第19話 まさかの未達成で一発降格を言い渡される元パーティ、その頃彼らは極限状態のノーパンでギルド長に吠えまくる
冒険者ギルドの男子トイレ。
その個室のドアをほんの数センチだけ開き、隙間からギルドロビーの様子を血走った目で窺っている男がいた。
この街の英雄(笑)であり、高潔なるSランク冒険者パーティー『焔の剣』のリーダー、剣士ミナトである。
「くそっ、まだあのカノンたちの群れがいやがるな……。早く消え失せろ……」
同じ頃、女子トイレの扉の隙間からも、3つの瞳がギルド内を熱心に確認していた。魔法使いのアオイ、弓使いのヒマリ、そして回復士のユイナだ。
ちなみに、最年少で一番どんくさい回復士のユイナは、個室が2つしかない女子トイレのサバイバルレースに完全に出遅れていた。アオイとヒマリに容赦なく先を越され、涙目でドアを叩き続けたものの、結果は無情にも――ギリギリで、完全なアウトだった。
そう、ユイナは今、人知れずノーパン(・・・)である。
だが悲劇は彼女だけではなかった。先ほど「間に合った」と自分に言い聞かせていたリーダーのミナトも、実はしっかりと少し漏らしていたため、男子トイレのゴミ箱にプライド(下着)を捨ててきたばかりだった。
つまり、この高貴なるSランクパーティの主力2名は、現在進行形で下半身が大変に心許ない極限状態のノーパンなのだ。
「よし、カノンたちの姿が見えなくなったな。行くぞ」
ミナトは受付嬢メイの前から自分たちを白い目で見ていた冒険者たちが捌けたのを確認すると、何食わぬ顔でロビーへと戻った。
そして、未だにメイの前に並んでいる一般の冒険者たちの列など完全に無視し、堂々と受付の最前線へと割り込んでいく。アオイ、ヒマリ、ユイナの3人も、周囲の視線から逃れるようにそそくさとミナトの後ろにピタリとついた。
「ちょっと御免よ!」
ミナトはまさに今、依頼の受注手続き中だった中堅の冒険者を強引に肩で押し退け、メイの正面に立った。
理不尽に弾き飛ばされた冒険者は「何なんだよぉ!」と怒りに満ちた顔をするが、相手が最上位のSランク冒険者だと気づくと、逆らう恐怖からそれ以上は何も言えずに口を噤んだ。
「メイ、さっきは取り乱して悪かったな。とにかく連日の強行軍で眠くて死にそうなんだ。早く宿に帰りたいから、この素材の買い取り手続きを先に頼む」
ミナトは尊大な態度を崩さないまま、自身の冒険者証と、アイテムバッグから引っ張り出したゾンビの魔石の山を受付カウンターに乱雑に置いた。
後ろに続くアオイ、ヒマリ、ユイナの3人も、泥に汚れた自分たちの冒険者証をカウンターへ差し出す。
メイは複雑な表情を浮かべながら、彼らの冒険者証と血に汚れた魔石を受け取った。その目は、かつてのように憧れのミナトを見るキラキラしたものではなく、どこか冷ややかで不審に満ちたものに変わっている。
「……お預かりします、ミナトさん。ですがその前に、ギルド長から早急に話があるそうです。2階の執務室でお待ちですので、今すぐ上へ上がってください」
「チッ……。疲れてるから一刻も早く帰って泥のように眠りたかったのだがな。ギルド長の呼び出しとあっちゃあ、しょうが無いか」
ミナトはあからさまに嫌悪感を隠さず、舌打ちをしながら頭を掻いた。
「えー……嘘でしょぉ? もう目がしょぼしょぼして限界なんだけどぉ……」
アオイは重い瞼を必死に持ち上げながら、不満を漏らす。
「本当、面倒臭いよぉ! なんで私たちがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
ヒマリも不機嫌さを隠そうともせず、声を荒げた。
「……」
そして、一番後ろで完全に一言も発さないユイナ。
(下着を穿いてないから、一秒でも早くここを離れて宿屋に帰りたいんだけどぉお!?)という魂の叫びが喉元まで出かかっていたが、恥ずかしさのあまり声にならず、ただ顔をリンゴのように真っ赤にして俯くことしかできなかった。
4人は重い足取りを引き摺り、渋々といった様子で2階にあるギルド長の執務室の重厚な扉を叩いた。
「失礼します」
部屋に入ると、デスクの奥に座る老齢のギルド長が、これまでに見たこともないような酷く苦い顔で彼らを迎えた。
「ああ、戻ったか。……まあ、そこに座ってくれ」
重々しい着席の促しに、ミナトとヒマリが2人掛けのふかふかしたソファーにどっかりと腰掛けた。アオイとユイナは、その脇に用意された丸椅子に身体を預ける。
「一体、どんな急用があるんですか? さっきもメイに言いましたが、俺たちは深層の戦闘で疲れ果ててるんです。早く帰らせてくれませんかね」
ミナトはソファーの背もたれにふんぞり返り、不機嫌そのものの顔でギルド長を睨みつけた。
「そうよぉ、眠くて死にそうなんだけどぉ?」
アオイにいたっては、すでに瞼が重すぎて目が半分しか開いていない。丸椅子の背もたれにだらしなく寄り掛かり、死んだ魚のような目でギルド長を見つめている。
そんな4人の態度を前にしても、ギルド長は眉一つ動かさなかった。ただ、冷徹な現実を告げるために、ミナトの目をじっと見詰め、深いシワの刻まれた真剣な顔で口を開いた。
「そうか。お前たちが疲労困憊なのは見れば分かる。ならば、こちらも回りくどい言い方はせず、手っ取り早く本題を言おうか」
ギルド長はデスクの上の書類をパタンと閉じた。
「今回の特例依頼――キラーデュラハン討伐だが、期日までに達成の報告がなかった。したがって『期限切れによる依頼未達成』となり、規約に基づき……『焔の剣』は、本日をもって全員Aランクへ一発降格処分とする」
「……はぁっ!?」
静まり返った執務室に、ミナトの狂ったような絶叫が木霊した。
あまりの衝撃に、下半身のノーパンの冷え込みも、数日間の連徹による致命的な眠気も、一瞬で宇宙の彼方へと吹き飛んでいた。ミナトはソファーから勢いよく立ち上がり、デスクを強く叩いて声を荒げる。
「ふざけるな! 聞いて無いぞそんな話ぉ! 大体、俺たちは街の英雄たるSランクパーティだぞ!? たった1回、不可抗力の未達成があったくらいで降格なんて、絶対におかしいだろうが!」
「そうよ、あり得ないわ! どう言う事よギルド長! 私たちのこれまでの貢献を何だと思ってるの!?」
ヒマリもソファーを蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、ギルド長に狂ったように食って掛かる。
「……冗談じゃ無いわよ。何かの間違いでしょう?」
さっきまで死にかけていたアオイの眠気も完全に消失していた。その瞳には青い怒りの炎が揺らめき、低く冷酷な声でギルド長を激しく睨みつける。
「……っ! ……っ!」
そして、ユイナ。声にこそ出せなかったが、彼女も怒りと屈辱で小さな身体をガタガタと激しく震わせ、今にもギルド長に掴みかからんばかりの形相でその老人を睨み据えていた。
これまでユウマが裏で完璧にこなしていた『依頼の期日管理』や『最適ルートの進行』。それを失った代償が、今、彼らの誇り高き「Sランク」というブランドを容赦なく剥ぎ取ろうとしていた。しかし、その原因が自分たちの無能さにあるとは、今の彼らには知る由もなかった。




