第13話 おやっさんから大量の金貨を貰った、その頃元パーティは生ける屍と化す
翌日、俺とクロドは昼近くまで泥のように眠り、宿の絶品飯を食べてから行動を開始した。
この時間になれば、大半の冒険者は朝一番に依頼を受けて街を出ている。ギルド内が一番空くタイミングだ。
俺は冒険者ギルドの正面入り口の扉を、そっと数センチだけ開けて中を覗き込んだ。
……いた。受付の特等席に、昨日俺をあそこまで睨みつけてきた猫獣人のメイさんが座っている。
(……うん、見つかると絶対に面倒くさいな)
関わるだけ時間の無駄だ。俺は音を立てずにそっと扉を閉めると、正面からは入らず、そのままギルドの裏手にある解体所へと直接向かった。
解体所では、おやっさんが丸太にどっかと腰を下ろし、美味そうに紫煙をくゆらせて一服していた。
「おやっさん! 昨日のやつ、解体終わってる?」
「おう! ユウマか、バッチリ終わってるぜ」
「助かるよ。……なぁおやっさん、代金の受け取り、受付を通さずにここで直接させてもらえないかな?」
「ん? ギルドの窓口を通さねえと、お前の冒険者ランクを上げるための『実績ポイント』がつかねえぞ? それでもいいのか?」
「うん。受付にいるメイさんに捕まると色々面倒になりそうだからさ。ポイントは今回はいいや。それより早く次の場所に行きたくて」
俺が苦笑いしながら言うと、おやっさんは全てを察したようにフッと笑い、煙草を揉み消した。
「あー……メイの奴か。あいつは一度思い込むと周りが見えなくなるからな。すまねえなユウマ、お前にそんな気を遣わせちまって。この件は後で俺からギルド長に直接通しておくよ。ほらよ、これが今回の代金だ」
おやっさんから手渡されたのは、ずっしりと重い革製の布袋だった。
「――っ、おお……!」
持ち上げた瞬間に手の平に食い込む、明らかな「金貨」の重み。袋の口を少し開くと、中で黄金の輝きがチャリンと音を立てた。
「リビングアーマーの武具が完全な無傷だったからな、色をつけて奮発しといてやったぜ。また良い素材があったら頼むよ」
「ありがとう、おやっさん! また持ってくるよ」
俺は嬉しくなりながら、金貨の詰まった袋を『空間収納』へとスマートに放り込んだ。文無しからの、一気の大金持ちだ。
「次はどこの狩り場に向かうんだい?」
「クロドがどうしてもオークの肉を食べたいって言うから、これから『魔獣の窟』に行ってくるよ」
「おお、あそこか! あそこのオークは脂が乗ってて最高だからな。おいユウマ、俺の分も肉を忘れるなよ?」
「了解! 任せてよ、じゃあまたね!」
懐が潤った俺は、ダンジョンに潜るための買い出しに走った。
食材や新しい武具、各種ポーション類に、いざという時の魔道具。これまではパーティの共有資産だからと、ミナトに1コパル(小銭)単位でケチられていた消耗品を、自分の財布から湯水のように最高級品で買い揃える。この圧倒的な自由、最高すぎる。
準備を整えた俺とクロドは、そのまま『魔獣の窟』へと向かった。
ここは獣系のモンスターが多く出現する巨大な岩の洞窟ダンジョンだ。
上層階にはコボルトや一角兎、眠り羊に鉄鼠など、初心者パーティでも安全に狩れる魔物が多いことから、そこそこ人気のあるスポット。
だけど俺たちの目的は、そのさらに奥深く――極上のオーク肉だ。
◇◇
同じ頃、冒険者ギルド受付では、朝の殺気立った受付業務が一段落し、ロビーの喧騒が引いたところでメイが深く椅子にもたれかかっていた。
一息ついた途端、脳裏に蘇るのは昨日のユウマの生意気な態度だ。思い出せば思い出すほど、猫耳が怒りでピクピクと痙攣する。
元冒険者であるメイにとって、王都からやってきた若きエリート『焔の剣』は憧れの象徴だった。
しかも、久しぶりに街に現れた新進気鋭のSランク。あわよくばリーダーのミナトと懇意になり、玉の輿に乗りたいとすら目論んでいたメイにとって、あの泥臭いポーターが放った「ミナトに殴られて置き去りにされた」「あいつらはもう破滅する」という言葉は、絶対に受け入れられない大暴言だった。
「……ホント、何様のつもりよ、あの無能のくせに!」
思わず、トゲのある大きな声が口から漏れ出る。
「メイ? どうしたの、そんなにカリカリして」
隣のカウンターに座る同僚の受付嬢、ヤヨイが心配そうに声をかけてきた。
日頃のストレスとイライラが限界に達していたメイは、ここぞとばかりに身を乗り出した。
「ちょっとヤヨイ、聞いてよ! 実は昨日、あの『焔の剣』の雑用係のユウマがダンジョンから戻ってきたんだけど――かくかくしかじか――って、そんな最低な嘘をつくのよ! 信じられる!?」
メイとしては、ユウマがいかに嘘つきで邪悪な存在かをヤヨイに同意してもらい、スッキリしたかった。
しかし、メイの計算が狂ったのは、ここが「冒険者ギルドのロビー」だったことだ。
聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちの間に、メイの愚痴は一瞬で燃え広がった。
『あのSランクパーティが、ポーターをダンジョンに置き去りにして殺しかけた?』
『いや、そのポーターが逆恨みで嘘の悪評を流しているらしいぜ?』
『どちらにせよ、焔の剣がもうすぐ戻ってくる。その時に真実が分かるはずだ――』
メイが私情で流した愚痴のせいで、その日のうちにギルド内、そして街にいる冒険者たちの間にまで、『焔の剣』とユウマを巡る不穏な噂が爆発的に拡散してしまったのだった。
◇◇
その頃、ダンジョン深層にいる『焔の剣』は、まさに生ける屍と化していた。
「はぁ……はぁ……、クソ……ッ」
完全に刃の潰れた、ただの鉄の棒と化した剣を抜き身のまま引き摺り、一歩一歩フラフラと歩く剣士ミナト。その顔は土気色に変色し、目の下には特大のクマができている。
「眠い……頭が割れるように痛いわ……。もう一歩も歩けない……」
アオイは目を擦りながら、まるで幽霊のようにヨロヨロと足元を覚束なくさせている。度重なる魔力枯渇と極限の寝不足で、高慢だった魔法使いの面影はどこにもない。
回復士のユイナと弓使いのヒマリにいたっては、すでに言葉を発する気力すら残っていなかった。髪はボサボサ、装備は泥とゾンビの体液で汚れ、完全に亡霊の足取りで、ただミナトの後ろをついていく。
夜通しの戦闘、そして終わらない魔物の奇襲。
ろくに睡眠も休憩も取れず、精神も肉体も完全に限界を迎えた4人は、泥のような疲労を引き摺りながら、命からがら次の休憩場所へと向かっていた。彼らが街に戻れるのは、まだ少し先の話になりそうだった。




