第25話 元Sランクの提出した魔石はゴミ扱い⇒俺が空間魔法で解体した素材を見たおやっさん「神業だ、誰がやった!?」と驚愕する
冒険者ギルドの中中央ロビーの喧騒を抜け、俺はクロドを連れて建物の裏手にある大型解体所へと向かった。
重い鉄の扉を開けると、ツンとした魔獣の血と消毒液の匂いが鼻を突く。そこでは、巨大な作業机を前に、血に汚れたエプロン姿の頑固そうな男が、大きなナイフを片手に不敵な笑みを浮かべて待っていた。
この解体所の責任者であり、街一番の目利きでもある「おやっさん」だ。
「今晩は! おやっさーん!」
俺が元気よく声をかけると、おやっさんはナイフを机に置き、タオルでガシガシと手を拭きながら顔を上げた。
「おう、ユウマじゃねえか。どうした、また解体の依頼かい?」
「いや、今日は買取だけだよ。ただ、ちょっと量が多くてロビーのカウンターには載りきらないからさ。こっちの解体所に出すようにって、受付のメイさんに言われてさ」
「……あぁ? メイの奴に?」
その瞬間、おやっさんの太い眉が不機嫌そうにピクリと跳ね上がった。
「ふぅん……。何もあんな性悪女の言う通りに、わざわざ報告を回さなくても良かったんじゃねえか? 今日はあっちの窓口に、愛想のいいヤヨイも入ってただろう。この前も、お前あいつにロビーで理不尽に絡まれてただろうが」
「いや、俺もそう思って、最初はちゃんとヤヨイさんの列に並んでたんだよ。そうしたら、メイさんの奴が他の客を放置して突っ込んできてさ。腕を無理やり引っ掴まれて、『お前の担当は私だ、Eランクのペーペーは口答えするな』って、メイさんのカウンターに強制連行されたんだ。できればヤヨイさんに担当を替わって欲しいんだけどな……」
「あん? 担当だぁ?」
おやっさんは盛大に顔をしかめ、鼻から荒い息を吐き出した。
「ギルドの受付窓口に『個人担当制』なんてルールは聞いたことがねえぞ。……チッ、あの小娘、また『焔の剣』のミナトあたりから美味い飯でも奢られて、裏でセコい嫌がらせでも企んでやがるな。……よし、その辺のゴタゴタは後で俺がギルド長に直接報告して聞いてやる。とりあえず、お前が持ち込んできたっていう素材を出しな」
「どこに出せばいい? 悪いけど、この解体所のメインテーブルにも、物理的に乗りきらない量なんだけど」
「はぁ? そんなに溜め込んでたのかよ。……分かった、じゃあ裏の大型倉庫に移動しようや」
おやっさんの案内に従い、俺とクロドは解体所のさらに奥にある、ひんやりとした石造りの巨大倉庫へと入った。
「ここならどれだけ出しても文句は言われねえ。さあ、広げてみろ」
「了解。じゃあ、いくよ」
◇◇
俺は脳内で空間魔法を意識し、マジックバッグ(を偽装した空間収納)のロックを解除した。
次の瞬間、倉庫の頑丈な床の上に、ゴトゴトゴトッ!!と凄まじい音を立てて、モンスターの素材が山のように展開されていった。
『魔獣の窟』の中層で採取した、オークの最高品質の毛皮、牙、骨、そして魔石。さらには中層の下部に君臨するミノタウロスの巨大な角や強靭な蹄が、整然とカテゴリごとに積み上がっていく。なお、肉に関しては俺とクロドの食料としてキープしてあるので、ここには一切出していない。
「おいおいおい……待て待て待て! まだ出るのか!? なんだこの数は……!」
おやっさんは目を見開き、顎が外れんばかりの衝撃に震えていた。
「ユウマ、お前、しばらく見ない間に『亜空間収納』の容量がとんでもねえことになってやがらねえか?」
「へへっ、まあ、ちょっとした成長期ってやつだよ」
俺が少し照れくさそうに頭を掻くと、おやっさんは圧倒されながらも、職人の目になって積み上がった素材の一つを手に取った。――そして、その手を完全に硬直させた。
「……っ!? な、なんだ……なんだ、この解体技術は……!!」
おやっさんの声が、恐怖すら孕んで裏返る。
「おいユウマ、これ、本当に誰が解体した!? 俺より、いや、王都のどんなベテラン解体職人よりも上手いじゃねえか! まさに神業だぞ! 素材がミリ単位の傷もなく、完璧に切り分けられてる。それどころか、刃物で強引に『切った痕跡』すら存在しねえ! まるで、最初からそういう綺麗なパーツだったかのような断面だ! 一体、誰の手によるものだ!?」
「えへへ……それは企業秘密、じゃなくて、俺だけの秘密だよ」
空間魔法の刃で、亜空間内部の絶対静止の状態で『分子レベルで分離』させているなんて、口が裂けても言えない。
「……スキル、か。まぁ、お前ほどの凄腕ポーターだ、深く追求はしねえでおいてやる。しかし、これを見ちまうと……お前がこないだまで一緒に行動してた『焔の剣』の奴らとは、本当に雲泥の差だな」
「『焔の剣』……。あの人たち、もうダンジョンから帰ってきてたんだね」
俺が小さく呟くと、おやっさんは俺の顔を覗き込んできた。
「なんだ、あいつらのことが気になるか?」
「気になると言うか……まぁ、あんまり良い思い出はないからさ」
「だったら安心しろ。この前のあいつらの様子だと、お前に直接突っかかってくるような気力は残ってねえはずだ。何せ、あいつらが提出した魔石の解体跡は、素人の初仕事以下、目も当てられねえ惨状だったからな。丁寧さの欠片もねえ。魔石のコアの3分の1は傷だらけで、本当ならギルドとしては買取したくねえレベルのゴミだったんだ。それを、受付のメイの奴が『焔の剣の皆さんなんですから、どうか買い取ってあげてください!』って涙目でしつこく頼み込んできたから、渋々小銭を払ってやったくらいだ」
おやっさんは心底不快そうに唾を吐き捨てた。
「あのバカども、お前という最高の解体・調達役を失って、早くも自滅の坂を転がり落ちてやがるのさ。だからユウマ、あんな奴らは無視しとけ。もし『焔の剣』やメイの顔を見たくねえってんなら、これからは表のロビーを通らず、直接この解体所の裏口から俺のところに素材を持って来い。これだけの質と量の素材を安定して納品できるなら、特定の依頼なんか受けなくたって、金なんて有り余るほど稼げるからな」
「おやっさん……。有難う、本当に助かるよ。そうさせて貰うね」
おやっさんのぶっきらぼうだけど温かい優しさが、胸に染みた。
「おうよ! あ、それとこれだけの神業解体ができるなら、解体所の仕事が忙しい時に、時給弾むから手伝ってくれねえか?」
「あはは、タイミングが合えばね」
「ん……? 待てよ。おいユウマ、これ、ミノタウロスの角だよな? これだけの量を狩ったってことは……おい、一番重要な『ミノ牛の肉』はどうしたんだよ! ここにねえぞ!」
おやっさんがハッと気づいたように倉庫内を見回した。
「ああ、肉は俺とクロドで食べるから、ギルドの買取には出さないよ。めちゃくちゃ美味いんだもん」
「おいおい、買取じゃなくていい! 個人的に、俺に売ってくれ! 金を払う! ミノ牛の肉は王都の貴族どもの間でも最高級品なんだが、中層の下の階層まで安定して行って、しかも綺麗に肉を傷つけずに持ち帰れる奴なんて滅多にいねえから、市場にほとんど回ってこねえんだよ!」
おやっさんの必死すぎる剣幕に、俺は苦笑しながら空間魔法を展開した。
「分かったよ。じゃあ、丸々1体分でいいかな?」
ドンッ!!!
倉庫の大きな木製テーブルの上に、空間から完璧に美しく小分けにされた、霜降りのミノタウロス肉1頭分が静かに出現した。
「おおおおおおお……っ!!! 見事、見事すぎる! 血抜きも完璧、脂の乗りも最高だ! これで今夜は最高の晩酌ができるぜ!」
おやっさんは宝物を手に入れた子供のように肉を凝視している。
「これ、買取の料金っていつ頃分かりそうかな?」
「安心しろ、すぐに出してやる。これだけ非の打ち所がねえ最上級の素材だ、査定で悩む要素が1ミリもねえ。数を数えて、規定の最上級レートを掛け算するだけだからな。すぐ金貨に換えてやるよ」
「助かるよ」
「ところでよ、ユウマ。お前、一人と一匹でミノタウロスをこれだけ余裕で狩れるなら……もしかして、その下にある『下層』にも行けたりするか?」
「下層? 地下20階以下のこと? うーん、行ったことはないけど、今の俺たちの実力なら普通に行けると思うけど。何、何かあるの?」
俺が問いかけると、おやっさんはニヤリと不敵に笑い、声を潜めて言った。
「下層のな、地下25階付近にはな……ミノ牛なんて比べ物にならねえほど、脳がとろけるほど美味い『幻の魔獣の肉』が存在するんだよ。だが、危険すぎて誰も生きて持ち帰れねえ」
「え……! なになに!? それ、すごく気になる!」
俺の目が、一瞬でご馳走を前にした子供のように輝いた。
その隣で、ずっと大人しくしていたクロドもまた、おやっさんの「美味い肉」という言葉に反応し、じゅるりと大量の涎を床に垂らしながら、激しく尻尾を振って大賛成の意を示した。
「グルルゥ……ワンッ!!!(主、明日は絶対そこに行くワン!!!)」
クロドの目は完全にやる気満々だった。
俺はおやっさんから下層の地形や魔獣の生態についての貴重な情報をたっぷりと聞き出し、明日も朝一番で『魔獣の窟』へ潜ることが完全に確定した。
元仲間のクズどもや、裏工作を企む受付嬢メイがギルドの表でどんな罠を張ろうとも、俺たちはその遥か上空を、美味い肉を求めて突き進むだけだ。




