第40話 緊迫の後の肉パーティーと、高級お肉に縁のない強者たち
結局、俺はあの4人を殺すことができなかった。
カノンさんの言葉は頭では理解できたし、それがこの世界の「正しい冒険者」の在り方なのだろう。だけど、どうしても無抵抗の人間を手に掛けることは、俺の倫理観が拒絶した。
代わりに、俺は彼らを頑丈な魔導縄でぐるぐる巻きに縛り上げた。
「面倒だけど……ダンジョンから連れ出して、地上に戻ったら冒険者ギルドに突き出そう」
それが、今の俺に出せる精一杯の妥協点だった。カノンさんたちも、俺の頑なな態度を見て、それ以上は何も言ってこなかった。
そうして、俺たちは襲撃現場を離れ、ダンジョン内の少し開けた休憩場所へと移動した。
幻の肉パーティー、開幕!
緊迫した空気がようやく落ち着きを見せた頃、カノンさんが少し決まり悪そうに、上目遣いで俺に話しかけてきた。
「ユウマくん……こんな状況で、こんなお願いをするのは本当に気が引けるんだけど……」
「大丈夫ですよ。何でしょう?」
俺が努めて明るく振る舞うと、カノンさんの目が一瞬で輝いた。
「あのね……ミノ牛を食べさせてくれるって言う約束、したでしょう……?」
「ああ! そういえばそんな約束をしていましたね。……ふふ、実はですね、カノンさん。ミノ牛よりも、もっと美味しいお肉があるんですよ」
「えええっ!? 本当!? 嘘でしょ、是非食べさせて!」
カノンさんは大興奮して、勢いよく俺に抱き着いてきた。食欲で理性が吹き飛んでいるのは分かっているけれど、目の前に迫る美人の感触に、俺の心臓はドギマギと激しく脈打ってしまう。
「もちろんです。みんなが無事だったお祝いを兼ねて、今日は豪勢にやりましょう!」
その言葉を聞きつけて、他のメンバーも一斉に目の色を変えて集まってきた。
「えっ! なになに!?」
「ユウマくん、何食べるの!?」
「肉! 肉よね!?」
「ミノ牛じゃないの!?」
カエデさん、ワカナさん、マナミさん、ミウさんの4人が、俺を取り囲むようにして詰め寄ってくる。
「ミノ牛以上の肉って、一体どんなのよ?」
カノンさんも興味津々で身を乗り出してきた。
俺は少し得意気になりながら、亜空間から取り出す予定の獲物の名前を挙げた。
「『黒毛巨牛』と『黒毛大猪』、それに『巨大黒山羊』と『巨大黒鳥』ですよ」
「「「「「うっそーーー!?」」」」」
洞窟内に5人の絶叫が木霊した。
「それって、市場には滅多に出回らない幻の肉じゃない!」
「ユウマくん、もしかして……」
「『魔獣の窟』を攻略したの……っ!?」
「え、ええ。まあ、一応……」
俺が少し照れくさそうに頬を掻くと、彼女たちのボルテージは最高潮に達した。
「うっそぉ! マジでぇ!?」
「すっごーい! ユウマくん、もう英雄じゃない!」
「ってことは、あの最奥にいるオルトロスも倒したのね!?」
「はい、倒しましたよ」
「オルトロスの毛皮見せてぇ!」
「見たい見たい!」
「……って、コラ! 毛皮は食事の後にしましょうよ!」
「そうよ! お姉さん、もうお腹と背中がくっつきそうなの!」
俺は苦笑しながら、アイテムボックス(亜空間)から各種の高級肉をゴロゴロと取り出した。みんなで手分けして肉を切り分け、味付けをして火にかけ、即席のクッキングタイムが始まる。
ジューシーな脂の爆ぜる音と、香ばしい匂いが休憩場所を満たしていき、気が付けば全員で火を囲む車座の肉パーティーが開催されていた。
「この肉、おいしーーー!」
「なにこの柔らかさぁ! 口の中でとろける!」
「うまうまだよー!」
「牛も豚も鳥も山羊もサイコー! 生きててよかったぁ!」
さっきまで死にかけていたことなんて綺麗さっぱり忘れたかのように、彼女たちは肉を頬張り、盛大に盛り上がった。
「ふふふ、実はね……良いお酒が有るのよ」
マナミさんが悪戯っぽく笑いながら、自分のバッグから大きなボトルを取り出した。
「ちょっとマナミ! 何でダンジョンにそんなお酒なんて持って来てんのよ!」
すかさずミウさんが鋭いツッコミを入れる。
「良いでしょ〜。もし強い魔物に出会って死にそうになったら、最後にこれを煽って景気よく逝くのよ」
「ははは! こいつは昔からこういう女なんだよねぇ」
カノンさんたちも慣れっこらしく、呆れ顔で笑っている。どうやらマナミの「お守り代わりの酒」はパーティーの公認だったらしい。
「それじゃあ、ユウマくんに感謝を込めて……かんぱーい!」
みんなで木杯を掲げ、お酒を飲もうとしたその時。
さっきからみんなの膝元で大人しくモフモフされていた、ブラックドッグのクロドが、ぬっと頭を上げて妙なことを言い出した。
『儂の分はないのかワン』
「……え? クロドって、お酒飲めるの?」
俺がクロドの頭を撫でながら尋ねると、彼は誇らしげに胸を張った。
『飲むワン。酒は大好きだワン』
「大好きなのかい!」
俺のツッコミと同時に、マナミさんが大爆笑した。
「あはは! クロちゃんおもしろーい! ほら、飲め飲めー!」
マナミさんは自分の荷物からどんぶり状の深い器を取り出すと、そこへ高級酒をドバドバと景気よく注ぎ込んだ。クロドは嬉しそうに尻尾を振り、器に顔を突っ込んでペロペロと勢いよく飲み干していく。
その夜は、みんなで浴びるようにお酒を飲み、文字通り雑魚寝の状態で泥のように眠りについた。
ちなみに、夜間の見張りについてクロド曰く、
『儂がマーキングすれば、そこいらの有象無象のモンスターは恐れて寄って来ないワン!』
とのことで、彼は酔っ払った足取りで休憩場所の入り口の壁にしっかりと聖水を引っ掛けていたらしい。そのお陰か、朝まで一切の襲撃を受けることなく、俺たちは安全に夜を明かすことができたのだった。
◇◇
一方その頃、同じく『亡霊洞窟』の別の休憩場所では、『焔の剣』のメンバーたちが冷え切った空気に包まれていた。
「おい、お前等! 早く夕飯作れよ!」
リーダーのミナトが、案内役のCランク冒険者たちに向かって横柄に命令を下す。しかし、冒険者たちは困り果てた顔でパタパタと手を振った。
「か、勘弁してくださいよ……。ダンジョンの中で料理なんて、普通はしないっすよ。貴方たちみたいに大容量のアイテムバッグを持ってるなら別ですが、俺たちには料理道具なんて持ってくる重量の余裕はないっす」
「むむ……そうなのかぁ……」
期待していた温かい食事が出ないと知り、回復士のユイナは目に見えてガッカリと肩を落とす。
「じゃあ、あんたたちいつもダンジョンの中で何食べてんのよ?」
魔法使いのアオイが眉をひそめて尋ねると、冒険者の一人が懐からカサカサとした塊を取り出した。
「これっす」
差し出されたのは、塩分過多で干からびた灰色の干し肉と、石のように固い保存用のパンだった。
「また、それぇえええええ!!」
弓使いのヒマリが頭を抱えて絶叫する。
結局、至高の強者であるはずの『焔の剣』の一行は、ユウマたちが幻の高級肉に舌鼓を打っていることなど知る由もなく、顎が痛くなるほど固い干し肉と、それ以上に頑固なパンを、冷たい水で無理やり喉の奥へと流し込む、侘しい夜を過ごすのだった。




