第54話 狙われる蜘蛛、あるいは騎士団の受難
騎士団長サキヨマは、悲鳴を上げながら軍の更衣室へと雪崩れ込んでいた。服をすべて引き裂かれるという屈辱的な目に遭い、藁にもすがる思いで飛び込んだ先が、あろうことかオネェ騎士たちのたまり場であった。
「きゃあ! 団長、もしかしてそういう趣味だったのぉ? もう、見ちゃいられないわ!」
上半身裸のまま、これ見よがしに胸元を隠して見せるオネェ騎士が、呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな悲鳴を上げる。更衣室に充満する男たちの汗と、妙に色っぽい空気が、サキヨマの神経を逆なでした。
「いやいや、違う! 断じてそんな趣味はない!」
サキヨマは真っ赤な顔で顔を覆いながら、放り出された荷物から予備の下着と服をひったくる。必死に身なりを整えながら、羞恥心と怒りで心拍数は跳ね上がるばかりだ。
「あらん、ワタシは団長って好みよぉ? 包容力がありそうだし」
別の、ふくよかな体躯をしたオネェ騎士が、ぬるりとした手つきでサキヨマの肩に手を置く。鍛え抜かれた筋肉に指が沈み込み、ゾワリとした悪寒が背筋を駆け抜けた。
「あ゛っ、だ、だからそんな気はないと言っているだろう!」
「またまたぁ。そんなに照れなくても」
「いいから! その、肩の肉をつねるなぁ!」
ようやく替えの服に袖を通し、どうにか威厳を取り戻そうと荒い息を吐く。しかし、今の彼に騎士団長としての貫禄など欠片も残っていなかった。サキヨマは拳を握りしめ、つい先ほどまで自身を翻弄した不届き者へと思いを馳せる。
「くそっ、あのCランク冒険者めぇ……! とんでもない食わせ物だったぞ。おい、誰かダンジョン攻略者ユウマの、今後の動きに関する情報を知っている奴はいないか!」
更衣室にいた騎士たちに八つ当たり気味に問いかけると、肩をつねってきた当の本人、トヨシモが妖艶に笑った。
「あら、ワタシは知っているわよぉ」
「ん? お前は確か、騎士団情報部のトヨシモだな」
「そうよぉ。可愛い子の情報も、厄介な冒険者の噂も、ワタシの耳には直ぐに入ってくるの」
サキヨマは渋い顔をしながらも、目の前の情報源に縋らざるを得ない。
「お、おう……教えてくれ。軍の威信がかかっているんだ」
「いいわよ。でも、後でワタシとデートしてくれる?」
「ふ、ふざけるなぁ! こんな時に何を言っている!」
「じゃあ、教えない。そもそも、彼が何をしたか知らないけど、騎士団の公務に関わりがある情報だなんて思えないし。ねぇ、どうするのぉ?」
トヨシモは肩をすくめ、背を向けようとする。背に腹は代えられない。サキヨマは屈辱に震えながらも、最後には力なく首を垂れた。
「……くっ、しょうがない。承知した。デートには応じる」
「決まりね! アノねぇ、『蜘蛛の牙』を討伐するらしいわよ」
「なにぃ! よりにもよって、あの危険な組織をか!」
サキヨマの目に、鬼気迫る色が宿る。
「よし、情報部を総動員して、ユウマの動向を四六時中見張ってくれ! 奴が余計な騒ぎを起こす前に、俺たちが先手を打つ!」
「一つ貸しよぉ。団長も、随分と必死ね」
「ううっ……分かった。後のことはいい! 全員、至急出撃の準備をしろ!」
◇◇
街の喧騒から離れ、領主の館の裏門をくぐり抜けた俺は、足元を歩くブラックドッグのクロドに話しかけた。相棒の毛並みは艶やかで、街の住人たちが思わず足を止めるような存在感を放っている。
「クロド、例の『蜘蛛の牙』を壊滅させたいんだけどさ。拠点とか、全然検討がつかなくて」
目的地の見当もつかぬまま歩く俺に対し、クロドは退屈そうにあくびをした。
「拠点は知らんワン。だが、ここに来る前に絡んできた奴らの臭いは、しっかりと鼻に刻み込んでいるワン」
「おお! 流石クロドだ。頼りになるな。じゃあ、奴らを返り討ちにした場所に戻って、その足取りを追うか」
「そんな遠回りなことをしなくても、この都市ぐらいの範囲なら、敵の現在地くらい風に乗って分かるワン」
俺は思わず足を止めた。そんな離れた場所の、それも特定の対象を探し出せるのか。
「ええええええ! どんだけ鼻が利くんだよ、お前」
「はははワン。これでも魔獣だからな」
「もしかして、あいつらが普段よく溜まり場にしている場所とかも分かるか?」
「分かるワン。ユウマだって、空間把握でこの都市の構造は概ね理解しているんだろ? それと同じ感覚だワン」
ハッとして、俺は己の能力に意識を向ける。確かに、魔力を張り巡らせれば、この都市のあちこちで動く生命反応や、人の密集地はある程度把握できる。
「あ! そうか、逆転の発想だな。よく立ち寄る場所を教えてくれれば、そこにいる連中を俺の空間把握で確実に見極められる!」
◇◇
結果として、この都市には『蜘蛛の牙』の拠点が3つも存在していた。
クロドの鼻と俺の空間把握。この最強のコンビネーションがあれば、隠れ場所など無意味だ。俺は現在地から最も近い拠点へと狙いを定め、静かに歩を進める。
路地裏の影に紛れ、足音を消して歩いていると、ふとクロドが耳をピクリと動かした。
「ユウマ、儂らをつけて来る奴がいるワン。それも、かなりの手練れだ」
俺は表情を変えず、前を見据えたまま小声で返す。「何処にいる?」
クロドが示した方角に、意識を集中させる。空間を透かすような視界の中に、怪しげな気配が浮かび上がった。
「騎士団情報部……か」
どうやら『蜘蛛の牙』の残党ではないらしい。俺は小さく溜息をつく。
「……騎士団なら、ついてきてもまあいいか。むしろ、俺の戦いぶりをしっかりと記録しておいてもらおう」
俺は不敵に笑うと、獲物が潜む扉へとゆっくりと手を伸ばした。今日で、この街の澱は全て洗い流すつもりだ。




