第55話 襲撃、あるいは騎士団のちゃっかり
俺とブラックドッグのクロドは、2階建ての立派な大きめの屋敷の前に立っていた。周囲の喧騒から隔絶されたその建物からは、どことなく禍々しい気配が漂っている。
「さて……この中にいる奴らは、全員『蜘蛛の牙』のメンバーだってことは空間把握で確認済みだ。クロド、行くぞ」
「分かったワン。いつでもいけるワン」
気合を入れ、俺はそっとドアノブに手をかけて回してみた。
ガチャガチャ。
「ん? 鍵が掛かってるなぁ。まあ、闇組織の拠点なんだから当たり前か」
どうしたものかと一瞬考え、俺は深く考えずに拳を突き出した。
コンコンコン!
激しくノックの音が響き渡る。
「誰だ!」
すぐさまドアの内側から、警戒に満ちた男の怒鳴り声が返ってきた。
「あぁ~。どうしよ、何にも考えないでノックしちゃったよ」
自分の計画性のなさに思わず頭を抱えると、隣の相棒が頼もしく鼻を鳴らした。
「ははは、気にするなワン。俺に任せろワン!」
クロドは少しだけ後ろに下がって距離を取ると、その引き締まった身体に勢いを付け、弾丸のようにドアへと体当たりを敢行した。
ドゴンッ!
「ぐへっ」
凄まじい衝撃音と共に頑丈な木製のドアが内側へと吹き飛ぶ。そして、その押し倒されたドアの真下には、タイミング悪く様子見に出てきて完全に押し潰された見張りの男が埋まっていた。
「とりあえず……服と武器は没収っと」
俺は思考を遮断し、その男の装備一式を亜空間へと収納した。
「な、何だ何だ!?」
「お前、誰だ!」
「その黒い犬、まさかブラックドッグか!?」
騒ぎを聞きつけて、廊下の奥から慌てて3人の男が飛び出してきた。
「はい、お疲れ様です」
俺はすかさず彼らの武器と服もろとも、まとめて亜空間に収納してやった。
「え? な、何で俺たち裸になってんだ!?」
「ぶ、武器が無い! 俺の剣はどこへ行った!?」
一瞬にして一糸まとわぬ全裸姿にされた男たちは、何が起きたのか理解できず、股間を隠しながらオロオロと取り乱す。
ドカッ!
「ふげっ」
「ぎゃっ」
「ぐへっ」
容赦のないクロドの体当たりが、全裸の男たちの腹に次々と突き刺さる。彼らは面白いようにまとめて突き飛ばされ、壁際へ転がっていった。
俺とクロドは屋敷の奥へと悠然と進みながら、迎撃するために次々と飛び出してくる男たちを片端から全裸に変え、瞬時に封印していった。もはや作業である。
歩きながらこの屋敷を空間把握でスキャンすると、残る気配はあと3人。どうやら一番奥の部屋に立てこもっているようだ。
ドカッ!
俺は躊躇うことなく、その奥の部屋の扉を思い切り蹴飛ばして開け放った。
シュッ。カツンッ!
扉が開いた瞬間、部屋の奥から鋭い風切り音と共に一本の矢が放たれた。それは俺の心臓の位置へと正確に迫ったが、あらかじめ身体の表面に展開していた亜空間が、その威力を完全に無効化して床へと弾き落とした。
「くっ、貴様ぁ! 何者だぁ!」
部屋の中には、息を呑んでこちらを睨みつける3人の男が立っていた。
中央に威圧感を放つ眼帯の男、右側に今しがた弓を放った男、そして左側には背の低い痩せた男が控えている。叫んだのは中央の眼帯男だ。この拠点のボスだろう。
「あ、どうも。Cランク冒険者のユウマです」
「ユウマだと……!? 何しに来た!」
「え~っと、俺が領主の屋敷に召喚されて行く途中で、シミツコ商会に雇われた『蜘蛛の牙』の男たちに襲われたんですよね。だからその報復と言うか、まあ、闇組織は犯罪集団なので、今後の憂いを断つために壊滅しに来ました」
「くっ、こんな暢気な野郎に、うちの拠点が潰されるとはな……!」
眼帯の男が歯噛みしたその瞬間、俺の空間把握が奇妙な動きを捉えた。左側にいたはずの背の低い男の姿が、かき消えるように視界から消え去っていたのだ。
(へえ、気配を完全に消して動いたな。鮮やかだけど、俺には丸見えだよ。認識阻害系のスキルでもあるんだろうな)
男は音もなく俺の真横へと回り込み、その手に握ったナイフで俺の首を容赦なく真横から斬りつけようとした。だが――
カキンッ!
「へっ?」
ナイフの刃は、俺の首筋に触れることすらできず、亜空間の壁に阻まれて虚しく弾かれた。男が呆然と目を見開く。
「ふぁ~。次はどうするんだワン?」
クロドが退屈そうに大きなあくびをしながら、顔を傾けて俺を見上げてきた。緊張感の欠片もない。
「まずは君からね」
俺はチラリと横の背の低い男に視線を合わせると、一瞬でその武器と服を亜空間に収納し、そのまま封印した。
「お前もだ」
続けて、再び弓を構えようとしていた男の武器と服も同様に亜空間へ収納して封印する。
残されたのは、中央の眼帯の男ただ一人となった。俺は一歩前へ出て、男と正面から向き合う。
「な、何だと! くっ、貴様……一体どんな魔法を……!」
ボスが恐怖に顔を歪めたその時、クロドが耳をそばだてて外を振り返った。
「おい、ユウマ。誰かドタドタと近づいて来るワン」
「うん。分かってる。この統率の取れた足音は……騎士団かな?」
ダダダダダダダダダダダダ!
激しい足音と共に、武装した大勢の騎士たちが一斉に部屋へと雪崩れ込んできた。
「蜘蛛の牙ぁ! 観念しろやぁ!」
先頭で剣を構え、大音声で叫んだその男の顔を見て、俺は思わず目を丸くした。
「ユウマぁ! ご苦労だったなぁ! 後はこっちでやるから、もう手を出すなぁ!」
「サキヨマ……? え、騎士団長?」
そこには、どうだと言わんばかりのドヤ顔で俺を見つめ、満足感100%の満面の笑みを浮かべるサキヨマの姿があった。
「…………」
なんだろう。この、完全に「ざまぁ」されたかのような、美味しいところだけを持っていかれた感覚は。
いや、冷静に考えれば、事前に領主へ『蜘蛛の牙』を潰すから後始末と逮捕をお願いね、と頼んでいたのは俺だ。だから騎士団がこうして突入してくるのは何もおかしくはない。段取り通りだ。
段取り通り、なのだが……なんだか妙に納得がいかない。
「はぁ……。じゃ、俺はこれで」
俺は小さく溜息をつくと、そそくさと部屋を後にすることにした。取り敢えず、部屋を出る直前に、亜空間把握で事前に位置を確認していた隠し金庫など、部屋の中にある金目の物はすべて一瞬で亜空間に収納しておいた。
盗賊の隠し持っていたお宝は、見つけて捕まえた者の物ってことで良いよね?
てへ。
――その後、サキヨマ騎士団長が領主の館へ、なぜか全裸の男たちを大勢、芋づる式に連れ込んできたという不可解なニュースが、館の腐女子メイドたちの間で格好の妄想のネタとして大いに盛り上がったのは、言うまでもない。




