第32話 保身のために仲間を売る元Sランクパーティー 〜キラーデュラハーンの猛威と最悪の裏切り〜
カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、カシャン……。
静まり返ったダンジョン『亡霊洞窟』の地下8階層に、冷徹な金属音が規則正しく響き渡る。
洞窟の奥から現れたのは、悍ましいまでの威圧感を放つ首の無い騎士――特殊個体『キラーデュラハーン』であった。
その身体は光を吸収するような漆黒のフルプレートアーマーに身を包まれ、左手には強固な大盾、そして右手には凶悪なモーニングスターを握りしめている。刺突き鉄球と金属製の柄を重厚な鎖で繋いだ、一撃必殺のフレイル型だ。
通常のデュラハーンは剣を装備しているが、この特殊個体はモーニングスターを用いて、対峙する者の肉も骨も原型を留めぬほどに叩き潰すのである。
「死ねえええええええッ!!」
極限の恐怖と飢えから理性を失ったミナトが、狂ったように叫びながら飛び出した。
スケルトンを叩き斬り、ゾンビやグールを斬りまくったせいで、その手にある剣はすでにボロボロで刃こぼれだらけ。それでもミナトは渾身の力でそれを振り上げ、漆黒の騎士へと躍りかかった。
ガッキイイイン!!!
しかし、キラーデュラハーンは微動だにせず、左手の盾を無造作に突き出してミナトの渾身の重撃を受け止めた。
金属同士の激しい衝突音が響いた直後、ミナトのボロボロだった剣は、無残にも根元からへし折れて虚空へと吹き飛んだ。
「しまっ――」
息を呑むミナトの眼前に、容赦のない追撃が迫る。盾で受け流された勢いのまま、キラーデュラハーンの強力なシールドバッシュがミナトを襲い、その体勢を完全に崩した。
直後、死神の鎌のように右手のモーニングスターが不気味な風切り音を立てて唸りを上げる。
「ちぃっ!」
ゴロゴロゴロ……!
ミナトは無様に地べたを転がり、間一髪で頭上から振り下ろされた鉄球を躱した。そのまま泥泥の地面に片膝を突き、必死に起き上がる。
ドカッ! ズシャッ!! ビチャッ!
無慈悲に振り下ろされた鉄球は、ミナトのいた場所に転がっていたグールの死骸を木端微塵に粉砕した。爆コケした果実のように飛び散ったグールの腐った血肉と内臓の雨が、起き上がったばかりのミナトの顔や身体に容赦なく降りかかる。
「きゃああああ!」
「いやああああ!」
「くっさああああい!!」
背後で見ていた魔法使いのアオイ、弓使いのヒマリ、回復士のユイナの3人は、その世にも恐ろしい光景と、立ち込めた強烈な悪臭に悲鳴を上げて一斉に飛び退いた。
二つ名『闇の探索者』リュウセイだけは、取り乱す女性陣の前にすっと立ち塞がり、黒い刃のナイフを逆手に持ち直して鋭い眼光で身構えている。
「だ、だって魔力がもう無いし……!」
「矢も1本も無いし……戦えるわけないじゃない!」
「それに、もう信じられないくらい臭いし……!!」
極限状態の中、彼女たちから戦意は完全に消失していた。
「「逃げるよぉっ!!」」
アオイとヒマリは示し合わせたように叫ぶと、一目散に反転した。その際、ヒマリは混乱のあまり、前衛として盾になってくれていたリュウセイの腕を強く引っ張り、無理やり一緒に連れて逃げ出そうとする。
「ちょっと! 私、もうこんな臭いの絶対に嫌!!」
ドカッ!
ユイナにいたっては、パニックと嫌悪感が頂点に達し、前方にいたリーダー・ミナトの背中を全力で蹴飛ばした。自分たちが助かるための足留めと言わんばかりの、無慈悲な一撃だった。
グシャッ!
「ぶへっ!? おいおいおい、何しやがるっ!!」
味方に背後から蹴られたミナトは、前方に転倒し、文字通りグールの死骸の山へと顔面から突っ込んだ。吐き気を催す腐臭にまみれながら、両手を泥に突いて慌てて起き上がる。
だが、顔を上げたミナトの視界を埋め尽くしたのは、容赦なく迫り来るキラーデュラハーンの刺突き鉄球だった。
「くっ、あぶねぇっ!!」
再び必死に地面を転がり、間一髪で鉄球を躱す。しかしその代償として、ミナトの身体は完全にグールの腐った血肉と体液でドロドロに塗れた。
ミナトは怒髪天を突く勢いで素早く起き上がると、手元に残っていた刃の折れた剣の柄を、キラーデュラハーンに向けてヤケクソ気味に投げつけた。
「これでも喰らいやがれッ!!」
カキイイイン!!
キラーデュラハーンは避ける素振りすら見せない。投げつけられた折れた剣は、強固な黒鉄の鎧に当たって虚しく火花を散らし、そのまま床へ跳ね飛んだ。
完全にターゲットとしてロックオンされたことを察したミナトは、なりふり構わずアオイたちの後を追って全速力で走り出した。
「ハァ、ハァ……待て、お前らッ!」
執念の全力疾走で、先に逃げていたアオイやヒマリ、そして彼女たちに引っ張られていたリュウセイの元へ追いつくミナト。だが、その目は恐怖と自己保身で完全に血走っていた。
ミナトは背後からリュウセイの腕をガシッと掴む。
「てめぇが……囮になりやがれぇええええッ!!」
「なっ――」
ミナトはリュウセイの腕を強引に引き寄せると、その無防備な腹部に向けて容赦のないパンチを叩き込んだ。
ボスッ!
「ぐふっ……!?」
不意を突かれた衝撃にリュウセイの息が止まる。ミナトはその隙を逃さず、リュウセイの身体をキラーデュラハーンの目の前へと力任せに突き飛ばした。味方を、雇った人間を、文字通りの肉壁として差し出したのだ。
直後、突き飛ばされたリュウセイの頭上へ、キラーデュラハーンの凶悪な鉄球が容赦なく迫る。
ドカッ! グシャッ!
「く、おのれ……!」
リュウセイは寸前のところで身体を捻り、地面を砕いた鉄球の直撃を躱した。腹を押さえ、鋭い目をさらに細めて、目前の漆黒の騎士と正面から向かい合う。
キラーデュラハーンは逃げた獲物には目もくれず、目の前の標的を排除すべく、モーニングスターの鉄球を凄まじい速度で振り回し始めた。間髪入れずに、何度も、何度も重苦しい鉄球が振り下ろされる。
ドカッ! ドカッ! ドカッ! ドカッ……!!
リュウセイは黒いナイフを構えながら、紙一重でその猛攻を躱し続ける。その唇を激しい怒りと屈辱で歪め、キラーデュラハーンを、そして自分を裏切った者たちの背中を鋭く睨みつけた。
その隙に、ミナトたち『焔の剣』の4人は、一切後ろを振り返ることなく一目散に逃げ出していく。
「あっはっは! 悪いなリュウセイ、後は任せたぞ! Aランクの俺たちを救うための栄誉をやるよ!!」
暗い通路の奥から、ミナトの醜い高笑いだけが虚しく響き渡り、彼らの姿は完全に闇の向こうへと消えていった。




