第22話 元Sランクの金銭感覚「万能のサポート職への報酬は、消耗品の自腹購入を含めて月銀貨50枚
「「そんな人、この世にいるわけないでしょうがぁぁぁ!!!(からぁ!!!)」」
ギルド長と受付嬢メイの、魂の底からの叫びが会議室に木霊した。
彼らが提示した新メンバーへの条件は、戦闘能力を持ち、斥候、料理、魔道具修理、武器のメンテナンス、さらには一晩中の見張りをこなし、挙句の果てに「理不尽に殴っても文句を言わない」という、人間ドックの判定なら即座に生命危機となるレベルの超絶ブラック環境だった。
しかし、そんな怒号を浴びせられてもなお、元Sランクパーティ『焔の剣』の面々はきょとんとした顔をしている。
「ええ? 何をそんなに驚いてるのよ。だって、戦闘以外の雑用は、全部ユウマが当たり前にやってたことだけど……?」
魔法使いのアオイが、小首を傾げて心底不思議そうに呟いた。
その悪びれもしない態度が、逆にギルド長の神経を逆撫でする。ギルド長はあまりの衝撃に頭がクラクラし、デスクの端を強く掴んでなんとか理性を保った。
「お前たち……! そのユウマという少年を、一体全体なんだと思っていたんだ!? 断言するが、奴隷契約の奴隷だって、そこまで過酷な労働はさせんぞぉ!」
「えー? ギルド長、大げさですよ」
弓使いのヒマリが、呆れたように鼻で笑って腕を組む。
「あいつ、レベル1でまともに戦えないただの『ポーター(荷物持ち)』だったんですよ? 私たちが命がけで戦って守ってあげてたんだから、それくらいの雑務をこなして、少しでもパーティに貢献して貰わなきゃ釣り合いが取れないじゃない」
悪意がない。だからこそ恐ろしい。彼女たちは本気で、それが「対等なギルド活動」だと思い込んでいるのだ。
ギルド長は冷や汗を流しながら、一番恐ろしい確認へと踏み切った。
「……そのユウマに、お前たちは一体、いくらの報酬を支払っていたんだ?」
「ん~、そうねぇ。だいたい毎月、固定で銀貨50枚かな?」
アオイがふんぞり返り、自慢げに胸を張って答えた。
銀貨50枚。一般的な宿に泊まり、普通の食事をするだけなら、一人で暮らすには十分な額かもしれない。――だが、彼らは『Sランクパーティ』なのだ。一度の依頼で金貨数十枚、時には数百枚もの大金を稼ぎ出す英雄たちなのだ。
「……固定、だと? まさかお前たち、依頼の難易度や、獲得した魔石の価値に関わらず、一律でそれだけしか払っていなかったのか?」
「そうよ。固定賃金ってやつね。安定してて優しいでしょ?」
アオイは褒められるのを待つ子供のような顔をしている。ギルド長は目眩がした。
「おい、まさかとは思うが……その銀貨50枚というお金の中から、ユウマは次の依頼のための食材や、野営のテント、ポーションなどの消耗品の準備費用も出していたのか?」
「おう、そうだけど?」
ここでリーダーのミナトが、不満げに口を挟んだ。
「あいつさ、予算が足りねえとか何とか言って、俺の剣を研ぐための砥石も、いつも安い三流品しか買って来ねえんだよ。おかげで俺がどれだけ苦労したか。もっと質の良い職人用の砥石を買って来いって、いつも殴って教育してやってたんだぜ?」
(――文句を言うなら、お前が自分で自分の剣のメンテナンス道具を買えぇぇぇ!!!)
叫びたかった。しかし、すでに言葉に出す気力すら奪われ、ギルド長は心の中で激しくツッコむことしかできなかった。
「そうそう! 矢も少ししか買って来ないから、戦闘中にすぐ使い切っちゃうのよね!」
ヒマリも便乗して、ユウマへの不満をぶちまけ始める。
「だから、私が撃ち漏らした矢を、戦闘中にユウマが必死に戦場を走り回って拾いに行ってたんだけど……戻ってくるのが遅くて本当にイライラしたわ。しかも、拾ってきた矢がちょっと曲がってたり、汚れがついてたりして、私の芸術的な弓技に傷がつくのよ? 本当に嫌になっちゃったわ」
(――だったら自分で予備の矢を百本でも買っておけ! そして戦場の中で、お前が自分で敵の攻撃を避けながら拾い集めてこい!!!)
ギルド長の顔が、怒りと絶望で歪んでいく。
「その、わずか銀貨50枚という小銭の中から……パーティの消耗品や武器の調整費用まで出させていたというのか……? そんなことをしたら、ユウマ本人の食費どころか、宿代すら残らんぞ……!」
「ああ、それなら心配ないわよ」
ユイナが思い出したように、軽蔑の色を隠そうともせずに言った。
「あいつ、私たちが依頼の準備用に持たせた食材を、盗み食いするようにちびちび食べてたみたいだし。それに、道中で狩った野生モンスターの肉とかも、勝手に自分で捌いて夜中に焼いて食べてたわ。私たちが贅沢させてあげてるのに、卑しく肉にがっつくなんて、本当に汚らしくて酷い男でしょ?」
「うん、うん」
『焔の剣』のメンバーたちが、一斉にユイナの言葉に深く頷く。
そして――あろうことか、ギルド長の隣に立つ受付嬢メイまでが、一緒になって「本当に酷いですよねぇ」とばかりに、うんうんと深く頷いていた。
(メ、メイ……!? お前、お前もそっち側なのか!?)
「ひ、酷いのはお前等だぁぁぁーーー!!!」
ついにギルド長の堪忍袋の緒が完全に切れた。バンッ!と両手でデスクを激しく叩き、立ち上がる。
「えー! ギルド長、何をそんなに怒ってるんですかぁ? 意味が分かんないです」
回復士のユイナが、本気で怯えたように身を引いた。彼女たちには、自分たちがしている「搾取」の自覚が1ミリもないのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」
ギルド長は激しい動悸に襲われ、頭を抱えて椅子に崩れ落ちた。脳裏に、いつもやつれた顔で、しかし完璧に『焔の剣』をサポートしていたユウマ少年の姿が浮かぶ。彼はレベル1でありながら、超一流の冒険者すら凌駕する『家事・調達・生存スキル』の化け物だったのだ。それを、この無知な天才たちは、ただの無能として放り出した。
(……失敗した。このクズども、ランク降格どころか、今すぐ冒険者証を剥奪して、この都市から永久追放処分にしておくべきだった……!)
あまりの胸糞悪さに、激しい後悔が押し寄せる。しかし、一度下してしまった公式の処分を、個人の感情で今すぐひっくり返すわけにもいかない。
ギルド長は冷酷な冷徹さを目に宿し、彼らを見据えた。
「――お前たちが望むような都合の良いメンバーは、この世のどこにも存在しない。当然、ギルド側からの斡旋も一切不可能だ。新メンバーが欲しいなら、お前たち自身で街に出て、勝手にスカウトしてくるがいい」
「えー? 冷たいなぁ。でもまぁ、いいわよ」
アオイが不満そうに唇を尖らせながらも、楽観的に笑った。
「私たち、降格したって言っても『Aランクパーティ』でしょ? この都市じゃ間違いなくトップランクの英雄なんだから。酒場にでも行って『焔の剣がメンバーを募集してあげる』って言えば、いくらでも優秀な奴が集まってくるに決まってるわ」
「フン……ギルドとしては、一切の手続きの手助けをしないからな」
ギルド長は強い口調で突っぱねた。
アオイや女性陣は「ケチ」とでも言いたげに口をすぼめて不満そうな顔をしたが、ギルド長の迫力に圧されてそれ以上は口に出さなかった。
だが、ギルド長の制裁はこれだけでは終わらない。
「それから、メイ。『焔の剣』に関して、追加の通達だ。――こいつらには、当面の間、特殊個体『デュラハーン討伐』の依頼を除き、Bランク以下の依頼しか受注させるな」
その言葉に、室内が凍りついた。
「えっ!? ギルド長、それはギルドのルールに反します!」
真っ先に声を上げたのは、なぜか受付嬢のメイだった。
「そうだぞ! 俺たちは元Sランク、現Aランクだ! Aランク以上の高難度依頼を達成して、実績を積まないと、Sランクに再昇格できないだろうが!」
ミナトも激昂してテーブルに身を乗り出す。
しかし、ギルド長は彼を冷たく見下ろした。
「うるさい……! さっきの常軌を逸した話を聞いて、お前たちがユウマ抜きで、Aランク以上の依頼を無事に達成できるとは到底思えん! お前たちの実際のパーティ運営能力がどれほどのものか、安全なBランク以下の依頼で当面の間は様子を見させてもらう。これは、ギルド長権限による決定だ!」
「横暴だぁ!」とミナトが叫ぶ。
「酷いわ、嫌がらせよ!」とヒマリが喚く。
「強権反対! 不当な扱いです!」とアオイが野次を飛ばす。
「信じられない……神の教えに背いてるわ……」とユイナが天を仰ぐ。
口々に文句を言う4人。そこへ、さらにメイが必死の形相で詰め寄ってきた。
「そうです、ギルド長! そんなの酷すぎます! 『焔の剣』の皆さんが高額な報酬のAランク依頼を受けられなくなったら……私がいつも皆さんに奢って貰っている、高級レストランのフルコースが食べられなくなっちゃうじゃないですか!私のプライベートのQOLに関わります!」
(お前、やっぱり買収されてたのかぁぁぁ!!!)
ギルド長の怒りが限界を突破し、有形無形の覇気が会議室を満たした。凄まじい威圧感に、部屋の空気が一瞬で重くなる。
「う・る・さ・い……っ!!! 四の五の言うな、これは絶対決定だぁぁぁーーー!!!」
地響きのようなギルド長の咆哮に、さすがの『焔の剣』の4人も、そして高級料理の誘惑に負けていたメイも、完全に蛇に睨まれた蛙のように硬直した。ギルド長の本気の怒りを前にしては、これ以上逆らう肝は持ち合わせていない。
「「「「「……はい」」」」」
5人の消え入りそうな返事が重なった。
ユウマという最強の支えを失い、さらにランク制限という足枷を嵌められた『焔の剣』。彼らが自分たちの致命的な無能さに気づくカウントダウンは、すでに始まっていた。




