第28話 「殴っても文句を言わない新メンバー」を求めた元Sランク、最強の探索者に拳一つ触れられず全力を出して息を切らす
不気味な青白い燐光が壁を這う高難度ダンジョン『亡霊洞窟』の通路で、現Aランクパーティ『焔の剣』の面々と、新メンバーとして同行している『闇の探索者』リュウセイの間に、一触即発の刺々しい空気が満ちていた。
リーダーの剣士ミナトは、自身の愛用する大剣の刃が早くもボロボロに欠けていることを指摘され、完全に理性を失いかけていた。プライドをへし折られた屈辱から、顔を真っ赤に染めて怒りをぶちまける。
「――っ、刃が欠けたってなぁ、そんなもん関係ねえんだよ! 俺の実力なら、斬るときに刃の反対側を使って力任せに叩き割ればいいだけの話だろ!」
それは剣士としてあまりにも無茶苦茶な暴論だった。だが、今のミナトには自分の非を認める度量など残っていない。
対するリュウセイは、そんなミナトの怒声にも眉一つ動かさず、ハットの影から冷徹極まりない正論を淡々と突きつける。
「いやいや。それほどの力技がお得意な腕前であるならば、最初から剣ではなく、戦斧や戦鎚といった打撃武器で攻撃された方が遥かに効率が良いのでは? 骨だけの雑魚スケルトン1体を倒すごとに、高価な大剣を1本ダメにするというのは、あまりにも金銭的なリスクが大きすぎて勿体ないと思いますが?」
「なぁ、にぃ……っ!?」
ミナトは口を極端に尖らせ、顎を不自然に突き出しながら、殺気を含んだ目でリュウセイを睨みつけた。
今までは、戦闘が終わるたびにユウマが裏で完璧な研磨と微調整を行っていたからこそ、どれだけ乱暴に扱おうが常に最高の切れ味が維持されていたのだ。メンテナンス役を失った今、自分がどれほど無駄に武器を酷使していたかという現実を突きつけられ、ただただ不快感だけが募っていく。
「俺は誇り高き剣士だから、剣しか使わねえんだよ! 外様のペーペーが、俺の遣る事にいちいち文句を付けるんじゃねえ!!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなよ。ダンジョンの中で仲間割れしてもしょうが無いじゃない。先へ進もうよ」
険悪すぎる二人の間に、魔法使いのアオイが割って入った。めんどくさそうに溜め息をつきながらも、これ以上の内紛は攻略に支障が出ると判断したのだろう。
「そうよ、ミナト。リュウセイさんは別におかしい事は言って無いわ」
すかさず弓使いのヒマリがリュウセイを庇うように声を上げる。彼女の目は、すでにミナトよりも、容姿端麗で知的でスマートなリュウセイの方へ向いていた。
「けっ……! どいつもこいつも! あのクソ無能のユウマみたいに、いちいち小言の様に細かいことを言われると、頭に来るんだよ! いいかリュウセイ、二度と俺に口答えするなよ!」
「……分かりました。これは失礼いたしました、ミナト殿」
リュウセイは一瞬だけ瞳の奥に冷ややかな光を宿したが、すぐに表面上の笑みを浮かべて素直に謝罪した。
「リュウセイさんは、全然悪くないからね」
ヒマリがミナトに聞こえないような小声でリュウセイの耳元に囁く。だが、静まり返った洞窟内では、その囁き声すらミナトの耳にしっかりと届いていた。ミナトの額の青筋がさらに激しくドクドクと脈打つ。
「おい、リュウセイ! そこに転がってるスケルトンの魔石をさっさと剥ぎ取って、回収しておけよ!」
ミナトは鬱憤を晴らすかのように、顎で不遜に命令を下した。
「はぁ? 魔石の回収をですか? パーティ全員で分担して取るのではないのですか?」
「あぁ!? 当たり前だろ! うちのパーティーではなぁ、新入りが解体から魔石の回収まで全部ワンオペでやる決まりなんだよ!」
「……そんな理不尽な規約は、事前にメイさんからは聞いて無いですよ?」
「うるせぇ!! 新入りのくせにガタガタ抜かすな! サッサと持って来い!」
「お断りします。私は約束と違うことはしません。そもそも今回の同行は『お試し(試用期間)』と言われており、分け前だって極端に少なく設定されているのですから。そこまでの過重労働を進んでやる義理はありませんね」
完璧な拒絶。ギルド長室で「殴っても文句を言わない奴」を条件に挙げていたミナトにとって、新入りが自分の命令に真っ向から逆らうなど許せるはずがなかった。
「なんだとぉぉぉ!! だったら、言う事を聞くように教育してやる!!」
ミナトは怒りに任せて拳を固め、いきなりリュウセイの顔面に向けて殴り掛かった。
――しかし。
(……え!?)
ガッ、と空気を引き裂く音が響いたが、そこにリュウセイの姿はなかった。
リュウセイはハットの縁に軽く手を添えたまま、まるで最初からミナトの拳の軌道を知っていたかのような最小限の動きで、余裕でその一撃を躱し、流れるように距離を取って身構えた。
「――いきなり暴力ですか? 元Sランクともあろう方が、ずいぶんと野蛮なコミュニケーションを取るのですね」
一切の動揺もなく、冷徹に言葉を返すリュウセイ。
「うるせいうるせいうるせえええ!!」
完全に頭に血が上ったミナトは、がむしゃらにパンチやキックを繰り出し始めた。だが、リュウセイの身体は、まるで風に舞う木の葉のようにひらひらと動き、ミナトの攻撃はかすり傷一つ、掠りさえもしない。
終いには、完全にプライドが消し飛んだミナトが、あろうことか対人戦であるにもかかわらず、腰の大剣を引き抜いて構えた。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ! てめええええ!! 舐めやがって……ぶっ殺してやるうううううぅ!!」
たった数秒、一方的に空振りを繰り返しただけで、運動不足のミナトは激しく息を切らせて声を荒げていた。
その様子を見たリュウセイは、無言のままスッと目を細めた。その瞳から、これまでの「温厚なBランク冒険者」としての光が完全に消失する。彼は懐から、漆黒の魔力を帯びた一振りのナイフを抜き出し、音もなく構えた。
その瞬間、洞窟内の温度が劇的に下がったかのような、凄まじいまでの殺気がリュウセイの全身から吹き荒れた。
「――ちょっと!! さすがにパーティ内での殺し合いは不味いでしょ! 二人とも止めてよ!!」
あまりの異様な威圧感に恐怖を覚えたヒマリが、悲鳴を上げながらミナトとリュウセイの間に強引に割り込んだ。
「……チッ。女に免じて、今回は命拾いしたなぁ、新入りが」
ミナトは大剣を乱暴に鞘へと収めると、不貞腐れて明後日の方を向きながら吐き捨てた。実際には、リュウセイの放った底知れない殺気に気圧され、これ以上戦う度胸がなかっただけなのだが。
戦闘が収まると、ヒマリとアオイが気まずそうな顔で「一緒に魔石を集めましょう」と言い出し、結局、リュウセイを含めた3人で黙々とスケルトンの魔石を採取することになった。
◇◇
その後も、一行は亡霊洞窟の奥へと進み、何度かスケルトンの群れと遭遇した。
頭に血が上ったままのミナトが、ボロボロの大剣を力任せに振り回して荒々しく骨を砕いていく一方で、リュウセイは一切の手間をかけることなく、高度な『闇の魔法』を無詠唱で発動させていた。影の刃が走るたび、スケルトンたちは一切の反撃の機会すら与えられず、一瞬で消滅(瞬殺)していく。
その圧倒的な戦闘効率と、無駄のない洗練された立ち振る舞いを後ろから見ていたヒマリとアオイは、互いに顔を見合わせて、こっそりと胸を撫で下ろしていた。
(……これ、さっきもしヒマリが止めに入ってなかったら、ミナトの方が確実にヤバかったよねぇ……)
(うん。あのリュウセイって人、絶対にただのBランクの探索者なんかじゃないわ……強すぎるもの)
元Sランクのリーダーであるミナトの威厳は、新メンバーの圧倒的な実力を前にして、早くも形骸化しつつあった。
そんな中、パーティの神聖職であるはずの回復士ユイナは、戦闘中も、その後の魔石回収の間も、完全に会話の輪から外れて呆然とボーッとしていた。
(ああ……早く拠点の宿に戻りたいわ。下着のストックがないせいで、歩くたびにローブの裾から変な風が入ってきて、全然戦闘に集中できないのよ……。ユウマがいれば、今頃は完璧に洗濯された清潔な下着が準備されていたはずなのに……!)
彼女の頭の中は、今やダンジョン攻略のことなどこれっぽっちもなく、ノーパンという過酷な現実に対する絶望だけで支配されていた。
やがて、ミナトたちは食事と休憩を摂るために、洞窟内に設けられた安全な休憩エリアへと到着した。
ドサリと岩肌に腰を下ろしたミナトだったが、その手元にある大剣の片方の刃は、度重なる無理な骨への攻撃によって、すでに実戦での使用に耐えないほどボロボロにボロ鉄化していた。
ワンオペの支えを失ったツケが、彼らの全般的な戦闘継続能力を、確実に、そして致命的に蝕み始めていることに、彼らはまだ本当の意味では気づいていなかった。




