴はまだ使えそうですね?」
「うむ。俺も全く同じことを思ったよ。あいつを適当な理由をつけて騎士団の詰め所にしょっ引いて、そのまま『蜘蛛の牙』の討伐に強制同行させよう」
「成る程。あいつ、実力がありそうな割には妙に大人しそうなガキでしたからね。こっちの権威をチラつかせて強引に連れて行けば、何とでもなりそうですよ。うっしっし」
「うんうん、それは良い考えだ! ユウマに『蜘蛛の牙』を制圧させて、その果実をまた我々の手柄にすればいい。上手くいけば、伯爵様も手のひらを返して、俺たちを騎士団幹部に返り咲かせてくれるかも知れんぞ。うしし」
どん底に落ちた自覚のない3人は、顔を見合わせて下劣な笑みを浮かべ、再び身勝手な陰謀を企て始めるのだった。
◇◇
その頃。
何も知らないユウマは、冒険者ギルドのいつものテーブル席にて、リュウセイからシミツコ商会に関する調査結果の報告を受けていた。
「――つまり、領主のリミツナ伯爵は、シミツコ商会の件について『政治的な決着』を着けた、ということだ」
リュウセイはそう言って、お茶を一口すする。
「政治的決着、ですか?」
「ああ。表沙汰にはせず、裏で何らかの大きな取引を行って、今回はお互いに矛を収めたのさ。貴族と大商人の間じゃよくある話だよ」
「え! 俺が領主様の館に召喚されるのを邪魔されそうになったのは別にいいですけど、あの商会が『蜘蛛の牙』みたいな闇組織を雇って動かしていたのは、流石に問題なんじゃないですか?」
「うん、客観的に見れば大問題だ。だがな、シミツコ商会が完全に潰れて街から無くなると、物流の面でそれはそれで大きな問題が出るんだよ。それに、商会側は表面上『蜘蛛の牙とは完全に決別した』という体裁を取っている。裏でどう繋がっているかは怪しいもんだけどな」
「ふ~ん、大人の事情ってやつですか。……そもそも、何で俺みたいな一介の冒険者が、シミツコ商会なんかに目を付けられたんだろう?」
俺が首を傾げると、リュウセイはニヤリと不敵に笑った。
「ユウマ、お前はあの難攻不落のダンジョン『魔獣の窟』の攻略者だろ? おまけに、お前のアイテムバッグには、あのダンジョンでしか手に入らない貴重な『黒き獣の肉』が、まだ大量に眠ってるんじゃないか?」
「え! あぁ……まぁ、肉ならまだまだ売るほどありますけど……ん? リュウセイさんにはもうあげないよ!」
「ははは、分かってるって。……で、シミツコ商会はその肉を安値で一括買取したかったらしい。そして、お前を自分たちのお抱え冒険者として囲い込んで、これからも貴重な素材の採取を奴隷みたいに遣らせるつもりだったんだよ」
「成る程。そんなの、話を持ち掛けられた時点で即お断りですね」
「だろうな。まぁ、今の商会はお前が『蜘蛛の牙』を壊滅させたという恐ろしい事実を掴んでいるから、ユウマにはおいそれと手は出してこないはずだ。……シミツコ商会に関しては、こんなところだな」
リュウセイはそこで言葉を区切ると、声を一段と潜めて続けた。
「それと騎士団の方だが、今回の不祥事で近々団長と副団長は正式に降格。この領地の寄り親である『シヒデヨ侯爵領』から、臨時の代わりの団長が派遣されてくるそうだぞ」
俺はその正確無比な情報量に、思わず目を丸くした。
「え? 昨日頼んだばかりなのに、こんな短期間でそこまで調べられるなんて……リュウセイさんって本当に凄いね。有難う」
「いやいや、俺個人の力だけじゃないさ。情報網なんてのは、網の目のようにいたるところに張り巡らされているものさ。……とは言っても、今回の大事な部分は、あの解体所の師匠からの情報だけどな」
「あ、おやっさんかぁ! 元探索者のシニアネットワーク、流石だねぇ」
俺とリュウセイは、頼もしすぎる街の隠れた実力者の存在に、顔を見合わせて笑うのだった。




