第34話 伝説の魔獣を一瞬で調理する俺と、空腹で狂気に染まる元Sランクパーティー
ダンジョン『魔獣の窟』の最下層、地下30階。
天井から神秘的な光が降り注ぐ広大なホールで、俺――ユウマと相棒のクロドは、このダンジョンの真のボスであるゲリュオン、そして伝説の魔獣オルトロスとの激戦の渦中にいた。
――いや、「激戦」なのは片方だけかもしれない。
視線をやれば、クロドとオルトロスは相変わらず凡人の目では捉えきれない、目にも留まらぬ速さの超高速戦闘を繰り広げている。黒い残像と火花がホール中を激しく飛び交い、壁や床がその衝撃で削れていく。クロド、めちゃくちゃ格好いいな。
一方で、俺の相手であるゲリュオンはというと。
先ほど蛇と蠍が融合したようなおぞましい魔獣に姿を変えたこいつは、俺を仕留めようと上下左右、縦横無尽に空間を跳び回りながら、執拗に隙を窺っていた。
だけど、俺の周囲には全方位に『亜空間バリア』が展開されている。どれだけ凶悪な爪や牙が迫ろうとも、俺の髪の毛一本にすら触れることはできない。だから全く怖くはないのだが……。
「……ん~、どうしよう。あいつ、やたらと細かく動き回るから、体内の魔石の位置が狙いにくいんだよな」
このままバリアで耐えていればそのうち疲弊するだろうが、早く幻の肉を食べたい俺としては、一秒でも早くこの戦闘を終わらせたい。
どうやって動きを止めるか。少し考えて、俺はポンと手を叩いた。
「あ、そうだ。動けないように『封印』しちゃえばいいんだ」
俺は自身の空間魔法を応用し、ゲリュオンが跳躍した瞬間の、その周囲の「空間そのもの」を完全に固定した。
概念ごと動きを縛る、絶対的な空間封印。
「ぶごっ――!?」
上下左右に激しく動いていたゲリュオンは、空中でピタリと静止した。
全身の自由を奪われ、文字通り宙に浮いたまま固定されたゲリュオンは、阿呆みたいにマヌケな顔で口を開け、先端が二股に分かれた舌をチロチロと出した形のまま完全に固まっている。ちょっとシュールで面白いな。
「よし、動かないなら話は早い」
俺は固定されたゲリュオンの体内に意識を集中させ、その核である魔石の位置を瞬時に把握。そのまま『空間収納』を発動し、魔石を直接俺のアイテムボックスへと引き抜いた。
さらに、ついでだ。
俺は息絶えたゲリュオンの巨体を、収納するのと同時に『空間解体』にかけた。一瞬にして皮、骨、肉、その他の素材が綺麗に分別され、俺の空間へと吸い込まれていく。よし、解体完了。
その瞬間、ホールの空気が変わった。
激しい肉弾戦を繰り広げていたオルトロスが、急にその動きをピタリと止めたのだ。そして、主の気配が完全に消え去ったこちらを、4つの目で驚愕に染まりながら凝視してきた。
「グル……ル?」
飼い主であるゲリュオンがあっけなく負けたこと、そして自分たちとは次元の違う化け物がここにいるという事実を、本能で理解したのだろう。伝説の魔獣の瞳に、明らかな恐怖の色が浮かぶ。
「あ、ついでだから君の魔石も貰っていくね」
戦意を喪失しかけていたオルトロスに容赦はしない。俺はゲリュオンの時と同様に空間把握を行い、オルトロスの体内から魔石だけを直接収納した。
ドサッ……!
核を失った双頭の巨大な黒犬は、糸が切れた人形のように崩れるように倒れ伏した。
もちろん、そのまま放置するなんて勿体無いことはしない。俺は倒れたオルトロスも、瞬時に綺麗に解体しながらアイテムボックスへと収納した。よし、ボスの片付けも終わり!
「お疲れ様だワン」
すべてが終わったホールに、クロドがトコトコと軽い足取りで俺のそばに駆けてきた。息一つ乱れていない。さすがは俺の相棒だ。
「お、おう。クロドもお疲れ様。強かったな、オルトロス」
「さあ、お宝をゲットだワン!」
クロドは嬉しそうに尻尾を振ると、オルトロスが最初に伏せていた、ホールの一番奥の場所に向かって歩き始めた。俺も不思議に思いながら、その後ろをすぐについていく。
「お宝? ボスのドロップアイテムなら、さっき魔石と一緒に収納したと思うけど……」
「まあ、行けば分かるさワン」
オルトロスがいた奥の一段高い場所に到着し、さらにその壁の奥へと進む。すると、不自然に苔に覆われた隠し扉のようなものが目の前に現れた。
俺が手を触れると、ゴゴゴと音を立てて扉がゆっくりと開く。
その中には――なぜか、一頭の黒毛の巨牛が、気持ち良さそうにのんびりと寝そべっていた。
「……え? クロド、この牛が『お宝』なのか?」
「モォ~?」
牛は俺たちを見ても警戒する様子もなく、のんびりと鼻を鳴らしている。だけど、その体内には確かに濃厚な魔力が宿っていた。魔獣だ。
とりあえず、襲われる前に俺は『空間収納』でその魔石を亜空間へ収納し、いつものように解体しながらアイテムボックスへ保管しておいた。
「そうだワン! その牛の肉は、信じられないくらい美味しいんだワン!」
「へえ、やっぱりお肉か! ……って、クロド、食べたことあるの?」
「食べたことがあるワン。昔、前の主と一緒に食べたワン」
クロドが懐かしそうに目を細める。その言葉に、俺はふと疑問を抱いた。
「あれ? でも、この『魔獣の窟』って、何百年か前に一度だけ、歴史に名を残す大英雄に攻略されたことがあるってギルドの資料で読んだよ?」
「その主が、まさにこのダンジョンを攻略した本人だワン。だけど主は『こんな美味い牛がいる場所を他人に教えたら乱獲される』って言って、攻略したことを誰にも言わなかったんだワン」
「あはは、そっかぁ。クロドの前の主人も、なかなかの食いしん坊だったんだね」
大英雄が独り占めしたくなるほどの幻の肉。それが今、俺の手元にある。
ボスも倒したことだし、安全地帯に戻ったら、さっそくこの『最高のお宝』をクロドと一緒に極上のステーキにして食べよう。俺は胸のワクワクを抑えきれないまま、最下層の扉を後にした。
◇◇
その頃。
ダンジョン『亡霊洞窟』の上層付近では、これ以上ないほどに哀れで、そして醜悪な光景が繰り広げられていた。
リュウセイを裏切ってキラーデュラハーンから必死に逃げ延びた『焔の剣』の4人は、命からがら出口を目指して歩いていた。しかし、彼らの足取りは重く、空腹と極限の疲労からヨロヨロと今にも倒れそうだった。
「はぁ、ハァ、ハァ……お、お腹すいたぁ……。もう一歩も歩けないよぉ……」
回復士のユイナが、青白い顔をしてお腹を押さえながら、情けない声を絞り出す。
「つ、疲れたぁ……。ひぃ、ひぃ……魔力も完全に空っぽだし、身体が重くて死にそう……」
魔法使いのアオイも、お気に入りの杖を杖代わりにしながら、泥のように疲れ果てていた。
「や、矢も武器も食料も無いし……それに、野営用品やポーションが入ったアイテムバッグも、全部リュウセイさんに預けたままだから、私たち、本当に何にも無いのよね……。……みんな、私のせいでごめんね」
弓使いのヒマリが、涙目を浮かべて俯きながら謝る。だが、謝られたところで腹は膨らまない。
「ふぅ、ふぅ……チッ、やっちまったことは今さらしょうがねえだろ。あいつを囮にしなきゃ、俺たちが死んでたんだからな。……お! それよりお前ら、見ろ。前方に冒険者たちの灯りが見えるだろう?」
リーダーのミナトが、ぎらついた目で通路の先を指差した。
「あ……本当だ、誰かいるねぇ……」
「若い冒険者たちのパーティーかしらねぇ……」
アオイとヒマリが、縋るような目を向ける。
「くくく……見たところ、中堅どころのパーティーだな。あいつらなら、食料も武器も予備の魔道具も、それなりにたっぷりと溜め込んでいるはずだろうよ……」
ミナトの顔に、飢えと邪悪な欲望が混ざり合った、歪んだ笑いが浮かぶ。
「ねえ、本当にお腹すいたなぁ……。あの人たちに、食料を少し分けて貰おうか?」
ユイナがゴクリと唾を飲み込みながら、ミナトを見上げる。
「ふっ、何言ってんだ、ユウマ。俺たちが他人に頭を下げて『お願い』なんてできるかよ! 俺たちは名のあるAランクパーティー『焔の剣』だぞ! ――そんなことするより、力ずくで『奪う』んだよぉっ!!」
ミナトは狂気じみた目で手を振り回し、力説する。飢えのせいで、プライドとモラルが完全に崩壊していた。
「……それ、良いかもね。あはは、イヒヒッ! あいつらから全部奪って、私たちが美味しいもの食べようよ!」
ユイナもまた、あまりの空腹でおかしくなってしまったのか、狂ったような笑い声を上げてミナトの提案に賛同する。
かつて栄光のSランクと呼ばれた冒険者たちは、今やダンジョン内ではびこる、ただの「山賊」へと成り下がろうとしていた。自分たちを支えてくれていたユウマの存在を失ったツケが、彼らを本当の破滅へと導いていることにも気づかずに。




