第21話 条件:戦闘、斥候、料理、魔道具修理ができて奴隷並みの報酬で働く人。なお私たちは戦うだけです
「――以上が、今回の査定に基づいた決定となります。冒険者パーティ『焔の剣』の皆様。本日付をもちまして、貴方方を最高位のSランクから、Aランクへと降格処分といたします」
冒険者ギルド・中央本部の会議室に、受付嬢メイの冷徹な声が響いた。
かつては英雄と持て囃された若きエリートたちの顔が、一瞬にして屈辱に染まる。
「……チッ。認めりゃいいんだろ、認めりゃあ!」
リーダーの剣士ミナトが、悔しげにテーブルを叩いた。
渋々ながらも降格を受け入れた『焔の剣』の面々に対し、メイは表情一つ変えず、ずっしりと重みのある布袋をテーブルの真ん中に置いた。チャリリ、と鈍い金属音が鳴る。
「では、こちらが今回納品された魔石の買取代金となります。お受け取りください」
その袋を真っ先に引っ掴み、中身を覗き込んだ弓使いのヒマリが、すぐに顔を真っ赤にして叫び声を上げた。
「ちょっとぉ! 何よこれ、少なすぎじゃない!? 計算が間違ってるわよ、絶対に!」
「いいえ。ギルドの算術に間違いはありません」
冷淡に言い放つメイの瞳には、かつての敬意など微塵も残っていない。ただ事務的に、淡々と事実を突きつける。
「持ち込まれた魔石の3分の1は、解体の際、内部の核に大きな傷がついていました。魔石取り出しの『失敗作』です。その分の価値は大幅に下がっておりますので、妥当な金額かと」
「な、なんですって……!?」
ヒマリが絶句する。彼女たちの常識では、魔石などモンスターを倒せば自動的に手に入る『戦利品』でしかなかったのだ。
「もし買取価格にご不満であれば、キャンセルも可能ですよ? その傷だらけの魔石をそのままお返ししますが、どうなさいますか?」
「くそっ、文句ねえよ……! それでいい!」
ミナトが苦々しく吐き捨てた。今さら傷物の魔石を返されても、自分たちでは売る宛てもない。
「……しょうがないわね。私もそれでいいわよ」
ヒマリも不満げに腕を組んでそっぽを向く。
「はぁーあ。命がけで戦って、これっぽっちかぁ……」
魔法使いのアオイが退屈そうにため息をついた。
そんな中、パーティの回復士であるユイナだけは、一言も発さずに俯いている。彼女はそもそも「汚いし臭うから」という理由で、モンスターの解体作業自体を完全拒否していた。今回は一切働いていないため、分け前を主張する権利すらないのだ。
そんな4人の様子を、デスクの奥からじっと観察していたギルド長が、深く椅子に背を預けながら口を開いた。
「さて、金の話は終わりだ。本題に入ろう。――ミナト、お前たちは特殊個体『デュラハーン』の討伐任務をこのまま諦めるのか? もし辞退するというなら、他の一流パーティに手配を回さねばならんのだが」
「は? 諦めるわけねえだろ!」
ミナトが身を乗り出し、ギルド長を睨みつける。
「リベンジよ、リベンジ! あんな首なしバケモノに、この私が不覚を取ったままでいられるわけないじゃない!」
ヒマリも便乗して拳を握りしめる。二人のプライドは、前回の敗北によってズタズタだった。何が何でも汚名を返上したいのだろう。
その一方で、ユイナは思い出しただけでも恐怖に震えるといった様子で不安げに身を縮め、アオイは爪をいじりながら「どっちでもいいけどー」と興味なさそうに呟いた。足並みはガタガタだ。
「……分かった。そこまで言うなら、お前たちに任せよう」
ギルド長は内心でため息をつきながら頷いた。実力だけはある。だが、あまりにも致命的な『穴』があることに、この若き天才たちは気づいていない。
「話が早くて助かるぜ。それでだな、ギルド長。次の戦いに向けて、新メンバーを補填したい。ギルドの方でいい人材を斡旋してくれ」
「ふむ。新メンバーか。どのような人材を求めている?」
ギルド長が問いかけると、ミナトは自信満々に胸を張った。
「先ず、まともに前線で戦える奴だ。こないだクビにしたユウマの奴みたいに、レベル1の無能じゃ足手纏いになるからな。武器の流派は何でもいい。強力な攻撃魔法の使い手でもいいし、何なら敵の攻撃を避けるのが抜群に上手い前衛でもいい」
「なるほど、流すが『焔の剣』だな。火力と前衛の厚みを求めるか。攻撃方法は問わないのだな。よし、早速募集を――」
「ちょっと待った! ギルド長、ここからの条件が最重要なんだよ」
ミナトがニヤリと笑って人差し指を立てる。
ギルド長は眉をひそめた。
「ん? どんな条件だ?」
「まず、迷宮のマップ作成ができて、完璧な道案内ができる奴だ」
「そうそう、探索能力が高い人ね。私たちが奇襲を受けないように、モンスターの接近を事前に察知できなきゃダメだわ」
「当然、道中の罠も全部探知して、迅速に解除してくれないと困るわね」
「あとぉ、鍵付きの宝箱の解錠もプロ級じゃないとダメよ?」
ミナト、アオイ、ユイナ、ヒマリの順で、流れるように条件が追加されていく。
ギルド長は、手元の書類に目を落としながらペンを走らせた。
(なるほど。前衛特化、あるいは魔術特化の『探索者』か『盗賊』、もしくは『狩人』のスキル保持者だな。……待てよ? これまでは、その役目をすべて、彼らがクビにしたというユウマという少年が一人でこなしていたのでは……?)
ギルド長の脳裏に、いつも大きな荷物を背負って、黙々と彼らの後ろを歩いていた影の薄い少年の姿が浮かぶ。合点がいった。彼らがこれまでSランクとして無敗を誇っていたのは、その少年の完璧なナビゲートがあったからだ。
「……条件はそれだけか?」
「まさか! まだまだあるわよ!」
ヒマリが我が物顔で声を張り上げる。
ギルド長は微かに胃のあたりが痛むのを覚えた。
(まだあるのか……? ユウマとやらは、一体どれほどの無理難題を押し付けられていたんだ?)
「魔道具を扱う深い知識が必須ね。私たちが戦いに集中できるように、適切なタイミングで結界の魔道具とかを発動して貰わないと」
「そうね。ついでに、その魔道具が戦闘中に壊れたら、その場で修理してくれる技術も欲しいわ」
(……は? 即席で魔道具を修理する? おいおい、それは『錬金術師』の領域だろうが)
「あと、野営の準備も1人で全部やって欲しいわ。私たちが疲れてるんだから、当然テント張りから火起こしまで、全部そいつの仕事ね」
(待て待て、それは『使用人』か『奴隷』の仕事だろ!)
「解体のスキルも必須よ。さっき言われたような、臭くて汚いアンデッドの解体とか、魔石の取り出しは、その新メンバーが1人でやるべきだわ」
(おいおいおい! それはただの『ごみ収集作業員』か『3K労働者』だ!)
「そうだな。あと、事前に戦う敵の情報をしっかり集めておいて欲しい。弱点属性とか、正確な出現場所とか、生息数とかな」
(おいおいおいおい! それは高名な『モンスター学者』でも雇えと言っているのか!?)
「それから、私たちが食べる料理も作って欲しいから、高い調理スキルが必要ね。美味しいものを食べないと元気が出ないもの」
(……シェフかよっ!!)
「あ、それと俺の武器の調整もだな。戦闘が終わるたびに、大剣をピカピカに研いでおいて貰わなきゃ困る」
(研ぎ師かよっ!!!)
「戦闘中も重要よ? 私が弓を構えたら、敵の弱点に合わせた属性の矢を、絶妙なタイミングで手元に手渡して欲しいわ」
(んん!? 戦闘中に、前線で、矢のディスペンサーになれと? そこまで介護を求めるのか!?)
ギルド長はツッコミが追いつかなくなり、頭痛を覚えて額を押さえた。横に立つ受付嬢メイの顔からも、完全にハイライトが消えている。
「あ、最後の条件ね。――そいつに支払う『報酬の分け前』は、極端に少ない方が良いわ」
アオイが平然と言い放った。
さすがのギルド長も、これには絶句して思わず口を挟んだ。
「……おいおい。お前たち、何を言っているんだ? そこまでの万能超人に、相応の報酬を支払わないというのか?」
「だって、当然じゃない」
アオイはさも当然というように、指を折り曲げながら説明する。
「その浮いたお金で、私たちの弱点を補うための、強力な属性武器を用意して貰わなきゃダメだもん」
「そうよ。そのお金で、高級な食材や野営の準備、ポーションの買い出しも全部そいつの自腹でして貰わなきゃ、私たちが困るじゃない」
「奴隷かよっ!!!」
激しい怒りと呆れのあまり、ギルド長はいつの間にか自分の「心の声」と「実際に話している声」が逆転していることにすら気づいていなかった。だが、『焔の剣』の面々はそんなギルド長の困惑などどこ吹く風だ。
「当然、野営中の夜間の見張りは、その新メンバーが1人で一晩中やって貰わないとね。私たちは明日の戦闘に備えて、ぐっすり枕を高くして眠りたいんだから」
「ゴーレムかよっ!!! 人間は寝ないと死ぬんだぞ!?」
「それとぉ、私たちの作戦にいちいち口を出したり、煩く言わない従順な人でぇ――」
「あと、私たちがイライラして、ちょっとくらい殴ったり蹴ったりしても、絶対に文句を言わない人!」
「「そんな人、この世にいるわけないでしょうがぁぁぁ!!!(からぁ!!!)」」
ついに限界を迎えたギルド長と、隣の受付嬢メイの声が、完璧にシンクロして会議室に響き渡った。卓上の書類がびりびりと震えるほどの怒声だった。
「はぁ、はぁ……っ」
肩で息をするギルド長は、怒りを通り越して、もはや憐れみの目で彼らを見つめた。
彼らが求めているのは、戦闘能力が高く、斥候ができて、錬金術が使えて、家事万能で、学術知識があり、無給で働き、暴力に耐え、寝なくても平気な、都合のいい人形だ。
「……お前たち。そこまで全部他人にやらせて、自分たちは一体何をやるつもりなんだ?」
呆れ果てたギルド長の問いに、『焔の剣』の4人は、不思議そうに顔を見合わせ――そして、寸分の狂いもなく声を揃えて、満面の笑みで言い放った。
「「「「勿論、カッコよく戦闘して、トドメを刺すことだけど?」」」」
静寂が、会議室を支配した。
ギルド長はゆっくりと天を仰ぎ、そっと眼鏡を外して、目頭を押さえた。
「ダメだ、こりゃ……」
彼らが「無能の足手纏い」として追放した少年ユウマが、どれほどの異常な傑物であったか。そして、彼を失った『焔の剣』が、次のダンジョンでどれほど無様に破滅することになるか。
それを確信したギルド長は、静かに新メンバーの募集要項(という名の、誰も応募してこないであろう白紙の紙)を机に引き出しへと仕舞うのだった。




