第48話 告発の夜、そして血に染まる逃走路
宴の喧騒が遠くで鳴り響く中、俺とブラックドッグのクロドは、静まり返った宿の一室へと戻っていた。
ベッドに倒れ込むと、張り詰めていた糸が切れたように重い疲労が押し寄せてくる。
「はぁ……今日はもう、本当に疲れたよ」
「主よ、大仕事の後だ。今夜は何も考えず、ゆっくり休めば良いワン」
影から這い出てきたクロドが、気遣うように枕元で丸くなる。その温かさに救われながら、俺は深い眠りへと落ちていった。
◇◇
その頃、「祝『魔獣の窟』攻略の宴」が開催されているギルド食堂では、主役であるユウマたちが不在であることなど誰も気に留めず、泥酔した冒険者たちによるどんちゃん騒ぎが最高潮を迎えていた。
「あれ? さっきまでそこにいたクロちゃんがいなくなっちゃったよ。どこ行ったんだろ?」
「あ色気より食い気だよ! 主役がいなかろうが、タダ酒だぞ? ほら、飲め飲め!」
「アハハ、それもそうね! カンパーイ!」
「しかし、何回食ってもこの肉旨いねー! 最高だわ!」
そんな熱気渦巻くフロアの一角で、ギルド長ソウマの元へ、真剣な面持ちをした二組の冒険者パーティーが近づいていった。彼らは緊張を隠せない様子で、手にした酒瓶を傾ける。
「ギルド長! いつもお疲れ様です、どうぞお一つ!」
「お! お前たちか、気が利くなぁ。遠慮なくいただこう」
ソウマが上機嫌で杯を干したのを見計らい、一人の冒険者が声を潜めて本題を切り出した。
「……実は、単なるお酌ではなく、少し相談と言うか、報告と言うか……ギルド長にどうしても聞いて欲しいお話がありまして……」
「ん? 改まってなんだ? このめでたい席で、不穏な顔をしおって」
「……『焔の剣』の事なんですが……」
その名が出た瞬間、ソウマの目が鋭く細められた。
報告に立った冒険者たちは、酒の勢いも借りて一気にまくし立てた。ダンジョンから予定を過ぎても一向に戻って来ない『水竜の爪』と『太陽の獅子』の異常事態。そして、街を追われる直前の『焔の剣』の面々が、その二つのパーティーが愛用していた武器や荷物と、酷く酷似した物を所持していたという奇妙な一致を。
「むむむ……。そうすると、何かい?」
ソウマの口調から完全に酒気が消え失せる。
「『焔の剣』の連中は、ユウマとリュウセイを囮にして見捨てただけではなく……裏で他の冒険者を襲撃して殺害し、その物資を奪い取るという『強盗殺人』に手を染めた可能性もあると言う事か」
ゴクリ、と報告に立ち会った男たちが唾を飲み込む。ソウマはどっしりと胡坐をかいたまま、すぐ隣の席に座っていた実力派パーティー『黒紅の無頼』のショウゴとリュウセイに視線を巡らせた。
「どう思う、リュウセイ、ショウゴ。お前たちから見て、この話の信憑性は」
問われたリュウセイが、腕を組んだまま冷徹に顎を引く。
「……その可能性は十分にありますね。あいつらがデュラハンから命からがら逃げ出した時、武器や荷物はすべて現場に置き去りにしていたはずです。そんな身一つの連中が、あの魔獣の窟を無傷で、それも新しい装備を引っ提げて戻れるわけがない。確かに泥を被ったようなおかしさがあります」
「しかし――」
ショウゴが静かに言葉を引き継ぎ、眉根を寄せた。
「もし本当に殺していたとしても、遺体はダンジョンに吸収されて消えているはずです。現場の痕跡も残らない。現時点では、彼らを罪に問うための決定的な証拠が乏しいですね」
「ふむ。物証が足らんか……。『水竜の爪』と『太陽の獅子』の武器や荷物に、何か外部の人間でも一発で分かるような特徴があれば良いのだがなぁ……」
ソウマが再び報告に来た冒険者たちに向き直ると、一人が思い出したように声を上げた。
「あ、それなら武器屋のオヤジに聞けば、何か個別の刻印とか魔力のクセとか、分かると思います! あいつら、あそこの常連でしたから」
「何れにしても、早めに捕まえないとダメですね」
リュウセイが吐き捨てるように言う。
「あいつらは根が浅ましくて馬鹿だから、武器そのものに大した愛着を持っていません。刃がボロボロになって使い物にならなくなったら、平気でその辺に捨てて別の武器に乗り換えます。追及の手から逃れるために、すぐに売り払うか捨てるでしょう。……ただ、捨てない可能性が残るとすれば、ヒマリが持っていたあの特注の弓ぐらいですかね」
「うむ。成る程な。国外追放を言い渡したばかりだ、まだそこまで遠くには行ってまい。下手をすれば、まだ腹いせに街中に潜んでいるかも知れんぞ。……者ども、探すぞ!」
ギルド長の号令により、宴の空気は一変した。
複数の実力派冒険者パーティーが即座に武装し、夜の街へと散っていった。彼らは路地裏から宿屋の隅々まで血眼になって探し回ったが――しかし、すでに街を出ていた『焔の剣』の姿が見つかることはなかった。
そして翌朝、事態を重く見た冒険者ギルドにより、『焔の剣』は重大な犯罪容疑者として、大々的に指名手配される事となる。彼らの没落は、決定決定的なものとなった。
◇◇
その頃、ギルドの追跡を奇跡的に免れていた『焔の剣』の面々は、悲惨な状況に陥っていた。
「はぁ、はぁ、ちょっとあんた……馬鹿なの!? こんな重い荷物持って、歩いて隣の村まで帰れる訳無いじゃん!」
夜道を歩き続け、足が棒のようになった魔法使いのアオイが、ついに怒りを爆発させた。
対するミナトは、荒い息を吐きながらも、ぎらついた目で前方を睨みつける。
「煩い、黙って付いて来い! 歩き倒すわけねえだろ、馬を盗むんだよ! 次の村までもう少しだ、我慢しろ!」
計画性のないミナトの行き当たりばったりな行動。だが、それこそが「まさか徒歩で逃亡するはずがない」というギルド側の裏をかき、追っ手を文字通りに躱す結果となっていたのは皮肉なことだった。
やがて、ミナトたちは夜陰に紛れて近隣の小さな農村へと忍び込んだ。静まり返った村の中を、気配を消して進む。
「……ここだ。前に一度、討伐の依頼で来た事がある。配置は分かってる」
ミナトの案内で、彼らは村の外れにある大きな馬小屋へと辿り着いた。鍵をこじ開けて中に侵入すると、手際よく立派な馬を2頭選び、手綱を引いて外へと連れ出す。
これで高飛びできる――そう確信し、馬小屋を出た瞬間だった。
「――誰だぁ! 夜中にコソコソと、儂の馬をどこに連れていく気だ!」
不運なことに、異変を察知して見回りに来た馬小屋の主人の老人に、バッチリと姿を見られてしまったのだ。老人が大声を上げて周囲に助けを求めようとする。
「チッ、煩いんだよ、クソジジイが!」
焦りと苛立ちに任せ、ミナトは躊躇なく腰の剣を引き抜き、老人を目がけて一閃した。
ブシャッ!
鋭い肉裂き音が響き、闇夜に赤い飛沫が舞う。老人は悲鳴を上げる間もなく、地面へと崩れ落ち、動かなくなった。
あ然とするヒマリたちを、ミナトの怒声が急かす。
「おい、固まってんじゃねえ! 行くぞ!」
もはや一刻の猶予もない。ミナトたちは返り血もそのままに、盗んだ馬へと飛び乗った。
夜の街道を、激しい蹄の音を響かせながら、彼らは自らの破滅を加速させるように、ユイナの故郷である村へと向かって馬を走らせるのであった。




