第23話 元パーティが陰湿な嫌がらせを画策している頃、俺はミノタウロスを乱獲して女性冒険者に囲まれてました
「はぁ……まさか本当に、最高位のSランクからAランクへ降格になっちゃうなんてね……」
ギルド長室の重厚な扉が閉まった瞬間、弓使いのヒマリがこれ見よがしに大きなため息をついた。
肩を落とし、お気に入りの長弓をいじりながら完全に悄げ返っている。プライドの高い彼女にとって、ランクダウンのショックは相当なものだった。
「ふぁあ……もうランクなんてどうでもいいしー。それより、お腹空いた。早く宿に帰って寝たいんだけどぉ……」
魔法使いのアオイは、すでに睡魔の第二波に襲われているようで、とろんとした目で欠伸を噛み殺している。
そして、そのさらに隣を歩く回復士のユイナにいたっては、おかしなほど無口だった。彼女は完全に自分の世界に入り込み、顔を真っ赤にして内股でそそくさと歩いている。
(――あああ、早く宿に帰ってパンティを穿きたいわ……っ! ユウマの奴がいないせいで、予備の下着の洗濯も調達もされてないなんて……! 今の私は聖職者のくせに、ローブの下が完全なノーパンだなんて誰も気づいていないでしょうね!? スースーして落ち着かないのよ……っ!)
ユウマを雑に追放したツケは、こんな日常の衣食住の崩壊という形で、早くも彼女たちの身を苛み始めていた。
そんな女性陣の背中を見送りながら、通路の最後尾で何やらヒソヒソと声を潜めて話し込んでいる影が二つ。
リーダーのミナトと、受付嬢のメイだ。
「なぁ、メイ。俺はさ、やっぱりあのユウマの野郎がどうしても許せねえんだよ」
ミナトは周囲を警戒しながら、メイの耳元で恨みがましい声を絞り出した。
「え、あ……そ、そうだよねぇ、ミナトさん。ユウマ君、ちょっと愛想がなかったし……」
メイは内心で「ギルド長にあれだけ怒られた直後に、また何か企んでるの?」と冷や汗を流していたが、いつも高級レストランのフルコースを奢ってくれる太客であるミナトには、どうしても強い態度が取れない。
「そうだろ? あいつが急にパーティを抜けたせいで、俺たちの事前の情報収集や魔石の解体がめちゃくちゃになったんだ。言ってみれば、俺たちがAランクに降格した原因の九割は、あのユウマの嫌がらせのせいなんだよ!」
「そ、そうなんだぁ……それは大変だったね……」
責任転嫁も甚だしい言い分だが、メイは引きつった笑顔で話を合わせる。
「だからさ、メイ。ギルドの裏工作で、ユウマの野郎をしばらくの間、最低位のEランクから絶対に昇格させないように手続きを操作してくれよ。あんな奴、一生泥水をすすらせてやるんだ」
「えっ!? う、う~ん……それって明確な規約違反なんだけど……でも、まぁ、依頼の受付記録を少し遅らせたり、嫌がらせ的なお説教の時間を長引かせたりするくらいなら、私の権限でちょっとは操作できる、かなぁ……?」
いけないことだとは分かりつつも、ラグジュアリーなディナーの誘惑には勝てず、メイはついにギルド職員として一線を越える約束をしてしまった。
「ありがてえ、持つべきものは話のわかる可愛い受付嬢だな! ……それからもう一つ、ギルドの公式な斡旋とは『別』のルートで、俺たちのために新しい新メンバーを募集してほしいんだ」
「えぇー? でも、さっきギルド長室でミナトさんたちが言ってた条件を満たす人材なんて、この都市のフリーの冒険者には絶対にいないよぉ?」
メイが困惑して眉を下げると、ミナトはニヤリと狡賢い笑みを浮かべた。
「まぁ、最初から全てを満たしていなくてもいいさ。能力が足りない分は、俺たちの奴隷として……あ、いや、新メンバーとして、これから現場で叩き込んで覚えさせればいいだけの話だからな」
「それなら……なんとか声を掛けてみることができるかもぉ。でも、やっぱりフリーで強い人って本当に少ないよ?」
「だったらさ、別に『フリーの冒険者』じゃなくてもいいじゃん」
「えっ? それって……他パーティからの『引き抜き』ですかぁ?」
メイの目が驚きで丸くなる。それは冒険者間の深刻なトラブルに発展しかねない禁手だ。
「人聞きが悪いな。引き抜きじゃなくて、スカウトだよ。とりあえず良さそうな奴を見つけたら、まずは『試用期間』って形で、一緒にデュラハーン討伐の依頼を試しのノリで受けてみるんだ。現場で様子を見て、お互いに気に入れば、こっちのSランクだった知名度をチラつかせて上手く引き込むからさ」
「なるほどぉ……一時的な共同戦線って形にするなら、ギルドの規則的にもグレーゾーンで通せるね! 分かったわ、それなら私のほうから、使えそうな中堅の冒険者にこっそり声を掛けてみますね。まずは何が何でも、特殊個体のデュラハーン討伐を成功させなきゃだし!」
「そうそう、頼んだぜ、メイ。お前には期待してるからよ」
「うん、任せて!」
二人がそんなゲスな悪だくみを完了した、その時。
「ちょっと、ミナト! 何遅れてるのよ! アオイとユイナは待ちきれなくて先に帰っちゃったわよ!」
通路の先で腕を組んで待っていたヒマリが、イライラした様子で声を張り上げた。
「おっと、わりぃわりぃ。じゃあなメイ、また明日ギルドの受付で」
「はーい、ミナトさん、また明日ねぇ!」
ミナトはヒマリと合流し、そのまま宿屋へと向かって歩き出した。自分たちが仕掛けた「足枷」によって、この後どれほど凄惨な未来が待っているかも知らずに、まだ元Sランクの全能感に浸りながら――。
◇◇
その日の夕方。
夕日に赤く染まる巨大なダンジョン『魔獣の窟』の入り口から、一人の少年が悠然と姿を現した。
ユウマだ。
彼は現在、漆黒の毛並みを持つ巨大な魔獣『ブラックドッグ』のクロドの背中に、我が物顔で跨っている。
「ふぅ……。今回もいい狩りだったな、クロド」
「ガルル……ワンッ!」
クロドは満足そうに尻尾を激しく振り、ユウマに頭を擦り付けた。
今回はギルドから特定の依頼を受けていない、完全なフリーの素材採掘だった。ユウマは『焔の剣』が「あそこは危険すぎる」と文句を言って近寄りもしなかった中層――地下11階から14階のオークの密集地帯へと足を運び、クロドと共にオークを文字通り狩りまくってきたのだ。
クロドはオークの魔力を浴びて腹一杯に貪り食い、さらにユウマは地下15階から19階へと深く潜り、世間一般のAランク冒険者が総力戦で挑むレベルの強敵『ミノタウロス』を完全ソロで乱獲していた。
「それにしても……ミノ牛の肉、最高だな! あんなに脂が乗ってて美味いなんて、前のパーティにいた頃は知らなかったよ」
「グルルゥ!」
クロドも思い出しただけでヨダレが出そうという風に、ハァハァと舌を出して同意する。
前のパーティでは、ユウマは自分の金で買った粗末な干し肉しか食べることを許されず、野生の肉を焼けば「卑しい、汚い」と罵られた。だが、ミノタウロスの肉は、街の高級肉の数十倍の栄養価と美味さを誇る超高級食材なのだ。それを毎日、誰に文句を言われる筋合いもなく、焚き火で豪快にステーキにして腹一杯に食べる。これ以上の幸せはなかった。
ユウマは愛すべき相棒の背に揺られながら、のんびりと冒険者ギルドへと向かう大通りを進んでいく。
すると、街を行き交う冒険者や住人たちが、次々とユウマの姿を見つけて色めき立った。
「あ! ユウマくーーん! こないだは本当にありがとね!」
「わ、アヤカさん。いえいえ、皆さん無事で本当に良かったです」
声をかけてきたのは、数日前にダンジョン下層で罠に嵌まり、全滅しかけていたところをユウマに鮮やかに救出された新進気鋭の女性パーティの一員だった。
「キャー! クロちゃん、今日も格好いい! ねえ、ちょっとだけモフらせてぇ?」
「ワン!」
クロドは普段、人間を一切寄せ付けない獰猛な魔獣だが、主であるユウマが信頼している人間に対しては、実にお利口に頭を下げて「撫でてよし」とばかりに尻尾を振る。
ゆっくりと歩くクロドの隣を並走しながら、冒険者のお姉さんたちが代わる代わるその漆黒の毛並みを満面の笑みで撫で回した。
「ユウマ君、今からギルドに行くところ? また凄い素材を持って帰ってきたんでしょう?」
「ええ、まあ。今回は特定のクエストは受けていないので、純粋に魔石と素材の買取だけをしてもらいに行こうかと」
「ねえねえ、あの後、本当にもう一回ミノタウロスを狩りに行ったの?」
「はい! こないだアヤカさんたちに『あそこの肉は最高だよ』って教えてもらったので、試してみたら本当に最高でした。ミノ牛最高!」
「もぉー! そんなよそよそしい話し方しないでよぉ。私のことは『アヤカ』って呼び捨てでいいって言ったじゃん!」
「ははは……じゃあ、アヤカさん、で」
「私はモエカよ! 私のことも覚えてね?」
「私はワカナ! 今度、私たちのパーティの索敵も手伝ってほしいな!」
気づけば、ユウマの周囲には非の打ち所がないほど華やかな数人の女性冒険者たちが群がり、黄色い声を上げながら、まるでアイドルの出待ちのような状態でギルドへと向かう大名行列が出来上がっていた。
「へぇ、ミノタウロスをそんなにたくさん狩れたんだ。やっぱりユウマ君って、本当は凄腕の隠れ強者なんじゃない?」
「いやいや、僕なんてただのポーターですよ。でも、たくさん獲れたので、今度またダンジョン内でばったり会った時には、特製のミノ牛ステーキを皆さんに御馳走しますよ!」
ユウマが爽やかな笑顔でそう提案した瞬間、女性陣のボルテージは最高潮に達した。
「やったぁぁぁ! 約束だからね!?」
「私も絶対食べる! ユウマ君の料理、すっごく美味しいって噂だし!」
「私もよ! もう次のダンジョン探索が楽しみになっちゃった!」
「本当に指切りげんまんだからねぇ!」
腕を絡められんばかりの距離で、香水の甘い香りと弾むような笑顔に囲まれるユウマ。
『焔の剣』にいた頃は、冷たい視線と罵倒しか浴びてこなかった彼である。
(……あれ? なんか僕、今、ものすごくモテてる……のかな?)
無自覚な超人少年ユウマの、本当の価値を知る者たちによる極上の新生活が、今まさに幕を開けようとしていた。




