第59話 門前払い、あるいは残された忠告
俺とブラックドッグのクロドは、領主の館のすぐ隣に居を構える、騎士団の本部宿舎へと足を運んでいた。立派な石造りの建物の入り口には、鋭い槍を手にした門番の騎士が2人、微動だにせず立っている。
「お早うございます。Cランク冒険者のユウマと申しますが、昨日の『蜘蛛の牙』の討伐の件について、お話しがあって伺いました」
俺が穏やかに声をかけると、門番たちは訝しげに眉をひそめた。
「ん? 昨日の討伐の件だと? そんな話、上の者からは何も聞いておらんぞ。一体誰に用があるのだ?」
「サキヨマ騎士団長さんは、いらっしゃいますか?」
「騎士団長なら、今は外出中だ」
むむ、居留守か、あるいは本当に不在か。どうしたものか。
「……そうですか。では、対応はどなたでも構いませんので、昨日『蜘蛛の牙』の拠点討伐へ実際に参加された騎士の方を、どなたか一人呼んでいただけませんか?」
「分かった、ちょっと待ってろ」
門番の一人が、槍を片手に建物の中へと入っていった。しばらくすると、ドタドタと騒がしい足音と共に、一人の騎士を引き連れて戻ってきた。
「俺は昨日、直々に『蜘蛛の牙』の拠点を討伐した高潔なる騎士、リマサノだ! 冒険者風情が、騎士団に何の用だぁ!」
出てくるなり、ふんぞり返って大声を出すリマサノ。俺は溜息をこらえながら、直球で切り出した。
「ああ、昨日俺が戦闘不能にしておいた『蜘蛛の牙』の討伐報酬と、彼らを犯罪奴隷として売却した際に入ってくる分の代金を、そちらが受け取っていると思って貰いに来たんですけど」
「はぁ!? 何を寝言を言っている! 『蜘蛛の牙』は我が騎士団が総力を挙げて捕らえたのだ! そんなつまらない言い掛かりをつけて騎士団の権威を汚すなら、不敬罪でお前を逮捕するぞぉ!」
「おかしなことを言いますね。……本当に、俺とこのクロドに見覚えは無いですか?」
「ぐるるるるるる……ッ」
俺の言葉に合わせるように、クロドが低く唸り声を上げ、鋭い牙を剥き出しにしてリマサノをキッと睨みつけた。本物の魔獣が放つ圧倒的な威圧感だ。
「ひっ……!」
恐怖のあまり、騎士リマサノの顔から血の気が引き、思わず数歩後退る。
「し、知らんぞ! その黒犬を国家の騎士に嗾ける気か!? 騎士に暴力を振るえば反乱罪が適用されて、ただじゃ済まないからな!」
「クロド、大人しくして。まだ手を出さなくていいよ」
俺が宥めると、クロドは唸るのをピタリと止めたが、リマサノを値踏みするような冷ややかな視線で睨み続けた。
「くっ、俺をビビらせやがって……このクソ冒険者がぁ!」
屈辱に顔を真っ赤にしたリマサノが、逆上して腰の剣を引き抜き、その柄頭で俺の頭を殴りつけようと突き出してきた。
ガキン!
鈍い金属音が響く。だが、リマサノの攻撃は、俺の数センチ手前で目に見えない亜空間の壁に阻まれ、激しく弾き返された。
「え……っ!?」
「拠点の『蜘蛛の牙』を全員一人で戦闘不能にした俺が、そんなに弱い訳ないでしょう? その程度の生ぬるい攻撃が、俺に効くとでも思いましたか?」
「くっ、貴様ぁ……! いいや、『蜘蛛の牙』は騎士団が倒したんだぁ!」
「じゃあ、どうやって? あの大人数を、あなたたち騎士団がどうやって傷一つなく制圧したんですか? 説明してください」
「煩い! うるさあああああああい!」
完全に図星を突かれ、子供のように耳を塞いで叫ぶリマサノ。これ以上会話を続けても拉致があかないな。
「ふ~ん。そうですか。では、これだけは責任を持って、あなたのボスの騎士団長に伝えてください。『蜘蛛の牙』の拠点の奥の部屋で、サキヨマ騎士団長さん直々に『後は任せろ』と言われたから任せたのですが……なるほど、手柄を全て横取りするおつもりなのですね、と」
「そ、そんなことは上から聞いてないぞ!」
「へぇ、そうですか。……それともう一つ。実は『蜘蛛の牙』の拠点は、昨日の場所以外にあと2箇所残っています。そこには、昨日の倍以上の構成員がまだ残っていますよ。……襲撃には、くれぐれも気を付けてくださいね。仲間の奪還に現れるかもしれないですから」
「な、なに……!? 昨日の奴らで全てじゃないのか!? き、貴様、俺たちを脅す気か!」
「はぁ。事実を教えてあげているんですよ。それと、これは脅しじゃなくて親切な『忠告』です。門番の方々も、今の会話を聞いていれば、本当は誰が『蜘蛛の牙』を制圧したのか、もう分かったと思います。……領主様に、『蜘蛛の牙』の残党による大規模な襲撃に備えるよう、早急に報告した方が良いですよ」
俺がチラリと門番たちに目をやると、彼らは気まずそうに目を泳がせながらも、無言で深く、うんうん、と何度も何度も首を縦に振っていた。誰が真実を言っているかは明白だ。
「それでは、さようなら」
俺とクロドはそれだけ言い残すと、完全にパニックに陥っているリマサノを置き去りにして、騎士団の宿舎に背を向けて悠然と立ち去った。
◇◇
その頃、騎士団のトップであるサキヨマ騎士団長は、自らの宿舎が大騒ぎになっていることなど露知らず、街の目抜き通りにいた。
彼の隣には、騎士団情報部のトヨシモの姿がある。2人は完全に、街中での甘いデートの真っ最中であった。
「ええい、トヨシモ! 公衆の面前でワタシの腕を組むなぁ!」
「いーじゃない、固いこと言わないのぉ。誰も見てないわよ?」
「あ~! ほら、手も繋ぐなぁ! 誰かに見られたらどうする!」
「もう! 団長ったら、本当に照れ屋さんねぇ」
ウフフ、アハハ、と妙に色っぽい声を上げてサキヨマにベタベタと寄り添うトヨシモ。サキヨマは真っ赤になって抵抗しつつも、どこか押し切られている。
そして――そんな2人の微笑ましい(?)デートの様子を、通りの片隅にある大きな木の陰から、じっと見つめる鋭い視線があった。
「……まぁ! サキヨマ騎士団長って、あんなに強引に迫られて、実はとっても照れ屋さんな可愛い一面があるのね……! これは大変、すぐに屋敷の皆に報告して共有しなきゃ!」
目を輝かせながら鼻息を荒くする、領主の館の腐女子メイド。
騎士団長がその肉体と言い訳を盾にどれだけ奮闘しようとも、メイドたちの張り巡らされた情報網と妄想の燃料になる運命からは、決して逃れられないのであった。




