第51話 路地裏の品定めと、容赦なき「亜空間」の洗礼
冒険者ギルドの喧騒のただ中、俺はヤヨイさんから手渡された領主からの召喚状を、まじまじと見つめていた。
上質な紙に押された、仰々しい蝋印。そこには『本日中に館に参上せよ』と、こちらの都合など微塵も考慮していない横柄な命令が記されていた。
「はぁ……。ヤヨイさん、午前中はシミツコ商会に時間を潰されて、午後は領主様からの召喚命令。これじゃあ本日は一切の依頼を受ける事が出来ないんですけど、冒険者ギルドの方で何らかの休業補償って無いですかねぇ? できれば、それを理由に召喚をギルド経由で断れると、ものすごく嬉しいんだけど……」
藁にもすがる思いで尋ねる俺に、ヤヨイさんは困ったような苦笑いを浮かべ、あっさりと首を横に振った。
「あはは、ユウマくん、それは無理よ。そもそもギルドと冒険者は対等な契約関係であって、雇用関係では無いの。だからギルドがあなたの収入を保証することはないわ。……どうしても行きたくないなら、ユウマくんが『召喚を断る書状』を書いて、それをギルドが代わりに領主様の館へ届ける事くらいは出来るけど……あんまりお奨めは出来ないわよ?」
「……まあ、そうでしょうね。逆恨みされて目を付けられたら、この街で生きていけなくなっちゃうし。しょうがないので、大人しく行きます。はぁ」
盛大なため息を漏らし、俺は重い足取りでギルドを出た。
午前中の大商会といい、午後の領主といい、特権階級の連中は平民の都合を全く考えないらしい。理不尽な拘束に、胸の奥で怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。
◇◇
ギルドから領主の館へ続く大通りを、クロドを連れて歩いていると、路地裏からこちらを遮るようにして、数人のチンピラ風の男達がぞろぞろと這い出てきた。
見るからに素行の悪そうな面面だ。彼らは俺の隣に座るクロドの巨体を視界に入れると、一瞬だけ身体を強張らせ、明らかにビビりながらも、虚勢を張って声を掛けてきた。
「おい、お前がCランク冒険者のユウマだな。……ちょっと面貸せや!」
(はぁ、またこれか……。今日はいちいち何なんだよ)
「断ります。俺は今、領主様からの直々の召喚に応えて館に向かって移動している最中なのですが。それ以上に緊急の、命に関わるような用事でしょうか? もしそうならお付き合いしますので、まずは貴方たちが領主様のところへ行って、事情を説明して『遅れる了承』を貰ってきてください」
俺は懐から、先ほど受け取ったばかりの領主の召喚状を突きつけてやった。
どこの誰の差し金かは知らないが、領主の召喚を大義名分にすれば、こいつらの相手をするより断然楽に追い払えるはずだった。
「りょ、領主の、召喚状……!?」
格式高い印章を見て、男たちが明確にたじろぐ。だが、その中で最も体格のいいリーダー格の男が、唾を吐き捨てて一歩前に出た。
「うるせい! 四の五のガタガタ言うんじゃねえ! 直ぐに済む用件なんだよ。御託はいいから、始めにこちらに付き合ってもらうぞ!」
「ですから、そちらに無理やり付き合わされた結果、領主様の召喚に遅れる、あるいは応えられなかった場合、貴方たちはどうやって責任を取るつもりですか? 貴方たち個人はおろか、そのバックにいる上の人だって、領主様の面子を潰して生きていられるほど、とても大きな責任を取れるとは思えませんけど?」
「煩い、黙れ! 俺達だって手ぶらじゃ帰れねえんだよぉ!」
逆上した男が、強引に俺の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。その瞬間――。
「ぐるるるる……ッ」
クロドの地響きのような唸り声が、爆音となって路地に響き渡った。男は悲鳴を上げそうになりながら、慌てて後退る。
「お、おい! その化け物犬を大人しくさせろ! その犬がもし俺に手を出したら、街の法律でお前は『犯罪者』になるんだからな、分かってんのか!」
(ん? テイムモンスターが正当防衛で人を噛んだら、主人の犯罪になるのかなぁ? 後でヤヨイさんに確認してみよう……)
俺がそんな風に暢気に法律について考えていると、男達は完全に頭に血が上ったようで、懐から大きめのナイフを一斉に引き抜いた。そして、ギラつく刃をこちらに向けながら、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
「動くなよ……。ちょっとでも動いたら、その薄汚い身体をハチの巣にして刺すからな」
「そうだ。その黒犬さえ大人しく動かなければ、大した事ぁねえだろう」
「いいか、黒犬が少しでも動けば、その瞬間にまずお前を刺すぞ!」
(あーあ……。ナイフなんて抜いちゃって。これじゃあ完全に領主様の召喚に遅れちゃうよ)
これ以上、無駄な時間を費やすつもりは毛頭なかった。
俺は小さく息を吐くと、男たちの意識がクロドに向いている一瞬の隙を突き、自身の固有スキルを発動させた。
(――『亜空間倉庫』、一括格納)
次の瞬間、パッと世界から「音」が消えたような錯覚が走る。
「……え?」
「なんだ、なんだこれ!?」
「おい、何が起きた!?」
「ぎゃあああ! なんで俺たち、全員裸なんだぁぁぁ!」
男たちが手に持っていたはずの凶悪なナイフが唐突に消失し、それと同時に、彼らが身に纏っていた服や下着、靴に至るまでの「全ての衣服」が一瞬で消滅した。路地の真ん中で、急に生まれたままの姿にされた男たちは、パニックに陥って己の股間を隠しながら慌てふためく。
俺は間髪入れず、さらに魔力を練り上げた。
(『空間固定・封印』)
「……っ!?」
急に、首から下の自由が完全に奪われ、ピキリと凍りついたように身体が微動だにしなくなった。指一本、声帯以外の筋肉一つ動かすことができない。尋常ではない怪奇現象を前に、男たちの顔から一気に血の気が引き、青ざめた肌に大量の冷や汗が流れ落ちる。
「お、俺達に……一体何をしたぁ……!」
「……君たち、俺を拉致しに来た割りには、俺の事を何も知らないのかい?」
「『魔獣の窟』を攻略した、新進気鋭のCランク冒険者ユウマだろ……!? ただの、黒い犬のモンスターをテイムして戦わせてるだけの、調子に乗ったテイマーじゃねえのかよ……!」
「テイマーじゃないよ。そもそもさ、『魔獣の窟』を一人と一匹で攻略した冒険者が、ただのテイマーで、本人が弱い訳無いじゃん」
呆れ果てながらそう告げ、俺は彫像のように固まった彼らの肉体を観察した。
「で? お前達の本当の雇い主は誰だ。……ん? その入れ墨、どこかで見たなぁ」
固定された男たちの鎖骨のあたりに、蜘蛛がナイフを咥えている不気味な図柄の入れ墨が彫られていた。ギルドの資料で見た記憶が呼び覚まされる。
「あぁ……。この街の裏社会を牛耳ってるっていう、闇組織の『蜘蛛の牙』だね?」
正体を見破られたリーダー格の男は、身動きが取れない恐怖にガタガタと歯を鳴らしながらも、必死に脅し文句を口にした。
「そ、そうだぁ……! 俺達『蜘蛛の牙』に喧嘩を売って、ただで済むと思うなよ……!」
「え? いやいや、最初にナイフを抜いて喧嘩を売ってきたのは貴方たちだよねぇ。……ところでさ、『蜘蛛の牙』って、あの『魔獣の窟』の下層にウジャウジャいる凶悪なモンスター達より強いのかなぁ? あのダンジョンが長年、誰にも攻略されずに放置されていた歴史を考えると、悪いけど君たちがそれより強いとは、到底思えないんだけどねぇ」
俺は冷たい視線を男たちに突き刺した。奴隷時代、理不尽に虐げられてきた俺は、明確に自分に牙を剥いてきた敵対組織を、絶対に許さないと心に決めている。
「いい機会だから言っておくけど、俺と敵対した組織は絶対に容赦しないからね。『蜘蛛の牙』と、あと……貴方たちをわざわざ寄越した『シミツコ商会』は、完全に俺と敵対したと認識したから。……その上司に、ちゃんとそう伝えておいてね」
「え!? て、敵対する気なんてさらさらないです!」
「な、なんで、これがシミツコ商会からの依頼だって知ってるんだよぉ!?」
おやおや。午前中に無礼な態度を取られた商会の名前を適当に出して、ちょっと鎌を掛けたつもりだったのだが、頭の悪いチンピラたちは一瞬で白状してしまった。
「お、俺たちはシミツコ商会に金を積まれて、ちょっと呼びに来いって頼まれただけなんです……!」
「助けてくださいぃ! 命だけはぁ!」
「せめて、せめてこの動けないのだけでも解除してくださいぃ!」
涙目で懇願してくる全裸の男たちを、俺は見下ろした。
「ダメだよ。さっき、ナイフを出して俺を刺そうとしたでしょ。自業自得だから、暫くそのままの姿でそこにいて、しっかり反省した上で、上司に報告してね。……後でちゃんと、商会も含めて『仕返し』に行くから。それから、領主様の召喚を邪魔した事も、忘れずにきっちり上司と商会に報告しておいてね?」
俺は男たちから没収した衣服とナイフの山を、亜空間から彼らの目の前の地面へとドサドサと排出し、そのまま振り返ることなく、クロドと一緒に再び領主の館へ向かって歩き出した。
全裸のまま、街の往来の近くで完璧に固まった男たちが、絶望と涙目の表情で俺たちの後ろ姿を見送っていた。
「……あらやだ、なんだか、ちっちゃいねぇ」
「本当、情けないわねぇ……」
遠くから、近所の商店街のおばちゃん達の、容赦のない冷徹な囁き声が風に乗って聞こえてきたが、俺はそっと耳を塞ぐことにした。




