第18話 嘘の死亡報告で俺をアンデッドに仕立て上げる元パーティ、その頃彼らは限界を迎えてギルドのトイレで絶叫する
ある日の朝。薄暗く呪われたダンジョン『亡霊洞窟』の地上出口から、泥を捏ね回したようなドロドロの集団が這い出てきた。
この街の英雄であり、輝かしい王都のエリート――。最高峰のSランク冒険者パーティー『焔の剣』の面々である。
だが、かつての見る影はどこにもない。
装備はズタズタに引き裂かれてボロボロ、顔は土気色に汚れ、4人揃って骸骨のように痩せ細りながらヨロヨロと幽霊の足取りで歩いている。
この数日間、彼らはろくな調理も下処理もされていない、表面だけが炭になった硬いオーク肉ばかりを貪り食っていた。当然、そんな不衛生な食事を続ければどうなるかなど火を見るより明らかである。
「う、ぅ……腹が、腹が鳴り止まねえ……ッ」
リーダーであり、自称最強の剣士ミナトは、波のように押し寄せる激烈な腹痛と下痢に耐えていた。
今ここで一瞬でも気を緩めれば、Sランク冒険者としてのプライドと、人間としての尊厳が同時に崩壊する。ミナトは必死にお尻の穴に全精力を注ぎ込み、尋常ではないレベルでギチギチに力を入れて、不自然極まりない内股のペンギン歩きで進むしかなかった。
「ひ、日差しが眩しすぎて、目が、目が痛いぜ……」
「やっと……やっと出られたぁ……地獄だった……」
「もう、いやぁ……。早くふかふかのベッドで寝たい……」
「ね、眠いわ……。魔力が空っぽよ……」
ゾンビ映画からそのまま飛び出してきたかのような悲惨な姿のまま、『焔の剣』の4人は、縋るような思いで街の中央通りを抜け、冒険者ギルドへと向かった。
その頃、冒険者ギルドのロビーでは。
看板受付嬢のメイが、朝一番からそわそわと落ち着かない様子で、正面の重厚な扉を何度も見つめていた。
(今日こそ……今日こそミナトさんたちが、あの『キラーデュラハン』の首を掲げて凱旋してくるわ! そうすれば、あの無能ポーターのユウマが流した『殴られて置き去りにされた』なんて悪質な嘘も、全部綺麗に証明されるんだから!)
メイは自分の未来の旦那候補であるミナトの輝かしい勝利を今か今かと待ち望んでいたのだ。
ガタッ……バタン!!
その時、ギルドの扉が弱々しく開閉され、死臭と泥の臭いをまとった4人組がロビーへと転がり込んできた。
「ミ、ミナトさん!? ど、どうしたんですかぁあああ!?」
思い描いていた輝かしい凱旋とはあまりにもかけ離れた惨状に、メイは悲鳴を上げてカウンターから飛び出し、慌てて駆け寄った。
「メイ、すまん……。ポーターのユウマがダンジョン内で死んで、そのせいで依頼を達成できなかったんだ……」
ミナトは青白い顔のまま、悲劇のヒーローのような深刻な表情を作って声を絞り出した。
「え……? ユウマが、死んだ……?」
メイが目を見開く。ミナトは待ってましたとばかりに、事前に仲間内で口裏を合わせておいた「嘘の報告」を、さも真実であるかのように滔々と語り始めた。
「ああ、もう少しで依頼の特殊個体、キラーデュラハンを討伐できるところだったんだ。だが、戦いの最中にレベル1の無能ポーターであるユウマの奴が足手まといになって、魔物にやられそうになりやがってね……。俺たちが必死に庇ったんだが、力及ばず、ユウマはキラーデュラハンに無惨に殺されてしまった。俺たちも奴を助けようとして深い傷を負い、涙を飲んで引き揚げて来るしかなかったんだ」
「ユウマは、……本当に殺されてしまったのね?」
「そうだ。本当に無念だよ。俺たちの実力不足で、可哀想に、あいつを助けられなかった……。だが、俺たちは諦めない。これから宿で一休みして万全の態勢を整えたら、すぐにでも愛する仲間の仇を討ちに、再びダンジョンへ向かうさ!」
悲痛な表情で、いかにも「仲間想いの熱いリーダー」を演じるミナト。
しかし、その言葉を聞いたメイは、感動するどころか、完全に頭の上に大量の疑問符を浮かべて首を傾げた。
「……え? でも、ユウマは生きてるわよ?」
「「「「はあっ!?」」」」
4人の声が見事にハモった。その顔は驚愕で完全に引きつっている。
「な、何言ってるのよ! レベル1のEランク冒険者の雑用係が、あそこ(・・3区)から生きて帰れる訳無いでしょ!!」
あまりの衝撃に、口裏合わせを忘れた弓使いのヒマリが、思わず大声を張り上げてしまった。
「あそこ……? 帰れる……?」
メイは聞き捨てならない単語に、ピクリと猫耳を動かし、不審そうな目でヒマリをじろりと睨みつける。
「い、いやいや! なんでもないわ、こっちの話よ! そう、ただの動揺よ!」
魔法使いのアオイが慌ててメイとヒマリの間に割り込み、必死に話を誤魔化そうと冷や汗を流す。
「そ、それで、本当にユウマが生きてるの……?」
回復士のユイナが、信じられない現実におびえながらメイに尋ねた。
「生きてますよ。数日前にぴんぴんした状態でここに来ました。従魔登録までしていきましたよ」
メイの確定申告に、ミナトの脳裏に最悪のシナリオが浮かび上がった。
あいつが生きて帰ってきたということは、俺が殴って深層に置き去りにしたという真実が、すでにギルドに露見しているのではないか。Sランクの地位が、俺の栄光が、すべて崩壊してしまう――!
極限の焦燥感と恐怖から、ミナトの口から信じられないような早口の邪推が飛び出した。
「ユ、ユウマはレベル1のEランク冒険者だ! そんな無能が自力であの深層から五体満足で出られるはずが無い!……そうだ! 分かったぞ! あいつはきっと、ダンジョンの呪いで『アンデッド』に成り果てたんだ! そうに決まっている! 人間に化けて街に紛れ込んだ化け物だ! ユウマは俺たちが責任を取って、元仲間として討伐してやる!!」
「ええっ!? ユウマがアンデッド!? そう言えばあいつ、大きなブラックドッグ(魔獣)と一緒にいたわ……!」
ミナトの必死の形相に圧され、驚いたメイも思わず大きな声を上げてしまう。
ロビーの空気が、最悪の方向へと流れようとした、その時だった。
「――ちょっと待ちなさいよ!!」
その声を遮るように、鋭く凛とした一喝が響き渡った。
ロビーの奥から歩み出てきたのは、『風月の戦乙女』のリーダー、カノンである。
「ミナト、あんた今、何て言った? ユウマ君がアンデッドの訳ないじゃない! この数日間、彼にダンジョン内で助けてもらった冒険者がどれだけいると思ってるのよ!」
「そうです! ユウマさんには、私もオークの群れから命を救っていただきました! アンデッドの化け物が、衣服を剥ぎ取られた人間の冒険者を優しく助けて、さらに私を気遣って予備の服まで手配してくれるなんて、あり得ません! 自分の無能を棚に上げて、変な言いがかりをつけないでください!!」
カノンの後ろから飛び出してきたのは、新加入したばかりのミウだ。彼女は顔を真っ赤にして怒りを爆発させ、叫びながらメイとミナトの元へと詰め寄った。
「そうだそうだ!」
「俺たちも昨日、コボルトの群れに囲まれて全滅しかけてたところを、ユウマに救われたんだぞ!」
「あんなに温かくて美味しいスープを作ってご馳走してくれる人が、アンデッドであるはずがないわよ!」
ちょうどこの時間帯は、朝の依頼書がボードに貼り出され、多くの冒険者たちがギルドに集まるタイミングだった。
ユウマが『魔獣の窟』で気まぐれに、そして圧倒的なチート能力で助けまくっていた数多くの冒険者たちが、偶然にもその場に大勢居合わせていたのである。
一瞬にして、ギルド内の冒険者たちが『焔の剣』を取り囲むように集まってきた。全員の目が、ミナトたちへの不信感と怒りに燃えている。
「くっ……。な、何らかの方法で生き残っていたのかも知れん……。俺の勘違いだったようだ……」
周囲からの冷ややかな視線と圧倒的な多勢に無勢を察し、剣士ミナトは真っ青な顔で顰め面を作りながら、這う這うの体で前言を撤回した。
「そ、そうね……。生きてたなら良かったわ(何で、何であの無能の雑用係が、こんなに大勢の冒険者に慕われてるのよぉおお!?)」
魔法使いのアオイは、激しい嫉妬と混乱で脳内をめちゃくちゃにされながら、引きつった笑顔を浮かべるのが精一杯だった。
ギュルルル、ギュルギュルルウウウウウ!!!
その瞬間、ミナトの限界を迎えていた腸内環境が、最悪のファンファーレを奏でた。
冷や汗が一気に吹き出し、せっかく引っ込んでいた激痛がメガトン級の破壊力となって襲いかかる。もうお尻に力を入れるとかそういうレベルではない。
「ちょ、ちょっとトイレええええええ!!!」
ミナトはプライドも何もかも投げ出し、周囲の冒険者たちを必死に押し退けながら、内股のまま猛ダッシュでギルドのトイレへと急行した。
「「「あっ、ちょっと、私たちも――!!」」」
その音を合図にしたかのように、アオイ、ユイナ、ヒマリの3人の下腹部にも、同時に激痛の雷が落ちた。炭肉の呪いである。
3人もなりふり構わず、スカートを揺らしながら女子トイレへと狂ったように駆け込んだ。
しかし、冒険者ギルドの女子トイレの個室は、たったの2つだけ。
「は、早く出てよぉ! 早く! 漏れる、漏れるからぁああ!」
ドンドンドン!!!
完全にタッチの差で溢れた一番どんくさいユイナが、涙目になりながら狂ったようにトイレの扉を叩き散らす。
一方、男子トイレの個室になんとか滑り込んだミナト。
「ふはぁああ! ま、間に合っ――……あ。ちょっと、ちょっと漏れた……」
危機一髪で便座に腰掛けたものの、パンツに少しだけ茶色いシミを作ってしまい、便器の上で世界の終わりを迎えたような顔で静かに涙を流すミナト。
「漏れるうううううううう! お願いだから早くぅううう、プリイイイイズううううううう!!!」
女子トイレの廊下では、ユイナがお尻を必死に手で押さえ、奇妙なダンスを踊りながら絶叫していた。
「……一体、どういう事なんだろう」
さっきまで「街の英雄」だと思っていたSランクパーティの、あまりにも汚らしく、そして支離滅裂な醜態を目の当たりにした受付嬢のメイは、深い不審の念を抱きながら、ただただ呆然とその光景を見つめることしかできないのだった。




