第57話 ギルドの思惑、あるいは届かぬ本音
ギルドの受付嬢であるヤヨイさんに案内され、俺とブラックドッグのクロドは、二階にあるギルド長の執務室へと向かった。重厚な扉を開けて中に入ると、それまで机に就いていたギルド長がすっと立ち上がり、応接用のソファへと促してきた。
「ユウマ、急な呼び出しに応じてくれて有難う。まあ、そこに座ってくれ」
「はい。失礼します」
俺がギルド長と向かい合う形でソファーに腰を下ろすと、クロドはその横に慣れた様子でどさりと寝そべり、早くも退屈そうに目を細めている。
「単刀直入に用件を言おう。お願いというのはだな……以前、Sランクパーティ『焔の剣』が依頼失敗を喫していた、あのレア種のキラーデュラハーン討伐の件だ」
「キラーデュラハーンの討伐、ですか?」
俺は思わず眉をひそめた。あの件、まだ解決していなかったのか。Sランクともあろう者が、一体全体何をもたついているんだろう。
「そこでだ、ユウマ。ギルドからお前に『指名依頼』を出したい。受けてはくれんか?」
「……指名依頼、ですか?」
耳を疑った。一般的に、一介のCランク冒険者に個人の指名依頼が下るなんて話、聞いたこともない。
「そうだ。このままあの魔物を放って置くわけにはいかんのだ」
「何故でしょうか? そもそもキラーデュラハーンの討伐となれば、本来は最低でもAランク以上の案件のはずですが」
「強力なレア種が居座り続けているせいでな、あのダンジョンに入る冒険者が極端に少なくなってしまったのだ。結果、間引きが追いつかず、内部のモンスターが異常増殖しておる」
「はい……」
いやいや、そんなことは言われなくても分かっている。生態系のバランスが崩れればどうなるかくらい、わざわざ説明されなくても知っている。俺が聞きたいのはそこじゃない。
「このままの状況が続けば、いずれモンスターの大量発生及び暴走――つまり、スタンピードが起きてこの都市が未曾有の危険に晒されるのだ!」
悲壮感を漂わせるギルド長だが、俺の心は冷めていく一方だった。だから、そんなことは冒険者の常識でしょうに。
「ん~。話を本題に戻しますが、何点か確認させてください」
「なんだ?」
「指名依頼というのは、本来Bランク以上の高ランク冒険者に対して出される規約のはずですよね。俺はまだCランクですから、そもそも制度として受けられないはずですが?」
「……指名依頼の規定に届いておらんのは分かっておる。だからな、この依頼は公にせず、内々での『お願い』という形にしたいのだ」
「ふむ。仮にその超法規的措置が通ったとしても、相手は『焔の剣』すら退けたA級のレア種です。Cランクの俺にそんな危険な真似を押し付けるのは、客観的に見ても明らかにおかしいですよねぇ」
「む……。ユウマ、お前ならこの都市の危機と聞いて、二つ返事で受けてくれると思ったのだがなぁ。確かにランクの規定レベルは足りんが、ダンジョン攻略者であるお前の実力なら、十分に可能だと踏んでいる。……よし、これは正式な依頼ではなく、あくまでユウマが『自主的に』対応したという体裁にしよう。その代わり、事後報酬にかなり色を付けるという形でどうだ?」
(お前なら二つ返事で受けると思った、ねぇ……)
おまけに「自主的な対応」って、もはやギルドの依頼ですらないじゃないか。
随分と安く見られたものだ。そりゃあ、少し前の俺なら、持ち前の正義感からふたつ返事で「やります!」と即答していたかもしれない。だけど、昨日の騎士団の件や、シミツコ商会の不穏な動きを経験した今の俺は、どうしても疑り深くなってしまうのだ。
「可能か不可能かで言えば可能ですし、討伐自体も俺にとっては全く問題ないんですけどね。……ただ、ギルドの規定をあからさまに無視してまで、頑なに俺個人に頼み込もうとする『本当の理由』が知りたいんです。これじゃあ他の高ランク冒険者の仕事を奪うことになりますし、そもそもスタンピードの防衛線ともなれば、本来は騎士団の管轄案件ですよね」
そこまで口にして、俺の脳裏に一つの仮説が浮かび上がった。
(ああ、成る程……またあの騎士団絡みか)
合点がいった。このギルド長、騎士団側から何らかの圧力をかけられているな。
しかし、サキヨマの狙いは一体何だ?
Sランクの『焔の剣』すら失敗した超難関任務に、わざわざCランクの俺を放り込もうとする。普通に考えれば、俺が任務に失敗して、そのままダンジョンの藻屑となって死ねばいいとでも思っているのだろうか。
「むむ、そ、それは……」
核心を突かれたギルド長が、目に見えて動揺し始める。俺はさらに畳みかけるように、少しカマをかけてみることにした。
「この都市に冒険者が足りないなら、他の都市のギルドから助っ人を呼べばいいだけの話です。最悪、冒険者が動かなくても、街を守るために騎士団が総出でダンジョンへ行けばいい。……ギルド長。あなた、騎士団から一体どんな圧力を受けたんですか? それとも、何か裏でお金でも握らされたんですか?」
「む! そ、そんなことは……断じて無い……っ!」
語気が荒くなると同時に、ギルド長の額からタラリと冷や汗が流れ落ちる。
(あはは、分かりやすすぎる。騎士団の圧力、確定だなこれ)
俺は完全にジト目になり、目の前の男を冷ややかな視線で見つめた。
「はぁ……。俺は今まで、冒険者ギルドという組織は、どんな時でも冒険者の味方であってくれる場所だと思っていたからこそ、お話ししますが……」
そう前置きをして、俺は昨日の夜、『蜘蛛の牙』の拠点でサキヨマ騎士団長に手柄を完全に横取りされた一部始終を、ギルド長に包み隠さずぶちまけた。
「――もし、ギルド長が俺たち冒険者の盾になるどころか、騎士団側の犬に成り下がるというのであれば、俺は今この瞬間をもってこの都市を出て行きます。それと同時に、この一連の理不尽な顛末を、ギルドの他の冒険者たち全員にも包み隠さずお話しさせてもらいますね」
「ちょ、ちょっと待て、ユウマ! 待ってくれ!」
俺がソファーから腰を浮かせかけると、ギルド長は慌てて両手を振って引き留めてきた。その顔は完全に真っ青だ。
「お前と騎士団の間にそこまでの遺恨があったとは知らんかったのだ! 分かった、分かったから落ち着いてくれ。儂からも、その『蜘蛛の牙』の手柄の件については、騎士団本部へ正式に抗議のクレー……クレームを入れよう!」
「正式な抗議? ……それだけで終わりですか?」
「むむ、これ以上、お前は一体何を望むというのだ……?」
「いや、具体的に何をって言われても、今はすぐには思いつきませんけど。……そもそも、キラーデュラハーンの討伐だって、街の危機を盾にするなら、ギルドではなく騎士団へ正式に災害派遣として依頼を回すべきじゃないですか?」
「むむむ……。しかしだな、冒険者ギルドが受けた依頼の尻拭いを、国の公的機関である騎士団に頼むとなれば、ギルドとしてのメンツが丸潰れになる。それは組織として非常に難しいのだ……」
「はぁ。じゃあ、当初の予定通り、他の都市から優秀な冒険者をかき集めて依頼してください。俺は絶対に受けませんから」
(……だめだ、この人)
俺は心の中で深く溜息をついた。かつて、あの問題児であるメイを野放しにしていた件といい、このオヤジは根本的にギルド長としての適格性に欠けている。組織の面子ばかりを気にして、肝心の所属冒険者を守ろうという気概が微塵も感じられないのだ。
それにしても、サキヨマ騎士団長。裏で随分と色々な根回しをしてくれるじゃないか。
いいだろう。この都市をオサラバする前に、あのドヤ顔騎士団長には、きっちりと手痛い落とし前を着けさせてあげる必要がありそうだ。




