第60話 襲撃の代償、あるいは無能への鉄槌
朝食のスープと硬めのパンを胃袋に収めた俺は、相棒のブラックドッグ、クロドと一緒に冒険者ギルドへやってきた。
ちょうど依頼を受ける時間帯ということもあり、掲示板の前は数多くの冒険者たちでごった返していたが、どうにもいつもより騒がしい。あちこちで冒険者たちが眉をひそめ、何やら不穏な噂話をヒソヒソと囁き合っていた。
「あっ! ユウマくん! クロちゃんもお早う!」
人混みの向こうから手を振って声をかけてきたのは、顔見知りの冒険者アヤカさんだった。
「お早うワン」
「アヤカさん、お早うございます。なんだか今日、いつもよりギルド内が騒がしい気がするのですが……何かあったんですか?」
俺が尋ねると、アヤカさんは周囲を気にするように声を潜め、呆れたような、呆然としたような顔で爆弾発言を口にした。
「それがねぇ……信じられないんだけど、昨日の夜に騎士団の宿舎が『蜘蛛の牙』の残党に襲撃されたらしいの。それで、せっかく捕らえていた幹部や構成員の人たち、全員綺麗に逃げられたんだって」
「……えっ! マジですか? はぁ……」
俺は思わず、特大の溜息を吐き出してしまった。
わざわざ昨日の昼間、ご丁寧に騎士団の宿舎まで出向いて「あと2箇所拠点が残ってる。昨日の倍以上の人数が残ってるから、襲撃と奪還に気をつけろ」と忠告してやったというのに。その警告を完全に無視して寝首をかかれ、おまけに全員に逃げられるなんて……無能にも程があるだろう。
「お早う、ユウマ。朝からとんでもないニュースが入ってきたな」
そこへ、人混みを割って『黒紅の無頼』のリュウセイさんがニヤニヤとした笑みを浮かべながら現れた。
「お早うございます、リュウセイさん」
「聞いたか? ユウマがせっかく一網打尽にしてやった『蜘蛛の牙』の連中を、あのマヌケな騎士団どもがそっくりそのまま逃がしちまったぞ。街の防衛組織が聞いて呆れるぜ」
リュウセイさんがわざとらしく肩をすくめると、隣で聞いていたアヤカさんが「えっ!?」と目を見開いて俺の顔を凝視した。
「ちょ、ちょっと待って! 『蜘蛛の牙』って……元々はユウマくんが捕まえたの!? だって、世間の噂じゃ、サキヨマ騎士団長が全裸にした犯罪者たちを、すっごく嫌らしい笑顔でニヤつきながら連行していったって話だったから……。今、腐女子冒険者の間でその話題でもちきりなんだけど……」
……あら。
全員を全裸にして戦闘不能にした俺のスマートな仕事が、騎士団長が強制的に男たちを剥き出しにしたという、とんでもなく歪んだ方向の噂に化けてしまっているようだ。
それにしても、腐女子冒険者って……。命懸けの冒険者の中にも、そんな属性の人が紛れ込んでいることに驚きを隠せない。
「ははは! ユウマが『蜘蛛の牙』の拠点をたった一人と一匹で完璧に制圧したのは間違いねぇよ。その後から騎士団がノコノコやってきて、一番美味しい手柄だけを横取りしていったんだ」
リュウセイさんが真実を暴露すると、アヤカさんは「そうなの!?」とさらに目を輝かせ、なぜかじっと俺の全身を見つめてきた。
「そうだったんだぁ……。えっ! ということは、じゃあ……あの屈強な男たちの服を全部ひんむいて、一糸まとわぬ姿にしたのは……ユウマくん? もしかして、ユウマくんって、そっちの……」
「いやいやいや! そんな趣味これっぽっちも無いですから! 誤解です、勘弁してくださいよぉ!」
「そうよねぇ、冗談よねぇ……」
アヤカさんはクスリと笑うが、その目は明らかに「新たな扉」を開けてしまったかのような意味深な光を放っている。
……もしかして、その「腐女子冒険者」の筆頭って、アヤカさん本人なんじゃなかろうか。俺はそっと半歩、彼女から距離を置いた。
◇◇
ちょうどその頃。
領主の館の最奥にある重厚な謁見の間では、すさまじい怒号が響き渡り、床の絨毯がびりびりと震えていた。
「この、大馬鹿者どもがぁぁぁぁぁーーーっっっ!!!」
机を激しく叩きつけ、文字通り般若の如き形相で激怒しているのは、この地を治めるリミツナ伯爵である。
その目の前では、サキヨマ騎士団長、トカツモ副団長、そして昨日俺に殴りかかってきた騎士リマサノの3人が、額を床に擦り付けんばかりの勢いで猛烈な土下座をかましていた。
「騎士団の宿舎が正面から急襲を受け、厳重に監禁していたはずの凶悪犯罪者どもを全員もれなく逃がすとは……! 我が領地の歴史上、前代未聞の大不祥事だぞ!!」
「も、申し訳ございません……っ!」
トカツモ副団長とリマサノの2人は、昨夜の襲撃の激しさを物語るように、全身傷だらけで、あちこちに黒い火傷の跡まで生々しく残っている。本来なら治療院に担ぎ込まれるレベルの重傷だが、激怒した領主に回復薬を使う時間すら与えられず呼び出され、容赦のない叱責を受け続けていた。
一方で、そんな満身創痍の部下2人に挟まれているサキヨマ騎士団長はというと――なんと、無傷。かすり傷一つない、ピカピカの綺麗な状態だった。
リミツナ伯爵の冷徹な視線が、その無傷の騎士団長へと突き刺さる。
「……それで、サキヨマ。騎士団が最大の危機に陥り、部下たちが血を流して戦っていたその時、貴様は一体どこで、何をしていた?」
「は、ははっ……! そ、それは、その……が、外出……いえ、街の、巡回警備中でありまして、はい……っ」
完全に要領を得ない、冷や汗まみれの返答。それもそのはず、騎士団情報部のトヨシモから情報を引き出すための交換条件として、男と二人きりでベタベタと甘いデートを楽しんでいましたなどと、首をはねられても口が裂けても言えるはずがなかった。
「ふん、見苦しい。……宿舎の門兵からは、すでに正確な報告が上がってきているぞ?」
リミツナ伯爵は冷酷に言い放ち、手元の書類をサキヨマの目の前へ投げつけた。
「先日、サキヨマからは『蜘蛛の牙の拠点は、騎士団が総力を挙げて制圧し捕縛した』と誇らしげに報告があったな。……だが実際は、冒険者ユウマがたった一人で壊滅させた場所へ、貴様らが後から乗り込んで手柄を横取りしただけだそうだな?」
「そ、それは――ッ」
「それは、何だ!? 怪我人一人出さずに闇組織の拠点を制圧できるほど優秀なはずの騎士団が、いざ本拠地を襲撃された途端、為す術もなくあっけなく犯罪者を奪還されるなど、あまりにも辻褄が合わんと思っていたのだ!」
「い、いや! それは、敵の急襲が想定を超えており、襲撃に来た輩の実力が極めて高かったがゆえに……っ」
サキヨマが必死に苦しい言い訳を並べ立てるが、領主の氷のような視線がそれをピシャリと遮った。
「黙れ! 虚偽の報告をしてまで冒険者の手柄を盗み、自分たちの利権とした上に、その冒険者ユウマから直々に『残党による襲撃と奪還の危険性』を警告されていたにもかかわらず、慢心して警戒を怠ったその大罪……! 本来であれば、お前たち3人を今すぐこの街から叩き出し、極刑に処したいところだが……!」
一呼吸、重苦しい沈黙が部屋を満たす。
ゴクリ、と。土下座したままの3人は生唾を飲み込み、目を見開いて己に下される最後の裁定を待った。
「――サキヨマ。貴様を本日をもって『平騎士』へと降格処分とする!」
「なっ……!?」
「新たな騎士団長、および幹部陣は別途選出する。それまでの間、貴様ら3人は自宅にて一切の外出を禁ずる、無期限の謹慎だぁぁぁぁぁーーーっっっ!!!」
謁見の間に、リミツナ伯爵の怒りの雷鳴が鳴り響いた。
他人の手柄を横取りし、ドヤ顔で勝ち誇っていたサキヨマの栄光は、一瞬にして文字通りのどん底へと叩き落とされたのだった。




