第56話 残された火種、あるいは新たな依頼
『蜘蛛の牙』の最初の拠点から少し離れた通りで、俺とブラックドッグのクロドは、ぽつんと立ち尽くしたまま顔を見合わせた。
「クロド……『蜘蛛の牙』の拠点が、あと2つ残っているんだけどさ……」
「みなまで言わなくても、分かるワン。あの顔を見たら、これ以上付き合う気も失せるというものだワン」
「はぁ……。全くだよ」
俺とクロドが拠点の殲滅まであと一歩というところまで追い詰め、残るはボス一人という場面。そこに大仰に乗り込んできて、まるで世界を救ったかのような勝ち誇ったドヤ顔を決めたサキヨマ騎士団長。あの満面の笑みを思い出すだけで、一気にやる気が霧散していくのを感じた。
「もういいや、今日は帰って寝よう」
すっかりモチベーションの底が抜けた俺たちは、残りの拠点を放置したまま、おとなしく宿へと引き上げることにしたのだった。
◇◇
翌朝、重い腰を上げて冒険者ギルドに顔を出すと、朝一番のホールは妙な熱気に包まれていた。あちこちのテーブルから、男たちの興奮した話し声が聞こえてくる。
「おい、聞いたか? 昨日、騎士団が名だたる闇組織『蜘蛛の牙』の拠点を一つ壊滅させたらしいぞ!」
「へえ、凄いねぇ。今までは末端のチンピラをたまに逮捕するくらいしか出来なかったのに。これぞ騎士団の面目躍如ってところだな!」
……騎士団の活躍?
耳を疑うような噂話に、俺の眉間が自然と険しくなる。あれ? 騎士団って、何か特別なことやったっけ?
俺とクロドが防衛線を突破して、拠点の連中を全員全裸にして制圧した「後に」やって来て、ただ突っ立っていたボスを逮捕しただけのはずだ。
ふむぅ。どう考えても納得がいかない。手柄の横取りここに極まれり、である。
「おう! ユウマ、なんだか朝から浮かない顔をしてるなぁ。何かあったかい?」
一人で悶々としていると、背後から快活な声が響いた。振り返ると、そこにはお馴染みの実力者派閥『黒紅の無頼』の探索者、リュウセイが立っていた。
「あ、リュウセイさん、お早う御座います。……ええ、ちょっと、釈然としないというか、納得のいかないことがありまして」
「お、俺で良ければ相談に乗るよ? この前、あの美味い黒き獣の肉を分けてもらった借りもあるしな」
リュウセイは親切そうに白い歯を見せる。
「有難う御座います。実は、この都市の貴族や大商人のパワーバランスというか、裏の繋がりがよく分からなくて。そのあたりを踏まえて、少し話を聞いてもらえますか?」
「おう、そういうことなら任せろ。じゃあ、向こうの席に座ってゆっくり話そうか」
俺たちはギルド併設の酒場の端にあるテーブルへと移動し、腰を下ろした。俺は周囲に声が漏れないよう注意しながら、昨日の夜に起きた出来事をありのままにリュウセイに打ち明けた。
「――成る程な。そういうことか」
一通り話を聞き終えたリュウセイは、深く腕を組んでガシガシと顎を掻いた。
「『蜘蛛の牙』のような闇組織の連中は、扱いとしてはお尋ね者の盗賊と同じだ。だから、冒険者が捕まえてギルドや役所に突き出せば、当然高額な報酬が出るし、犯罪奴隷として売られた代金の一部も懐に入る。……だが、今回はそのサキヨマ騎士団長に先手を打たれたわけだ。世間的には『騎士団が手柄を挙げた』ってことになってるし、その噂も騎士団の広報が意図的に流したんだろうな」
「やっぱり、そういう仕組みなんですね」
「ああ。今更お前が『俺が倒した』とギルドに主張したところで、現物を騎士団に抑えられている以上、報酬を分捕り直すのは難しいかもよ」
「あ、お金に関しては別に良いんです。元々貰えるとは思っていませんでしたし。まあ、こうしてシステムを聞いてしまったら、ちょっと悔しい気持ちはありますけど……理由が分かっただけでもスッキリしました」
「そうかぁ、大人だな。……でもお前、さっき拠点が『まだ2つ残ってる』って言ってただろ?」
「はい。位置は把握してます。でも、騎士団のあのドヤ顔と、今の街の噂を聞いちゃったら、もう残りの拠点をわざわざ俺が倒してやる気はなくなりましたよ。騎士団が自力でやればいいんです」
俺が投げやりに言うと、リュウセイの表情が不意に真剣なものへと変わった。
「……いや、ユウマ。それはちょっとヤバいかもしれないぞ」
「え? 反撃、ですか?」
「そうだ。まず、捕らえられた幹部や仲間の奪還。そして、今回の件を根に持った『蜘蛛の牙』の残党から、名指しで騎士団、そしてお前への報復が始まるはずだ。奴らはプライドが高いからな。面目を潰されたまま黙っちゃいない」
「はぁ。まあ、元々は俺に仕掛けてきたから潰そうと思っただけですし、向こうからわざわざ来てくれるなら、その場で返り討ちにするだけなので俺は平気です」
「はは、流石はダンジョン攻略者だ。肝が据わってやがる」
リュウセイは苦笑しながらも、俺の言葉に頼もしさを感じたようだ。
「あ、それより。領主の屋敷で直接お願いしておいた、黒幕の『シミツコ商会』への仕置きについても気になってるんですよね。あっちの動きはどうですか?」
「シミツコ商会か……。いや、今のところ、あの商会が特にやらかしたとか、領主から制裁を受けたなんて噂は耳に入ってないな」
「ええ! あれだけ証拠があって、何のお咎めも無しですか?」
「実際のところは貴族と大商人の腹の探り合いだから、一般の俺たちには見えないだけかもしれないがな……。どうだ、気になるなら、俺のルートで少し内情を調べてやろうか?」
「本当ですか? 有難う御座います。ですが、タダで動いてもらうのは申し訳ないので……これでお願いします」
俺はポケットに手を入れるフリをして、昨日『蜘蛛の牙』の隠し金庫からちゃっかり亜空間へ回収しておいた財産の中から、輝く金貨を1枚取り出し、テーブルの上に滑らせた。
「えっ、おい!! 白金貨丸ごと1枚か!? 情報収集の経費にしちゃ破格すぎるぞ!」
リュウセイは目を丸くして驚いたが、すぐにニヤリと不敵に笑って金貨を懐に収めた。
「よし、乗った! これだけ貰うなら、シミツコ商会だけじゃなく、それに関連する他の不穏な情報や貴族の動きまで、徹底的に探って泥を引っ張り出してやるよ」
「助かります。お願いしますね」
ちょうど話がまとまったその時、パタパタと小走りでこちらに近づいてくる足音がした。
見ると、ギルドの受付嬢であるヤヨイが、少し言いづらそうに書類を胸に抱えて立っていた。
「あの……すいません。ユウマさん、今少しお時間よろしいでしょうか? 実は、ギルドからユウマさんに、どうしてもお願いしたい『特別な依頼』がありまして……お話だけでも聞いていただけないでしょうか?」
「ん? 俺に依頼ですか?」
俺が首を傾げると、リュウセイは察したようにすっと席を立った。
「よし、それじゃあ俺は席を外すよ。大人の密談の邪魔をしちゃ野暮だからな」
リュウセイはそう言い残すと、ひらひらと手を振りながらギルドの出口へと歩き出していく。
「リュウセイさん、さっきの件、よろしくお願いしますねぇ!」
俺が背中に向けて声をかけると、リュウセイは振り返ることもなく、歩きながらサムズアップした右手を軽く掲げて応えてみせた。相変わらず絵になる男だ。
「さて、ヤヨイさん。それで、お願いって一体何ですか?」
俺は仕切り直すように、目の前でそわそわしているヤヨイへと視線を戻した。




