第46話 英雄の凱旋、そして幻の肉
その頃、冒険者ギルドの執務室は、独特の熱気と安堵感に包まれていた。
ギルド長のソウマは、どっかりと革張りの椅子に腰掛け、目の前に立つ『黒紅の無頼』の斥候、リュウセイに向かって深く息を吐きながら笑いかけた。
「リュウセイ、本当に有り難うな。わざわざ『焔の剣』に同行して、奴らの内情を探って貰って助かったよ。あいつら、新しく入れる追加メンバーへの条件がめちゃくちゃだったからなぁ。さすがにギルドとしても見過ごせなくてね」
ソウマの言葉に、リュウセイは露骨に嫌そうな顔をして、大袈裟に肩をすくめてみせた。
「いやぁ……。ソウマさん、もう最悪なんてレベルじゃありませんでしたよ。あんなポンコツどもが、一時だけでもSランクの座にいたなんて、未だに信じられませんね。よく今まで全滅しなかったもんですわ」
「ははは! まぁ、ミナトに関しては初めからポンコツだと思ってたさ。だから、ミナト以外でまともに動ける冒険者がもしいたら、こちらに引き抜くことも考えていたんだが……まさか、残りの全員が揃いも揃ってポンコツだったとはな。見込み違いもいいところだ」
ソウマが豪快に笑い飛ばすと、その横で腕を組んで聞いていた『黒紅の無頼』のリーダー、ショウゴが苦笑しながら一歩前に出た。
◇◇
ギルドのロビーへと場所を移すと、そこには用事を終えたユウマが佇んでいた。
「それより、ユウマくん。俺達だけでミナト達をやっつけちゃって、なんだか悪かったな」
リュウセイが、少し申し訳なさそうな顔をしてユウマの肩をぽんと叩いた。かつてユウマが『焔の剣』で不当な扱いを受けていたことを知っているからこその、気遣いだった。
しかし、ユウマは引きつった笑みを浮かべつつも、首を横に振った。
「いえいえ! もう彼らとは絡みたくないと言うか、正直どうでも良いので平気です。そんな風に気にしないでください。もう怒りも何も、綺麗さっぱり無いですから」
(――なんて言いつつ、本当は今でも思い出すだけでめちゃくちゃ怒ってるんだけどね。あのクソ共め、今頃どこかで泣きを見ていればいいんだ)
心の中でだけ激しい呪詛を吐き捨てるユウマだったが、表面上はどこまでも無害な一般冒険者を装っていた。
そこへ、書類を抱えたギルド長が歩み寄ってくる。
「あ! そうそう。ミナト達が突然押しかけてきたせいで、ユウマの件が途中で止まったままになっていたな。どれ、手続きをするから冒険者証を預かろう」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ユウマは懐から自分の冒険者証を取り出し、ソウマへと手渡した。
ソウマはそれを受け取ると、受付カウンターの奥で待機していた看板受付嬢のヤヨイへと視線を送る。
「ヤヨイ、ユウマの昇格の処理を頼むぞ」
「はい、ギルド長。ただちに処理いたしますね」
ヤヨイは満面の笑みで応じると、ユウマの冒険者証を持って素早く奥の作業スペースへと引っ込んでいった。
◇◇
手続きの待ち時間、ソウマは何かに気づいたように、いたずらっぽい笑みを浮かべてユウマの顔を覗き込んできた。
「ところで、ユウマ。お前、あの悪名高い高難度ダンジョン『魔獣の窟』を、単独で攻略したそうだな?」
その言葉が耳に入った瞬間、ユウマの心臓がどきりと跳ねた。
「は、はぁ……。まぁ、なんとか、一応は……」
あまり目立ちたくなかったユウマは、曖昧に言葉を濁して視線を彷徨わせる。
だが、その会話を横で聞いていたショウゴとリュウセイの反応は劇的だった。二人は限界まで目を見開き、まるで信じられない化け物でも見るかのような視線をユウマに突き刺した。
「……マジかぁ……」
ショウゴの口から、驚愕のあまり掠れた呟きが漏れる。あの名だたる最上位ランカーたちが、何年も攻略できずに足踏みしていた未踏破ダンジョンなのだ。それを、目の前の頼りない少年が平然とクリアしたという事実に、頭の理解が追いつかないようだった。
対するギルド長ソウマは、ユウマの困惑などお構いなしに、顔中をクシャクシャにして満面の笑みを浮かべた。
「ひゃーっはっは! 決まりだな! おい、今夜は盛大に宴だなぁ!」
「へっ? う、宴、ですか?」
突拍子もない提案にユウマが目を丸くすると、ソウマはさらに身を乗り出して言った。
「そりゃあそうだろ! お前、最深部にいたっていう、あの『黒き獣』の肉を持って帰って来たんだろう?」
「は、はぁ。確かに、アイテムボックスの中にありますけど……」
「マジかぁ! おいおいユウマくん、あの伝説の、極上の美味と噂されながら誰も拝めなかったっていう幻の黒き獣だぜ!?」
今度はショウゴが、興奮のあまりユウマの両肩をガシッと掴んで激しく揺さぶってきた。
「ええ、まぁ……。一応、狩ってきましたので、あります。嘘じゃないですよ?」
ユウマが苦笑いしながら答えていると、背後からドスドスと重い足音が近づいてきた。
「こいつはなぁ、ただ狩ってきただけじゃねえぞ! 信じられねぇほどのすげぇ量の黒き獣を、これでもかってくらい狩って来やがったんだぜ!」
現れたのは、ギルドの解体所を仕切る頑固親父のトモヤだった。トモヤは血の気の多い顔に興奮を漲らせ、ユウマの肩をがっしりと組んで笑った。
「ええええ! トモヤさん、バラしちゃダメですよ! あれは俺の肉だよ!」
慌てて抗議するユウマに、ソウマがすかさず、今度はユウマの両手を自身の両手でぎゅっと包み込むようにして懇願してきた。その目は、獲物を狙う肉食獣……いや、美味いものに飢えた獣そのものだった。
「分かってる! 素材はお前が命がけで狩ったユウマの物だ、それは誰も否定せん! だが頼む、ギルドでその一部を言い値で買い取らせてくれ! その肉を、今夜の『魔獣の窟』攻略記念の宴の目玉にしたいんだ。この通りだ、お願いだぁ!」
ギルド長ともあろう男が、一人の若手冒険者に頭を下げて必死にお願いしている。その異様な光景に、周囲の冒険者たちもざわざわとざわめき始めた。
「ま、まあ……そんなに言われるなら、一部だけなら……お譲りしても……」
ユウマが気圧されてそう呟いた瞬間、ソウマは弾かれたように顔を上げた。
「よっしゃああああ! 有り難う、ユウマ! お前は最高の男だ!」
ソウマは天井に向けて、渾身のガッツポーズを突き上げた。そしてそのまま、ギルドの喧騒をかき消すような大音声で叫んだ。
「野郎ども、聞けーーー! たった今、我がギルドの期待の新星、ユウマが前人未到のダンジョン『魔獣の窟』を完全に攻略した! というわけで、今日はギルドの食堂で『魔獣の窟』攻略の祝勝宴だぁああああああああ! なんと、あの幻の最高級食材、黒き獣の肉もあるぜえええええええ! ギルドの奢りだ、浴びるほど食って飲めえええ!」
一瞬の静寂の後、ギルド中が爆発したような大歓声に包まれた。
「うおおおおおおお!!」
「ひゃっはー! タダ酒だ、タダ肉だーー!」
「黒き獣の肉!? マジで言ってるのか!? 一生お目にかかれないと思ってたぜ!」
「サイコー! ギルド長、愛してるぜー!」
「ユウマ、おめでとおおおお! お前、すげえよ!」
酒場を兼ねた冒険者ギルド内に集まっていた何十人もの冒険者たちが、大興奮で机を叩き、帽子を放り投げて盛り上がっていた。一躍、時の人となってしまったユウマは、気恥ずかしさとあまりの熱気に顔を赤くする。
そんなユウマの左右から、ぬっと二つの影が忍び寄った。
「なぁ、ユウマくん。お願いだ、俺達『黒き紅の無頼』にも、別口で個人的に少し売ってくれないか?」
「頼む! 金ならいくらでも出す! あの肉の味、一度でいいから食ってみたかったんだ!」
耳元で、リュウセイとショウゴが必死な形相で囁いてくる。Aランクのトップ冒険者がプライドを捨てて縋り付いてくる姿に、ユウマは苦笑するしかなかった。
「ちょ、ちょっと、近いですって……! わかりました、ほんの少し、ちょっとだけなら後で分けてあげますから」
「おお! 持つべきものは友だな!」
「感謝するぜ、ユウマ!」
二人は満足そうに顔を見合わせ、まるで子供のように喜び合った。
◇◇
ギルド内がお祭り騒ぎの混沌に陥る中、タイミングを見計らったように、受付のヤヨイが書類と新しいプレートを手に持って戻ってきた。
「ユウマさん、お待たせいたしました。こちらが新しいあなたの冒険者証です」
「あ、ありがとうございます……って、へっ? Cランク……?」
手渡されたプレートの文字を見て、ユウマは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あの、ギルド長? これ、いいんですか? 俺、まだCランクへの昇格条件である『盗賊討伐のクエスト』を達成していませんが……」
冒険者の規約では、Cランクに上がるためには対人戦闘、つまり犯罪者や盗賊の制圧任務をこなさなければならないはずだった。
ユウマの疑問に対し、ソウマはフッと不敵な笑みを漏らし、あきれたように首を振った。
「お前は何を言ってるんだ。ダンジョン単独攻略者だぞ? 本来の実力から言えば、Aランクか、下手をすればSランクが相応しいくらいだ。だが、ギルドの規約上、特例であっても一気に引き上げられる限界がこの『Cランク』までなんだよ。逆に、お前ほどの逸材を規約のせいでCランクにしかしてやれず、済まないと思っているくらいだ」
「ええっ、そんな……」
「まぁ、本来の昇格試験である盗賊討伐だが、あれは『人間相手に武器を振るう、人を殺す覚悟があるか』を見極めるための経験として必要なんだ。だがな、ダンジョンボスをソロで圧倒できるユウマの戦闘力なら、仮に盗賊に襲われたとしても、殺さずとも簡単に、無傷で制圧出来るだろう? だから完全な特例、ギルド長権限だよ」
「はは……なるほど」
ソウマの言葉に、ユウマは苦笑しながら納得した。確かに、今の自分の力を考えれば、普通の盗賊相手に遅れをとるはずがなかった。
「いえいえ、俺にはCランクでも上出来すぎます。色々と配慮していただき、ありがとうございました」
ユウマは深々と頭を下げ、真新しい銀色のプレートを大切にポケットに仕舞い込んだ。
『焔の剣』で不遇な扱いを受け、ポンコツと罵られていた少年――ユウマ。
彼は今、数々の苦難を乗り越え、確かな実力と信頼、そして最高の仲間たちからの祝福に囲まれながら、堂々と、新たな一歩となる「Cランク冒険者」へと成り上がったのだった。




