第44話 【朗報】無能と蔑み追放した元Sランクパーティー、ギルド長と全冒険者の前で完全終了のお知らせ
冒険者ギルドの重厚な扉が、これみよがしな音を立てて跳ね上がった。
現れたのは、街でも一目置かれているはずのAランクパーティー『焔の剣』の4人だ。先頭を歩くリーダーのミナトは、肩を怒らせて周囲の冒険者を威圧するように睨みつけている。
だが、その背後で顔を真っ赤にして泣きじゃくっている受付嬢――メイの姿を見た瞬間、ギルド内の空気が変わった。
「おいおい、ギルド長ぉ! うちのメイが泣いているのはどう言う訳だぁ!」
ミナトの大声がギルド中に響き渡る。
カウンターの奥で書類に目を落としていたギルド長は、小さくため息をつくと、鋭い眼光をミナトに向けた。
「騒ぐな、ミナト。彼女が泣いている理由は至極単純だ。職務における重大な不正が発覚したため、冒険者ギルドの厳格なルールに則り、即刻解雇にしただけだ」
「なにぃ!? メイが不正なんてするわけねえだろぉ! 何かの間違いだ!」
ミナトは激昂し、カウンターを激しく叩いた。
自分の所有物、あるいは優秀な身内が不当に傷つけられたとでも思っているのだろう。その独善的な態度に、俺――ユウマは内心で冷ややかな笑みを漏らした。
そんな俺の視線に気づいたのか、ミナトの血走った目がギラリとこちらを捉える。
「……ん? ――ユウマぁ! てめえ、ノコノコとこんなところに顔を出しやがって。メイが泣いてんのは、てめぇの所為かあああああ!」
ミナトから放たれる圧倒的な『威圧』のスキル。かつての俺なら、このプレッシャーだけで足をすくませ、平伏していただろう。彼らは俺を『荷物持ちの無能』と罵り、ダンジョンに置き去りにしたのだから。
だが、今の俺は違う。
地獄のような深層から這い上がり、レベルもそこそこ――いや、彼らの想像を絶するほどに上がり、数多の死線をくぐり抜けてきた。
俺は眉一つ動かさず、ただ退屈そうにミナトの視線を受け流し、平然と見返してやった。
(なんだ……? こいつ、俺の威圧が効いてねえのか!?)
ミナトの顔に一瞬、驚愕と焦燥が走る。
かつて見下していた『お荷物』が、自分と同等、あるいはそれ以上の風格を漂わせていることが許せないのだろう。プライドをへし折られた男の顔は、瞬時にドス黒い怒りへと染まっていく。
「すかしやがってえええええええ! て、てめぇの所為で、何もかも上手くいかねえんだよおおおおお!」
完全なる逆切れだ。
お前たちがダンジョン攻略に行き詰まっているのも、街での評判が落ち始めているのも、すべては俺を追放して『雑務や戦術の要』を失ったからに過ぎないというのに。
激情に駆られたミナトが、床を蹴って俺へと突進してくる。その拳には、容赦のない魔力が込められていた。まともに喰らえば、並の冒険者なら骨が砕けるだろう。
ギルド内から悲鳴が上がる。
だが、俺は一歩も動かない。ただ静かに、自身の固有スキルである『亜空間バリア』を不可視の壁として目の前に展開し、黙ってその様子を眺めていた。
――パシッ!
乾いた音が響いた。
しかし、それは俺のバリアに衝突した音ではなかった。ミナトの全力の拳は、俺の数センチ手前で、横から突き出された分厚い手の平によって完全に受け止められていたのだ。
「おい、冒険者ギルド内での暴力は感心せんな」
低い、地響きのような声。
そこに立っていたのは、ギルドの解体所にいつも籠っている、前掛け姿のむさ苦しいおやっさんだった。
「誰だぁ! てめぇ!」
ミナトは拳を掴まれたまま、怒りで顔を真っ赤にして怒鳴る。
俺は思わず、呆れ果てて天を仰ぎそうになった。
……え? こいつ、本当に解体所のおやっさんの正体を知らないのか? 『焔の剣』はAランクのくせに、このギルドの最高戦力の一人を見抜けもしないとは。
「解体所のトモヤだ」
おやっさんは、まるで今日の天気を語るかのように澄ました顔で言い放つ。元伝説のSランク冒険者「千人斬りのトモヤ」の凄みを知る周囲のベテラン冒険者たちが、一斉に息を呑むのが分かった。
「はぁ! 解体所のジジイが余計な事をするなぁ!」
無知とは恐ろしい。ミナトはさらに頭に血が上り、空いた左手でおやっさんの胸ぐらを掴もうとした。
だが、その手は容赦なく伸びてきたギルド長の鋼のような手によって、ガシリと阻まれる。
「待て! ミナト。俺もお前に用がある」
「なんだ、ギルド長が何の用だ!」
「そうよ! 私の解雇も撤回しないと、『焔の剣』は別の都市のギルドに行っちゃうんだからね! そっちだって大損害でしょ!」
いつの間にかミナトの横にすり寄っていたメイが、勝ち誇ったような顔で言い放った。自分たちがどれだけギルドに貢献しているか、その価値を盾に脅しをかけるつもりらしい。
しかし、ギルド長は冷笑を浮かべた。
「おいおい、ミナト達は儂の温情で、Aランクに留めておいたんだ。他国や別都市のギルドに移籍など、出来るわけがなかろう。なぁ、ミナト?」
「ちっ……まあ、そうだ。それより、メイの解雇は確定なのか?」
ミナトはバツが悪そうに舌打ちをすると、メイに確認するように視線を向けた。
ギルド長の「温情」という言葉の意味を、ミナトは理解しているのだ。彼らの実績の多くは、実は水増しされたものや、他人の功績を横取りしたものだったのだから。
「そ、そうなの……。もう、言い訳できない証拠を握られてて……」
メイは突然、蜘蛛の子を散らすように大人しくなり、俯いて無言になった。
ギルドの資産横領、そしてお気に入りのパーティーへのクエスト斡旋の不正。それがすべて白日の下に晒されたのだ。
「ふ~ん」
ミナトの態度が、一瞬で冷酷なものへと変わった。さっきまで「俺のメイ」と言わんばかりに怒っていた男が、使い物にならないと分かった途端、ゴミを見るような、面倒臭そうな顔でメイを見下している。
あまりの切り捨ての早さに、メイは絶望に目を見開いた。
◇◇
「さて、ミナト。儂の話も聞いて貰おうか」
ギルド長が腕を組み、冷徹な声で告げる。
「チッ、ここで話して良いのかよ?」
ミナトは苛立ちを隠さず、周りを見渡した。
一連の騒ぎ、そして元Sランクのトモヤやギルド長までが動き出したことで、ギルド内にいた数十人の冒険者たちが、すでに彼らを遠巻きに取り囲んでいた。
「良いだろう。いずれ全員に周知する必要があることだからな」
「周知ぃ? 何の話だよ」
ギルド長は、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ギルド全体に響き渡る声で厳粛に宣言した。
「『焔の剣』一党は、本日付をもって――冒険者証剥奪の上、我が国からの国外追放処分とする!」
その言葉が落ちた瞬間、ギルド内が静まり返り、直後に爆発的な騒がしさが広がった。
「なんだとぉ!?」
「何でよぉ! 私たちが何をしたって言うの!」
「理由を言って欲しいわ。私たちはAランクよ!?」
「そうよぉ! そんなの横暴だわ!」
ミナトの後ろから、魔法使いのアオイ、弓使いのヒマリ、回復士のユイナが血相を変えて飛び出してきた。
彼女たちはいつも、俺を「無能」「寄生虫」と呼んで嘲笑っていた連中だ。そのプライドに満ちた顔が、今は恐怖と屈辱で見苦しく歪んでいる。
「理由、だと? とぼけるな」
ギルド長は冷徹に言い放ち、鋭い視線で4人を射抜いた。
「お前たちがユウマを理不尽に置き去りにした件だけではない。直近のクエストにおいて、Bランク冒険者のリュウセイを、自分たちが生き残るために無理矢理囮にして逃げ出したそうだな?」
その言葉に、ミナトの顔から一気に血の気が引いた。
「リュ、リュウセイだと……? そんなの、あいつが勝手に足止めを引き受けたんだ! 第一、そんな証拠が何処にあるんだよ! あいつはあの魔物の巣から生きて帰れるわけが――」
「――生きて帰ってきたら、悪いかよ。ミナト」
ギルド長が受付の奥の扉を合図すると、そこから一人の男が現れた。
傷だらけだが、その目は怒りと確かな生命力に満ちている。Bランクの実力者、リュウセイだ。そして彼ろ後ろには、彼を救出した4人の精鋭冒険者たちが、証人として冷ややかに焔の剣を睨みつけていた。
「よ、よくも囮にしてくれたなぁ、お前ら……!」
リュウセイは、怒りの奥にニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ミナトを指差した。
「俺の装備を奪って魔物の前に突き飛ばしやがって。ギルドに提出した記録魔石には、お前らが俺を見捨てて逃げる瞬間がバッチリ映ってんだよ!」
「なっ……!?」
言い逃れのできない決定的な証拠。
ミナトはがたがたと震え出し、アオイやヒマリ、ユイナはへたり込んで涙を流し始めた。
その様子を見ていた周囲の冒険者たちから、一斉に嘲笑と罵声が浴びせられる。
「おいおい、マジかよ。Aランクの面汚しが!」
「冒険者資格剥奪だってよぉ、ざまぁねえな!」
「いつも偉そうに威張りくさりやがって、ただの卑怯者じゃねえか」
「明日にはこの都市からも、国からもいなくなるんだってよ」
「せいせいするな! おい、荷物まとめて早く出ていけよ!」
浴びせられる罵詈雑言の嵐。
かつて俺が彼らから受けた仕打ちの、何倍もの屈辱が、今度はブーメランとなって彼ら自身に突き刺さっている。




