第17話 恩を仇で返したクズ男たちを一日封印する俺、その頃元パーティは出口のわからない迷路で絶望する
オークから助けた女性冒険者のミウさんを、女性だけの凄腕パーティ『風月の戦乙女』の皆さんに託し、俺とブラックドッグのクロドは再び『魔獣の窟』の地下11階――中層へと降りてきていた。
人助けをして思いきり張り切ったせいか、お腹がかなり減っていた。近くの安全そうなスペースで、クロドと一緒に残りのオーク肉を平らげる。
少し身体を動かして腹ごなしにオークを数匹ほどサクッと狩ったところで、今日はもう遅いし眠ることにした。
俺はマジックアイテムショップで奮発して買い込んだ、一級品のモンスター除けの結界魔道具を起動する。これ一つで周囲に不可視の防壁が張り巡らされ、魔物は近寄ることすらできなくなる。
これだよ、これ。この安心感の中で眠りたかったんだ。ふかふかの寝袋に潜り込むと、一日の疲れが心地よく身体を包み込んでいく。
「ユウマ、儂が見張りをしてやろうワン! 安心して眠るがいいワン!」
クロドが頼もしく胸を張って言ってくれた。
「クロド、ありがとう。本当に助かるよ。それじゃあ、おやすみ――」
極上の毛並みを誇る相棒に見守られながら、俺は一瞬で深い眠りへと落ちていった。
どれくらい時間が経っただろうか。まだ夜が明ける前の薄暗い時間、クロドの低く鋭い警戒の声で、俺はふと目を覚ました。
「ユウマ! 起きるワン! 誰かこっちに近付いてくるワン!」
「ん……誰だ? こんな朝早くから中層に潜ってくるなんて……」
俺は眠い目を擦りながら寝袋から這い出た。瞬時に寝袋を『亜空間』へと収納し、クロドがじっと睨みつけている通路の出入口へと視線を向ける。
俺が拠点にしていたのは、出入り口が一つしかない広めの行き止まり空間だ。籠城するにはうってつけの場所。
そのたった一つの狭い出入り口から、ゼェゼェと酷く荒い息を吐きながら、傷だらけの冒険者が2人、なだれ込むように入ってきた。
その顔を見て、俺の眠気は一瞬で吹き飛んだ。
「あああああ! てめぇ、あの時の、ブラックドッグに乗ってたガキかぁああ!!」
入ってきた男の冒険者は、俺の姿を認めるなり、血走った目をさらに見開いて絶叫した。
忘れるはずもない。昨日、オークの群れに囲まれて全滅しかけていたクズパーティの生き残りだ。ミウさんを見捨てて、俺に「獲物を横取りするな」と吐き捨てた男たちである。
「俺は『烈風の戦士』のリーダー、アユムだぁ! 貴様ぁ! 俺たちの仲間をどこへやった! ミウを返せぇ!!」
アユムと名乗った男が、肩を激しく上下させながら俺を指差す。もう一人の男も、憎悪に満ちた目で俺を睨みつけていた。
「ミウさんのことなら、さっき信頼できる女性だけの高ランクパーティにお願いして、ダンジョンの外まで安全に送り届けてもらうことになりましたよ。だから安心していいです」
俺は感情を一切交えず、冷静に、淡々と事実だけを告げた。しかし、アユムの次の言葉を聞いて、俺の心は急速に冷めていく。
「しかし、彼女はもう、あなた方のことを仲間だなんて微塵も思っていませんよ」
「何だとぉ!? いい加減なことを抜かすな! あの女は俺たちのパーティの所有物だぞ!」
(……所有物、だって?)
こいつら、やっぱり救いようのないクズだな。俺の冷徹な声が、薄暗い洞窟に響く。
「あのね、オークに犯されて殺されそうになっている仲間がいるのに、自分のくだらないプライドや利益のために助けを拒むような人は、仲間とは言えませんよ。本当の仲間なら、プライドなんて捨てて、何としてでも助ける道を選ぶものです。彼女があなたたちを捨てるのは当然だ」
「うるさい、うるさい、うるさいわぁああ! 最底辺のポーター風情が、偉そうに説教してんじゃねえぞ!!」
痛いところを突かれたアユムは、顔を真っ赤にして耳を塞ぐように叫んだ。
「それより、あとの2人はどうしたのですか? 昨日、確か5人パーティでしたよね」
俺の問いかけに、2人の顔が恐怖と怒りで歪んだ。
「てめぇ……! よくもそんなことが聞けたな!? 何故、あのとき俺たちの『後ろ』にもオークの増援が迫っていたことを教えなかったぁ!! そのせいで、ダイキとカイトはオークに挟み撃ちにされて殺されたんだぞ! 動けない二人を置いて逃げるしか無かったんだ! 全ててめぇの責任だ、なぁ、どう責任を取ってくれるんだぁ!?」
理不尽極まりない逆恨みだった。
俺は思わず、呆れ果てて小さくため息を吐く。
「どんな責任ですか? 後ろにオークがいたことなんて、俺は覚えてもいませんがね。それに、せっかくの助けをあんなに強く拒絶したのはあなた方だ。拒絶された以上、俺があなたたちを支援する義務も、危険を教える義理も一切ないですよ」
「うるさい、うるさい! 黙れぇえええ!! ……くっそぉ!」
アユムは完全に理性を失い、ギラリと鈍い光を放つ剣を抜いて構えた。もう一人の男も、忌々しそうに激しく舌打ちをした後、同じように剣を抜く。
「チッ、しょうがねえなぁ。アユム、こいつをぶち殺して、あのブラックドッグを奪えば素材だけで大儲けだ。ミウの代わりにこいつの身ぐるみを全部剥ぎ取ってやるぜ。付き合うわ」
にやにやと下品な笑みを浮かべ、俺を完全に舐めきった様子で、ゆっくりと距離を詰めてくる2人のクズ。
(うーん……新スキルの『体内透過』で心臓や脳みそを直接亜空間に収納すれば、一瞬で即死させられるんだけど……。さすがに私欲のために人を殺すのは、精神的にちょっと気が引けるなぁ。俺はあいつらみたいな人殺しにはなりたくないし)
俺がどう対処すべきか一瞬迷っていると、2人は俺が恐怖で怯えていると勘違いしたらしい。さらに足取りを緩め、いたぶるような笑みを深めていく。
(……よし、決めた。『殺す』必要はない。これで行こう)
「――『封印』」
俺が小さく呟き、心の中でスキルを発動した瞬間。
ピキィン。
「――っぅ?」
アユムともう一人の男は、凶器に満ちた笑顔を浮かべ、剣を振り下ろそうと一歩踏み出した体勢のまま、完全に空間ごと固定された。目蓋すら動かない、完全な彫像の完成だ。
(よし。念のため、あの親切にしてくれた『風月の戦乙女』の皆さんが、安全にダンジョンを脱出できるまでの時間を計算して……よし、丸一日。24時間後に自動で解除されるように設定しておこう)
完璧な時間差封印だ。我ながらスキルの応用力が上がっている。
「でも、このまま丸一日放置して、もし解除された直後に強力なモンスターに襲われたら、さすがにヤバいかなぁ。かと言って、せっかく買い込んだ結界の魔道具を、このクズたちのためにここに置いていくのは絶対に嫌だしなぁ……」
俺が思わず腕を組んで独り言を呟くと、横で見ていたクロドが、ふっと鼻を鳴らして俺を見上げてきた。
「なんだユウマ、そんなことで悩んでいるのかワン? なら、良い方法があるワン!」
「え? 良い方法って?」
「この封印された男どもの足元に、儂が小便を引っ掛けておくワン! 儂はこう見えても伝説の魔獣の血を引くブラックドッグだワン。儂の縄張り(マーキング)の臭いがあれば、この中層程度の弱いモンスターどもは、恐怖して半径数百メートル以内には一切近寄ってこないワン!」
「ええっ!? 本当に!? クロド、お前の小便にそんな凄まじい魔物除けの効果があるの!?」
「当然だワン! むしろ結界の魔道具なんかより、よっぽど強力だワン!」
「それは凄い! 助かるよ、クロド、お願いしちゃっていい?」
「任せるワン!」
クロドはそう言うと、封印されて微動だにしないアユムたちのすぐ目の前まで歩いていき、片足を上げて、堂々と小便を引っ掛けた。
ビシャビシャと景気のいい音が洞窟に響き渡る。もちろん封印されている2人には、避けることも怒ることもできない。ただ、目の前で伝説の魔獣の小便を浴びるだけの固定物だ。
「よし、これで魔物に食われる心配はないね。丸一日、そこで自分の行いをじっくり反省してなよ」
俺はすっきりした気分でクロドの背中に飛び乗ると、哀れな彫像と化したクズ2人を置き去りにして、さらにダンジョンの奥深くへと進んだ。
◇◇
その頃、街の冒険者ギルド。
朝の一番忙しい時間帯、受付嬢のメイは、そわそわしながら正面入り口の扉を何度も見つめていた。
「もうすぐだわ……。ミナトさんたち『焔の剣』が、依頼達成の堂々たる報告をしに、このギルドに帰ってくるはずよ。そうすれば、あのユウマとかいう生意気なポーターの嘘が全部暴かれて、あいつは街を追放されるんだから!」
メイは自分の輝かしい未来の旦那候補の勝利を確信し、一人でうっとりと妄想を膨らませていた。
しかし、肝心の『焔の剣』はというと――。
「……おいミナト! ここ、さっきも通ったぞ! 一体どこに向かって歩いてるんだよぉおおお!」
ダンジョン『亡霊洞窟』の、薄暗く腐臭の漂う無限迷宮の中。リーダーのミナトを先頭に、4人は完全に道に迷っていた。
「うるさい! こっちに決まってるだろ! 地図の通りに進んでるんだ!」
ミナトが刃こぼれした剣を片手に、怒鳴り散らす。だが、その手にある地図は、いつもユウマが完璧にマッピングして最適ルートを指示してくれていたものだ。
前衛で戦うことしかしてこなかったミナトに、複雑な深層の構造など読めるはずがなかった。
「もう嫌……! 完全に逆方向じゃない……! 足が痛くて、もう一歩も歩けないわよ……!」
魔法使いのアオイが、高級なローブをボロボロに汚しながら地面にへたり込む。
「はぁ……はぁ……、まだ歩くの……? もう、魔法も矢もないのに……」
回復士のユイナと弓使いのヒマリも、目の下に漆黒のクマを作り、幽霊のような足取りでガタガタと震えている。
ユウマという完璧な羅針盤を失った『焔の剣』は、街に帰る方法すらわからなくなり、終わりのない暗闇の中を、ただただ絶望しながら彷徨い続けるのだった。




