第27話 中層すら音速で通り過ぎる神業ソロの少年と、最強の密偵にさっそく「無能のボロ」を剥がされ始めた元Sランク
王都の外へと飛び出した俺は、漆黒の相棒であるブラックドッグのクロドの背に跨がり、驚異的な速度でダンジョン『魔獣の窟』へと舞い戻っていた。
今回の明確な目的は、地下21階層以降に広がる未知の「下層」だ。脳がとろけるほど美味いという幻の絶品肉を手に入れるため、地下1階から地下10階までの「上層」でわざわざ足を止め、安い素材を集める気は毛頭ない。目指すは下の階層へ続く階段のみ。最短ルートをまっしぐらに突っ走る。
俺は移動しながら、脳内で固有スキル『空間把握(中)』を発動させた。
すると、自分の周囲数百メートル四方の迷宮の構造、壁の厚み、そして蠢くモンスターの位置が、三次元の立体映像のように脳裏へ鮮明に浮かび上がる。
「よし、次の角を右だ、クロド! そのまま速度を落とさずに突っ切れ!」
「バウッ!」
迷路のような上層を、俺たちはまるで勝手知ったる自宅の廊下でも歩くかのように最短距離で爆走していく。
当然、通路の行く手を遮るようにモンスターが立ち塞がることもあるが――その全てが「瞬殺」だった。
正確には、戦うことすらしていない。
『空間把握』のスキルにより、モンスターがこちらを視認する遥か手前から存在を完璧に捉えている。そして、曲がり角を曲がった瞬間、モンスターが「侵入者だ」と認識するよりも前に、俺は進化した『空間収納(中)』を発動させていた。
パチン、と指を一つ鳴らす。
それだけで、まだ数メートル離れた場所にいるゴブリンやウルフの体内から、核である『魔石』だけが分子レベルで切り取られ、一瞬で俺の亜空間へとダイレクトに収納される。動力源を失ったモンスターが崩れ落ちるのと同時に、その死骸自体も瞬時に亜空間へ吸い込まれていく。
収納に要する時間はゼロ秒。俺たちは一瞬たりとも立ち止まることなく、ただモンスターがいた空間を平然と通り過ぎていくだけだ。
上層は難易度が低いため、こんな朝早い時間から危険な状態に陥っている他の冒険者もいない。他人の救助に時間を割くこともなく、俺たちは文字通り音速の壁を突破するような勢いで、あっという間に地下11階の「中層」へと到達してしまった。
「ふぅ。やっぱりレベルが上がって空間魔法が進化してからは、移動がめちゃくちゃ快適だな。……よし、クロド。昨日狩ったオークの肉もミノタウロスの牛肉も、俺の亜空間には山ほどストックがあるからさ。中層も基本は最短距離のノンストップで行くよ」
「――おいおい、分かったワン。主の空間魔法のチートっぷりには、さすがの俺も呆れるのを通り越して感心するワン」
クロドが念話で呆れたように呟く。
「でもさ、もし明らかにモンスターに囲まれていて、命の危険がありそうな危ない冒険者を見かけたら、その時は流石に助けに行くからね?」
「チッ、冒険者なんてのは全員、自分の命を天秤にかけて自己責任で行動してるんだワン。レベル1のポーター扱いして俺たちをゴミみたいに追い出した『焔の剣』のバカどもが良い例だワン。そこまで他人に優しくしてやる義理はないワン」
「ははは、まあそうなんだけどさ。でも、見捨てて後味が悪くなるくらいなら、俺がそうしたいんだよ。俺の我が儘に付き合ってくれよ、クロド」
「……ハァ、お人好しの主人を持つと苦労するワン。全く、しょうが無いワン。その代わり、下層に着いたら一番美味い部位の肉を真っ先に俺に食わせろワン!」
「おう、約束するよ!」
そんな気の良い相棒と冗談を交わしながら、俺たちは中層の不気味な暗がりの奥へと、さらに加速して突き進んでいった。
◇◇
その頃。俺が快適な高速ソロハントを楽しんでいるのとは完全に真逆の、重苦しくギスギスした空気が漂うダンジョンが存在していた。
アンデッドの巣窟として知られる、高難度迷宮『亡霊洞窟』。
そこには、昨日の今日で急遽結成されたばかりの、現Aランクパーティ『焔の剣』の4人と、新メンバーとして同行している『闇の探索者』リュウセイの姿があった。
パーティの先頭を歩くのは、黒装束に身を包んだリュウセイだ。彼のすぐ隣を、弓使いのヒマリが頬を上気させながら、熱心に話しかけながら歩いている。
そして、その後ろを、今にも爆発しそうなほど不機嫌な顔をしたリーダーの剣士ミナトが、ドスドスと苛立たしい足音を立てて歩いていた。さらに最後尾から、魔法使いのアオイと、ローブの下がノーパンのせいで歩きづらそうに内股で行く回復士ユイナがついていく。
「へぇー! リュウセイさんは、あの王都でも高名なAランク冒険者パーティ『黒紅の無頼』の一員だったんですね! 本当に凄いなぁ!」
ヒマリが黄色い声を上げる。
「ええ。ですが今は、うちのリーダーが実家の里に一時帰省しておりましてね。パーティがちょうど休暇期間に入っていたところなんですよ。そこに、ギルドのメイさんから熱烈なオファーをいただきまして。これも何かの縁だと思い、今回は一時的な同行をお引き受けした次第です」
リュウセイはハットの影から端正な横顔を覗かせ、非の打ち所がない完璧な笑みを浮かべて答える。その物腰はあまりにもスマートで、育ちの良さすら感じさせた。
「へぇぇ! それで、今回私たちのサポートをしてくださるのですねぇ。やっぱり、どこぞの戦えない無能ポーターとは格が違いますわ!」
ヒマリはユウマの悪口を交えながら、リュウセイに思い切り媚びを売る。
だが、その様子が面白くないのが、プライドか塊であるミナトだった。自分の女たちが新入りの中堅冒険者に夢中になっている現状が、彼の狭い器をこれでもかと刺激していた。
「――おい! リュウセイ!」
ミナトは我慢できなくなったように、後ろからぞんざいで、刺々しい物言いをぶつけた。
「お前、さっきから見てりゃ羊皮紙のマップも広げねえし、マッピングの筆も持ってねえじゃねえか。おい、道は本当に合ってんだろうな!? 元Sランクの俺たちを迷子にさせたら、ただじゃおかねえぞ!」
あからさまな威嚇。だが、リュウセイは歩みを止めることすらなく、冷徹なまでに冷静な声で返した。
「ご心配なく、ミナト殿。この『亡霊洞窟』の構造、およびトラップの位置は、すべて私の頭の中に完璧に記憶されております。わざわざ足を止めてマッピングなどという無駄な時間を割く必要はありません。道の間違いは絶対にありませんので、黙って私の後ろをついてきていただければ結構です」
「さすがリュウセイさん! 本当に頼りになるわ!」
すかさずヒマリが賞賛の声を上げる。
完璧な正論と、女たちの手のひら返しに、ミナトは額に青筋を浮かべて苛立ちを隠せない。
「けっ……格好つけやがって、新入りの分際で指図すんじゃねえよ……!」
ミナトが低く毒づいた、その瞬間。
先頭を歩くリュウセイの片手が、静かに上がった。
「――静粛に。前方からスケルトンが3体、こちらに向かってきています」
リュウセイの冷徹な警告。その瞬間、ミナトの目がギラリと肉食獣のように輝いた。新入りの前で、失墜したリーダーとしての威厳と、圧倒的な戦闘力を見せつける絶好の機会が来たと確信したのだ。
「どけぇ!! 新入りは後ろでガタガタ震えて見てやがれぇ!」
ミナトは、前方に立つリュウセイをわざと激しく突き飛ばし、手柄を独り占めにするために勢い良く前方へ走ろうとした。
――しかし。
(……あ? 手応えがねえ……?)
ミナトが突き出した腕は、不自然なほどスカリと空を切った。
リュウセイは、ミナトが野蛮に振るった腕の軌道を完璧に見切っており、まるで最初からそこに実体がなかったかのような滑らかな動作で、素速くその身を躱して横に退けていたのだ。
ミナトの体が一瞬前のめりに泳ぐ。
「チッ……!」
感触のなさに思わず舌打ちをしながらも、ミナトは強引に姿勢を立て直し、大剣を引き抜いて前方から迫る骸骨の兵士へと躍り出た。
「うりゃあああああ大剣無双ッ!!!」
怒りに任せて手に持った大剣を全力で袈裟斬りに振り下ろし、迫り来る1体目のスケルトンを骨ごと叩き斬る。
ドガッ!!!
激しい破壊音が洞窟に響く。ミナトはさらに返す刀を荒々しく草薙に払い、もう1体のスケルトンの胴体を強引に斬り飛ばした。
ガコッ!!!
バラバラに砕け散る骨の破片。ミナトは大剣を肩に担ぎ、ふんぞり返ってリュウセイを振り返った。
「ふん! どんなもんだ! これが元Sランク、俺の圧倒的な火力――」
「ミナト、弱っちぃただの雑魚モンスターを2体倒したくらいで、子供みたいに悦に入ってんじゃないわよ。――『ファイアボール』!!」
冷や水を浴びせるようなアオイの声と同時に、彼女の手から無詠唱で放たれた巨大な火球がミナトの真横をすり抜けた。
火球は、ミナトの死角から錆びた剣を振りかぶって襲いかかろうとしていた、3体目の隠れたスケルトンを容赦なく直撃し、一瞬で灰へと焼き殺した。
「くっ……あ、ああ、助かったよ。有難う、アオイ」
ミナトは冷や汗を流しながら大剣を下ろす。
「なるほど、素晴らしい攻撃力ですね。さすがは元Sランクの看板を背負っていただけはある。敵の排除スピードだけは一流だ」
後ろで静観していたリュウセイが、パチパチと感情の籠もっていない軽い拍手を送る。
「フン、分かればいいんだよ、分かれば!」
「ですが――」
リュウセイは、ハットの影から冷酷なまでに鋭い視線を、ミナトが持つ大剣へと向けた。
「スケルトンのような硬い骨だけのアンデッド相手に、打撃武器ではなく、あのような薄刃の大剣で真っ向から力任せに叩き斬るというのは、戦術としては如何なものでしょうか?」
「……あぁ!? なんだと!?」
「ほら、ご自分でお手元の得物を確認されるといい。刃が完全に欠けてボロボロになっていますよ?」
リュウセイは細い指先で、ミナトの大剣の刃を冷たく指差した。
ミナトが驚いて慌てて自分の愛剣に目を落とすと、そこには、先ほどの無理な力任せの攻撃によって、無残にも一部が深く、何箇所も派手に刃こぼれしている金属の刃があった。
「んぐっ……!? こ、これは……っ!」
言葉が詰まる。
今までは、戦闘が終わるたびにユウマが裏で完璧なタイミングで「最高級の砥石」を使い、刃の微調整とメンテナンスを行っていたからこそ、ミナトは何も考えずに剣を振り回すだけで常に最高の切れ味を維持できていたのだ。メンテナンス役を失った大剣が、たった数体の雑魚を殴っただけで、早くもただの「ボロ鉄屑」へと変わり始めている。
「くそっ……! クソッタレがぁ!!」
ミナトの屈辱の怒声が、暗い亡霊洞窟の奥へと虚しく響き渡る。
『闇の探索者』というハッタリめいた二つ名の裏に、あまりにも冷徹な「何か」を隠し持っているリュウセイ。彼の鋭い観察眼によって、『焔の剣』の致命的な無能さと崩壊の足音は、確実に、そして急速にその実態を暴かれようとしていた。




