第20話 宣誓書の内容すら把握していない元パーティ、その頃彼らは試用期間のペナルティでAランクへ叩き落とされる
「いいかげんにしろ! 今回のSランク昇格には『試用期間』があると、俺は最初にしっかりと説明したはずだぞ!!」
ギルド長室に、老雄の怒号がバリバリと響き渡った。
机を叩いて立ち上がったギルド長の気迫に、ソファーで憤慨していたはずの『焔の剣』の面々は思わず肩をビクリと震わせる。しかし、目の前の現実に納得がいかないリーダーのミナトは、顔を真っ赤にして言い返した。
「は、はぁ!? 試用期間だぁ!? そんなの聞いてねえし! おい、お前ら、こんな話聞いてたかよ!?」
ミナトが慌てて後ろの女性陣を振り返る。
「知らないよ! 初耳だし!」
ヒマリが即座に不満げな声を上げ、アオイも冷ややかな目でギルド長を睨み据えた。
「私もそんな説明、これっぽっちも覚えていないわね」
「私は、その……言われたような、言われてないような……」
丸椅子に座ったユイナだけが、気まずそうに視線を泳がせる。
実は彼女、下半身が完全なるノーパンであるため、下腹部に力を入れないよう必死で、会話に集中するどころではなかったのだ。
「クソッ、どいつもこいつも役に立たねえな! ――おいユウマ! お前なら聞いてたろ! 宣誓書の内容はどうなってんだぁ!!」
ミナトはいつもの癖で、執務室の入り口近くに向かって怒鳴り散らした。
これまでパーティに不都合な事務手続きや、面倒な規約の確認は、すべて「無能の荷物持ち」に押し付けて怒鳴れば解決していたのだ。ミナトの脳は、完全にその頃の感覚のまま動いていた。
しかし、返ってくるはずの少年の冷静な声は響かない。
代わりに、ユイナが心底呆れ返ったような声を、蚊の鳴くような音量で返してきた。
「だ・か・ら……ユウマはミナトがクビにして置き去りにしたから、ここにいないってば……」
「あ、ああ……そうだった、クソッ……!」
ミナトは苦虫を100匹くらい噛み潰したような、猛烈にバツの悪い顔をして唇を噛んだ。
そんな元トップパーティのあまりの醜態に、ギルド長は深いため息を吐き、蔑むような視線を向ける。
「おい、ミナト。そんな調子だからお前たちは何も覚えていないんだ。ユウマに、あらゆる雑用や面倒事をすべて押し付けて丸投げしていたから、自分たちがサインした書類の内容すら把握していない。お前たちが自分でサインした『宣誓書の控え』がそのアイテムバッグの中にあるはずだ。今すぐ出して自分の目で見てみろ!」
ギルド長に一喝され、ミナトは慌ててヒマリを小突いた。
「ヒ、ヒマリ! アイテムバッグだ! その中に控えがあるか探せ!」
「えーっ、もう……。ん、これかな?」
不機嫌そうにヒマリがバッグの奥底へ手を突っ込み、クシャクシャになった数枚の羊皮紙を引っ張り出す。
「どれ、貸せ!」
ミナトはその書類をひったくるように奪い取り、血眼になって文字を追った。
そこには確かに、ミナト自身の直筆のサインと、ギルドの魔力刻印が押された【Sランク昇格における試用期間の特例】の条項が、これでもかと明確に記載されていた。
『この王都所属パーティが当都市において一度も依頼未達成がない点を評価し、Sランクへ暫定昇格とする。ただし、一部から「時期尚早」との声があるため、Aランク以上の依頼を10回連続で失敗せず達成するまでは試用期間とする。万が一、期間内に一度でも未達成、あるいは失敗があった場合、即座に特例を廃止し、本来の実績に見合ったAランクへと降格処分とする――』
「む、むむむ……本当だ……。嘘だろ、信じられん……っ」
ミナトの手がガタガタと震え出す。
「どれどれ?」
「ちょっと見せてよ!」
ヒマリとアオイ、そしてユイナもミナトの脇から身を乗り出し、その控えの書類を覗き込んだ。
「うへっ、マジじゃんこれ……!」
ヒマリが顔を引きつらせ、アオイは額を押さえて絶望的な声を出す。
「……嘘でしょう。どうするのよこれ、格好がつかないじゃない」
「やっぱりぃ……。あの時、ユウマが何か言ってた気がしたのよね……」
ユイナが涙目で呟く。
そう、この宣誓の儀のとき、ユウマはミナトたちの後ろで「この10回の依頼は絶対に落とせませんからね」と注意喚起をしてくれていたのだ。それを「うるさい無能が口を挟むな」と殴り飛ばして聞き流したのは、他でもないミナト自身だった。
「チクショー!! 分かったよ、控えがあったなら認めざるを得ねえ! だが、次の依頼をすぐに達成すれば、またSランクに速攻で戻れるんだろう!?」
ミナトはどこまでも頭が悪かった。常に自分にとって都合の良い解釈をして、最悪の現実から目を背けようと必死に喚き散らす。
だが、ギルド長はそんな甘えを一切許さなかった。
「何を馬鹿なことを言っている。そんなわけが無かろう。特例措置が通常に戻っただけだ。お前たちは今、ただのAランク冒険者だ。これからは地道に、他の冒険者と同じようにAランクの実績を積み重ねるんだな」
「なにぃい!? くっそぉおおお!! ふざけるな、だったらこんなケチのついた街、こっちから出て行ってやる! 他の都市に行ってSランクとして大歓迎されてやるよ!!」
ミナトが負け惜しみを叫び、椅子を蹴り立てて立ち上がろうとした、その瞬間。
「ほう? そう来るか。……穏便に済ませてやろうと思っておったが、お前がその気なら、こちらも相応の対応をせねばなるまいな」
ギルド長の眼光が、一瞬にして冷酷な狩人のものへと変わった。凄まじい威圧感が部屋を満たし、ミナトの動きをピタリと止める。
「な、なんだよう……」
気圧されたミナトが思わず一歩後退ると、ギルド長はデスクに両肘を突き、組んだ手の隙間から鋭い視線を突き刺した。
「お主ら。戦う力のないポーターのユウマを、魔物が跋扈するダンジョン深層に置き去りにして、自分たちだけで逃げ帰ってきたそうだな?」
「っ……!? な、何を根拠に、そんなデタラメを……!」
ミナトが必死に動揺を隠そうと言葉を紡ぐが、ギルド長はその言葉を完全に遮るように、部屋全体を震わせるほどの大声で言葉を被せた。
「黙れ!! Eランク冒険者であり、戦闘スキルのないレベル1のポーターを、そんな深層に置き去りにしたということは、この冒険者ギルドの規約において『殺害を意図した行為』と同義だ!!」
「そ、そんなの嘘だ! あいつが勝手にやられたんだ!」
「嘘なものか! ユウマが自力で生きて帰ってきた後、お主らはギルドに『ユウマは殺された』と平然と嘘の報告をした! さらにあいつが生きていると知るや否や、今度は保身のために『ユウマはアンデッドの化け物だ』と触れ回って殺そうとしただろうが!! 往生際が悪いぞ!」
「ぬ……ぬぬっ……! だったら、だったらどうしようって言うんだよ! あいつは生きてるんだろ! だったら罪にはならねえはずだ!」
顔を般若のように歪めて開き直るミナト。
そんな彼の元へ、ギルド長は冷徹極まりない宣告を叩きつけた。
「お前たち『焔の剣』全員を、本日をもって――『冒険者資格の永久剥奪』の上、この都市からの『強制追放』処分とする。どこへでも好きな国へ行くがいい! ただし、この大陸すべてのギルドでお前たちの悪名は共有される。二度と冒険者として活動することは出来んと思え!」
「「「「冒険者証、剥奪っ!?」」」」
『焔の剣』の4人の絶叫が、綺麗に重なった。
あまりの衝撃に、アオイもヒマリもソファーから転げ落ちそうになり、ユイナにいたってはノーパンの恥ずかしさも忘れてガタガタと震え出した。
「ま、不味いよ、ミナト! 剥奪なんてされたら人生終わりだよ!」
ヒマリがミナトの服の袖を掴んで必死に引っ張る。
「Sランクから一気に無職……? 冗談じゃないわ、私は絶対にイヤよ! 冒険者でいたい!」
アオイもプライドをかなぐり捨ててミナトに詰め寄った。
「ミナト、何とかしてよぉ……! 追放なんて嫌だよぅ!」
ユイナも半泣きで懇願する。
ギルド長は、そんな崩壊寸前の4人を見下ろし、最後に小さくため息を吐いた。
「……いいか、よく聞け。被害者であるユウマ本人が、事を荒立てる気はないと言ってくれたから、今回はこの処分を保留にしてやっているのだ。あいつの慈悲に感謝するんだな。大人しくこの都市に留まり、身の程を弁えてAランクの実績を一から重ねるか、今すぐここで冒険者証を叩き割られて路頭に迷うか、選べ!」
「くっ……! くそっ……! 分かったよ、分かった、大人しくしてりゃいいんだろ……っ!」
ミナトは血が出るほどに唇を噛み締め、ソファーへ崩れ落ちるように座り直した。完全なる敗北だった。
その時、タイミングを見計らったかのように、コンコンと静かにドアがノックされ、お茶のトレイを持った受付嬢のメイが部屋に入ってきた。
「失礼します……。お茶をお持ちしました……」
メイの顔は完全に引きつっており、ミナトを見る目は完全に冷め切っていた。
ギルド長はそんな彼女に声をかける。
「メイ、『焔の剣』の新しいAランク冒険者証は持ってきているか?」
「はい。こちらになります」
メイはトレイから、これまで彼らが持っていた輝かしい金色のプレートではなく、一段落ちた『銀色』のAランク冒険者証を4枚、テーブルの上に冷たく並べた。
「くっそぉおおおおお!!」
ミナトは悔しさに顔を歪めながら、その銀色のプレートをひったくるように受け取った。
アオイもヒマリもユイナも、言葉にできないほどの屈辱と絶望の表情を浮かべながら、自分たちの新しい『Aランク冒険者証』を手に取る。
ユウマという完璧なブレーキを失った結果、彼らはその誇りと下着を同時に失い、どん底の平民へと叩き落とされるのだった。




