第16話 美少女たちに絶品鍋を振る舞う俺、その頃元パーティはゲロまず炭肉を食べてゾンビ犬に襲われる
俺はブラックドッグのクロドの背に揺られながら、ダンジョン『魔獣の窟』の地下10階へと戻ってきていた。
移動中、俺の背中にはずっと、柔らかくて温かい感触が押し付けられていた。オークの手から救い出したものの、衣服をボロボロに引き裂かれてしまった女性冒険者が、俺の腰にしがみついているのだ。
ほぼ全裸に近い状態の彼女を気遣い、俺は少し前にダンジョン内ですれ違い、挨拶を交わした女性だけのパーティの姿を探す。
(……あ、いた。よかった、まだこの階層で狩りをしてたみたいだ)
「すいませーん! ちょっといいですか!」
俺の呼びかけに、きびきびとした動きで魔物を狩り終えたばかりの女性4人組が、不思議そうに振り返った。
「あら? さっきの大きなワンちゃんの男の子じゃない。どうしたの?」
「実は、後ろの彼女をオークの群れから助けたんです。ただ、俺の手持ちには女性用の予備の服がなくて……。もしよければ、彼女をダンジョンの外まで連れて行ってもらえませんか? もちろん、お礼のお金は払います」
俺がクロドから飛び降り、背中の彼女をそっと降ろすと、女性パーティの面々は彼女の痛々しい姿を見て一瞬で表情を強張らせた。リーダーらしき凛とした佇まいの女性が、すぐに駆け寄ってくる。
「……っ、これはひどい。男の子の言う通りね。お金なんていらないわ、困ったときはお互い様よ。さあ、こっちにいらっしゃい。予備の服を着替えさせてあげるから」
「ありがとうございます。じゃあ、俺はあっちを向いてますね」
俺が背を向けてクロドの頭を撫でていると、後ろから衣擦れの音が聞こえてきた。数分後、ぽんぽんと肩を叩かれる。
「……あの、ありがとうございました」
振り返ると、サイズが少し大きめの防具に身を包んだ女性冒険者が、頬を赤く染めて俯いていた。
「私はミウと言います。……あの、お命を救っていただいたのに、まだお名前も聞いていなくて」
「そう言えば、バタバタしていて名乗ってなかったね。俺はユウマ。ミウさんが無事で本当によかったよ」
俺が微笑むと、ミウさんは張り詰めていた緊張が解けたのか、花が咲くような笑顔を浮かべた。
「私は『風月の戦乙女』のリーダー、カノンよ。責任を持ってミウを街まで送り届けるわ。だから報酬の話はなしね。そんなの受け取ったら女がすたるわ」
「私はカエデ。よろしくね、ユウマ君」
「ワカナよ。ミウのことは任せて」
「マナミでーす。よろしくねん」
カノンに続いて、メンバーたちが親しみやすい笑顔で自己紹介をしてくれた。彼女たちはミウの肩を優しく抱き寄せ、安心させるように言葉をかけている。
「みなさん、本当にありがとうございます。あ、もしよければ、もうそろそろ夕飯の時間ですし、俺が食事を御馳走しますよ。お礼と言ってはなんですけど」
「え? でも、ここはダンジョンの中よ? 持ち歩ける食料なんて、干し肉か硬いパンくらいじゃ……」
カノンが不思議そうな顔をした。
俺は内心でニヤリとしながら、固有スキル『空間収納(亜空間)』を発動する。
何もない空間から、ずらりと取り出される新鮮な生野菜、最高級のオーク肉、ピカピカに磨かれた大鍋に調理器具、そして魔導コンロ。
「「「「えええええええっ!?」」」」
女性陣から、今日一番の絶叫が上がった。
「な、何それ!? マジックバッグ!? いや、そんなに大量に、しかも生鮮食品をそのままの状態で出せるなんて聞いたことないわよ!?」
カノンが目を丸くして叫ぶ。無理もない、一般的なアイテムバッグは中身が劣化するし、容量も限られている。だが俺の空間魔法は、時間停止状態で無限に収納できるのだ。
「まぁ、ちょっとした特技です。遠慮なく食べてください。じゃあ、作っちゃいますね」
「あ、ありがたくいただくわ……。本当に底が知れない男の子ね……」
俺が手際よく鍋の準備を始めると、ミウはカエデたちに囲まれて、何やら話を始めた。カエデが優しく耳を傾けながら、オークに襲われた時の状況を聞き出しているようだ。そのうち、彼女たちの会話が漏れ聞こえてきた。
「……最低。オークに襲われてる仲間を見捨てるなんて、それでも男なの!?」
「信じられないわね。獲物の横取りがどうとか言ってる場合じゃないでしょうに」
「ミウ、もう大丈夫よ。あんな奴らのところに戻る必要なんてないわ」
どうやら、あの現場にいた男たちのクズっぷりに怒り心頭のようだ。本当に置いてきて正解だったな。
それからしばらくして、スープが良い音を立てて煮立ち始めた。
「お待たせしました! 食事、出来ましたよー!」
俺が声をかけると、全員が目を輝かせて集まってきた。
メニューは、今日買い込んだ新鮮な野菜と極上肉をたっぷり使った具だくさんのスープ鍋と、ふんわりとした白パンだ。
「おお! 本物の野菜が入ってるじゃん! スープに浮いてるの、これ、高級なオーク肉の霜降りじゃない!?」
「最近ずっと干し肉ばっかりだったから、信じられないくらい嬉しいわ……!」
「すっごく良い香り。スパイスまで使ってるのね」
みんなが一斉にスプーンを口に運ぶ。その瞬間、動きがピタリと止まった。
「……美味いぃい! 何これ、馬鹿うまぁっ!」
「本当! 味が染みてて信じられないくらい美味しいわ!」
「身体の芯から元気が湧いてくる感じがする……!」
ミウさんも、ハフハフと嬉しそうにスープを口に運んでいる。街の仕入れ業者から最高品質の食材を大量購入しておいた甲斐があった。
大絶賛の中、和気あいあいとした食事はあっという間に終わった。
食後、俺が手際よく鍋や食器を空間収納に片付けていると、女性たちはいつの間にか、床にどっかと寝そべっているクロドの周りに集まっていた。
「きゃあ! もっふモフ! 漆黒の毛並みなのに、すっごく柔らかい!」
「クロちゃん、ここ気持ちいい? よしよしー」
「オン……(悪くないワン)」
クロドは鼻を鳴らしながら、美女4人に囲まれて満更でもない様子でモフられている。
「じゃあ、片付けも終わりましたし、俺たちはそろそろ下の階層に向かいますね。カノンさん、ミウさんをよろしくお願いします」
「ワン!」
俺が声をかけると、寝そべってデレデレしていたクロドが、シャキッと起き上がって俺の元へと駆けてきた。
「あぁぁぁー! 私の癒やしがぁ!」
「もっとモフりたかったのにぃ!」
「ほらほら、みんなシャンとして。ユウマ君、本当に色々ありがとうね。ミウのことは責任を持ってギルドまで送り届けるわ」
「ユウマさん、本当に、ありがとうございました。この御恩は絶対に忘れません!」
ミウさんが深々と頭を下げる。
「クロちゃん、じゃあまたねー!」
女性たちの見送りを受けながら、俺は再びクロドの背に飛び乗り、オークが群生するさらに下の階層へと向かって風を切った。
◇◇
その頃、因果応報のダンジョン『亡霊洞窟』の休憩場所。
王都のエリート(笑)こと『焔の剣』の面々は、泥のような爆睡からようやく目を覚まし、遅すぎる食事をとっていた。
「……ぅぅ、まずい……っ! 何だこれ、硬くて苦くてゴムみたいだぞ!」
ミナトが吐き出すように文句を言う。
「何よぉ! 私の料理に文句付けないでよぉ! 私だって、慣れない解体で疲れてるのよ!?」
ヒマリが顔を真っ青にして言い返す。
いつもなら、完璧に下処理された極上の食材をユウマが調理してくれていたのだ。前衛しかやってこなかったヒマリが、まともに肉を焼けるはずがなかった。
「文句言うなら、ミナトが食べてみてよ……」
アオイに促され、ミナトが恐る恐る炭のようになった肉の塊を口に入れる。
「……本当だ。ゲロまずい……。あいつ、いつもどうやって肉を柔らかくしてたんだ……?」
絶望的な料理の味に、全員が暗い顔で沈黙する。
その時だった。休憩場所であるはずの空間に、鼻が曲がるような強烈な腐臭が立ち込め始めた。
「うっ……! 何だ、この不快な臭いはぁ!」
「くさっ! 吐きそう、食欲が完全に無くなるよぉ……っ!」
アオイとユイナが鼻を回して身悶えする。
暗闇の奥から、無数の不気味な足音と、飢えた獣の唸り声が響いてきた。
現れたのは、十数匹の『ヘルハウンド』。
それは、魔獣の死体が動き出したゾンビ犬だった。腐り落ちた黒い身体から肋骨が浮き出ており、その目は呪わしい赤色に飢え光っている。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「いやぁあああああああ!!! 助けてぇえええ!」
セーフティエリアの安全神話を信じ切っていた回復士のユイナが、真っ先に悲鳴を上げて腰を抜かした。
「くっそおおお! なんでセーフティエリアに魔物が湧くんだよ! 誰も見張りをしてなかったのか!?」
ミナトが怒鳴り散らしながら、刃こぼれしてボロボロになった剣を手に立ち上がる。
普段なら、ユウマが完璧に『結界の魔道具』を設置して魔物の進入を防ぎ、さらに交代で見張りをしていたのだ。そのありがたみを一切理解していなかった無能どもは、今、完全に無防備な状態で奇襲を受けていた。
「来るな! 来るなぁああ!」
ボロボロの剣をがむしゃらに振り回すミナトに向かって、腐った魔犬たちが一斉に牙を剥いて飛び掛かった。
ユウマを切り捨てた『焔の剣』の地獄の夜は、まだ始まったばかりだった。




