第26話 幻の絶品肉を求めて下層へ向かう少年と、高級ディナー目当ての受付嬢が連れてきた『格好よすぎる新メンバー』
冒険者ギルドでの大騒動から一夜明けた、翌日の朝。
俺は宿屋の硬いベッドから跳ね起きると、すぐに身支度を整えて王都の宿を出た。早朝の澄んだ空気はひんやりとしていて心地よく、これから始まる新しい一日に胸が高鳴る。
目的はただ一つ。昨日、解体所のおやっさんから聞いた『魔獣の窟』のさらに奥――地下20階層以下の「下層」に眠るという、脳がとろけるほど美味い幻の魔獣の肉をゲットすることだ。
「よし、行くぞ! クロド! 今日も美味い肉をたらふく食うからな!」
「ガルル……ワンッ!」
俺の足元で、漆黒の巨大なブラックドッグ――クロドが、待ってましたとばかりに激しく尻尾を振り、力強く吠えた。こいつも昨夜食べたミノ牛のステーキがすっかり気に入ったらしく、そのさらに上を行くという幻の肉の話を聞いてから、ずっと目がらんらんと輝いている。
意気揚々と王都の巨大な正門に向かってクロドと並んで歩いていると、前方から賑やかな声が聞こえてきた。見れば、そこには王都でも実力派として知られる女性ばかりの有名パーティ『風月の戦乙女』の二人の姿があった。
「あ! ユウマくーーん、おはよー!」
「クロちゃーんだ! おはよー!」
元気よく手を振ってきたのは、リーダーの美しき剣士カノンさんと、最近このパーティに新規加入したばかりの元気な弓使い、ミウさんだった。
「カノンさん、ミウさん、お早う御座います」
「お早うワン!」
クロドも丁寧にお座りをして、小さく「ワン」と挨拶を返す。そのお利口な姿に、ミウさんが「きゃー、相変わらずモフモフで可愛い!」と目をハートにして悶絶していた。
「ユウマ君、これからどこに行くの? こんな朝早くから、やっぱりダンジョン?」
「はい。今日も『魔獣の窟』に向かうところです。ちょっと気になる情報をもらったので」
「ええっ! 目的は同じだぁ! 本当なら私たちも一緒に行きたいんだけど……まだあとの3人が来ないんだよねぇ」
ミウさんが頬を膨らませて、ギルドの方向を振り返りながらため息をつく。
「あの子たちは朝にめちゃくちゃ弱いからなぁ……。いつも集合時間に一時間は遅れてくるのよ」
カノンさんも苦笑いしながら肩をすくめていた。そんな彼女たちの仲の良さそうな様子を見ていると、前のパーティ『焔の剣』での、遅刻すれば怒鳴られ、早く来すぎても「生意気だ」と理不尽に殴られた地獄の日々が嘘のように思えてくる。
「そういえばユウマ君、昨日ミノ牛を大量にゲットしたんでしょ? ギルド裏の解体所で大騒ぎになってたって噂、もう聞いてるよー。あのお肉、すっごく美味しいんだよね。私たちにも奢って、御馳走して欲しかったんだけどなぁ!」
ミウさんがこれ見よがしに、お腹をさすりながらおねだりするように上目遣いで俺を見てくる。
「ははは、そうですね。じゃあ、もしダンジョンの中で食事のタイミングが合って、向こうでばったら会ったら、その時はとっておきの極上ステーキを御馳走しますよ」
「やったぁ! 約束だからねぇ!」
「期待しちゃうわ」
カノンさんも嬉しそうに微笑んだ。彼女たちと気持ちの良い挨拶を交わして別れ、俺は王都の巨大な門をくぐり抜けた。
門の外に出たところで、俺はクロドの広い背中に飛び乗る。
「よし、クロド。全速力で突っ走るぞ!」
「バウッ!」
風を切り裂きながら、俺たちは再び『魔獣の窟』へと向かって街道を駆け抜けていった。
◇◇
一方、太陽が完全に上りきった遅い時間の冒険者ギルド。
昨日、公式にSランクからAランクへと叩き落とされたパーティ『焔の剣』の4人が、周囲の空気を凍らせるほどのドス黒い不機嫌さを撒き散らしながらロビーに入ってきた。
「チッ、どいつもこいつもジロジロ見やがって……」
リーダーの剣士ミナトが、大剣の柄をキツく握りしめながら周囲を睨みつける。
その凶悪な態度と、降格処分を受けたという不名誉な噂のせいで、ギルド内にいた他の冒険者たちは、関わり合いになりたくないとばかりに、モーゼの十戒のように避けて左右へと離れていった。
「あ! ミナトさん! お早う御座います!」
その凍りついたロビーに、場違いなほど明るい声を響かせて駆け寄ってきた影があった。受付嬢のメイだ。
彼女は自分の受付カウンターからわざわざ飛び出すと、周囲の目が引くのも構わずにミナトのもとへと駆け寄った。
「おう……メイか。お早う。朝から騒がしいな」
「ミナトさん、聞いてください! 昨日お約束した、皆さんの追加メンバー候補となる、とーーっても優秀な冒険者を、私のコネで早速見つけてきたんです!」
メイは胸を張り、これ以上ないほど自慢げに笑って告げた。頭の中はすでに、ミナトに奢ってもらう予定の「超高級レストランのフルコース」のことでいっぱいだった。
「お! 本当か? 仕事が早いな、メイ。で、一体どんな奴なんだ?」
ミナトの顔に、ようやく少しだけ明るい兆しが見える。
「ふふん、紹介しますね。――リュウセイさーん! こちらです!」
メイがギルド内に併設された酒場の方向に向かって華やかに手を振ると、奥の薄暗い席から、一人の男が静かに立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
全身を隙のない洗練された黒装束で包み、頭には黒いカウボーイハットを目深に被っている。ハットの影から覗く顔線は細く、かなりの美男子だ。
ゆったりとした、しかし無駄のないその足取りは、いかにも「能ある鷹は爪を隠す」といった風の一流の冒険者の貫禄すら感じさせた。
男はミナトの前に立ち止まると、スマートに、非の打ち所がない角度で軽く会釈をして、少し低めの美声で話し掛けてきた。
「初めまして。Bランク冒険者のリュウセイです。『焔の剣』の噂はかねがね。今回、メイさんに熱烈に口説かれましてね。宜しくお願いします」
彼が差し出してきた右手には、特注品らしき上質な黒い指ぬきの革手袋が装着されていた。その隙間から、歴戦の強者だけが持つ独特の威圧感が微かに漏れ出していることに、目の前の男たちは気づく様子もない。
「おう! 俺が『焔の剣』のリーダー, ミナトだ。こちらこそ、宜しくな!」
ミナトは、その「格好いい雰囲気」をすっかり気に入り、力強くリュウセイと握手を交わした。
「ミナトさん、このリュウセイさんは、王都の裏路地でも『闇の探索者』という二つ名で恐れられている、超一流の保持スキルを持つ『探索者』なんです! 一流のパーティには、やっぱりこういう一流の見た目とサポートが必要だと思って、私が必死に説得したんですよ!」
メイがここぞとばかりにミナトへのアピールを重ねる。
その横では、元仲間の女性陣が、リュウセイの端正な容姿とキザな仕草に完全に目を奪われていた。
「……格好いい!」
弓使いのヒマリが、頬を微かに染めて小さく歓声をあげる。
「うん……すごく良い雰囲気を持ってるわね。レベル1のダサいポーターとは大違いだわ」
魔法使いのアオイも、うっとりとした目で見とれているようだ。
「弓使いのヒマリよ。これから私たちの介護、よろしくね?」
「魔法使いのアオイです。ふふ、頼りにしてるわよ、リュウセイ君」
「回復士のユイナです。神の御加護がありますように」
3人の女性陣は、ユウマを追放した時とは180度違う、甘ったるい声でそれぞれリュウセイへの挨拶を交わしていく。
ミナトは、ヒマリとアオイが自分以外の男に見とれていることに一瞬だけ不快そうに眉を顰めたが、すぐにプライドを持ち直し、フッと鼻を鳴らしてリュウセイに声を掛けた。
「酒場で詳しい話をしようか」
「ええ、喜んで。お供しましょう」
ハットの影で、リュウセイはフッと不敵な笑みを漏らした。その切れ者の瞳の奥には、Bランク冒険者という肩書きには到底そぐわない、冷徹なまでの光が宿っている。彼がなぜこのタイミングで、メイの誘いにこれほどあっさりと応じたのか――その本当の理由は、誰にも分からなかった。
ミナトたちは、スマートに歩くリュウセイを囲むようにして、再びギルドの酒場へと歩いて行く。
その去り際、回復士のユイナだけが足を止め、メイの方に振り返って深く頭を下げた。
「メイ、本当に有難う。あなたのおかげで、私たちのパーティの『穴』が埋まったわ。これで今度こそ、あの忌々しい特殊個体デュラハーンの討伐が完璧に達成できそうよ」
「ううん、どういたしまして! 『焔の剣』のためなら、これくらい当然だよ!」
メイは満面の笑みで手を振り返した。
ミナトのために必死で街中を駆け回り、最高の新メンバーを連れてこれたと確信しているメイ。
『焔の剣』を再び最高位のSランクパーティへと一気に押し上げてくれること、そして自分が近いうちに高級料理をご馳走してもらえることを確信し、高鳴る胸を押さえながら、彼らの背中を見送るのだった。
しかし、彼女たちが甘い夢に浸っていられるのも、どうやらここまでらしい。この謎めいた『闇の探索者』の加入が、『焔の剣』とメイの運命を全く違う方向へと狂わせる決定的な引き金になることを、彼女たちはまだ誰も予期していなかった――。




