第12話 深夜の極上ステーキと、狂気へ堕ちる元パーティ
ギルドを出た俺とクロドは、夜の街を歩いていた。
行き先は決まっている。いつも『焔の剣』が使っている見栄を張るための高級宿はパスだ。あんな居心地の悪い場所、文無しじゃなくても二度と行くか。
目指したのは、路地裏にある少し古びた、だけど「飯が抜群に美味い」と評判の宿だ。
すでに日付が変わるほどの深夜。部屋が空いているか少し不安だった。
この宿には馬車馬や騎乗用魔獣を預かるための頑丈な厩舎がある。もし部屋がダメでも、最悪クロドはそこで寝かせてもらえるだろう。
「すみません、今から一部屋空いてますか?」
宿の従業員に声をかけると、ありがたいことに空室があった。ラッキーだ。
さらに「従魔も部屋に連れていって構いませんよ」とのことだったが、俺の横にいるクロドの巨体を見た従業員は、一瞬で顔を引きつらせた。
「あ、あの……そちらの大きなワンちゃんでしたら、こちらの広い特別室へどうぞ……」
案内されたのは予定より少し高めの部屋だった。まあ、おやっさんから貰った前金(銀貨20枚)があるから問題ない。むしろ広々としていて最高だ。
「深夜ですけど、まだ厨房はギリギリ動いてますよ。何か召し上がりますか?」
「助かります! 食堂で食べさせてください」
食事も従魔同席でOKとのことなので、俺は食堂のテーブル席へ、クロドはその横の床にどっかと腰を下ろした。
注文したのは、この宿の名物である『オーク肉のステーキ』を豪快に3人前。
そのうちの2人前を、クロドの前にドスンと置いてやる。
「おお……! 久しぶりにオークの肉を食うワン! じゅーしーで堪らん美味さだワン!」
「はは、気に入ってくれてよかった。美味そうに食うなぁ」
熱々の鉄板の上で弾ける脂、香ばしいニンニク醤油の匂いが胃袋を刺激する。一切れ口に運べば、濃厚な肉汁がじゅわっと溢れた。
極限のダンジョンから生還し、最高の相棒と囲む深夜の飯。これ以上の贅沢があるだろうか。
「そうだクロド。明日はオークの生息するダンジョンにでも行ってみるか?」
「良いねぇワン! スキルを試すのにも丁度いいワン。明日は腹いっぱい狩って、腹いっぱい食べるぞワン!」
「よし、決まりだな」
俺はすっかり満腹になり、クロドはまだまだ足りなそうに舌なめずりをしてるが、今日のところはお開きだ。
ふかふかのベッドがある部屋に戻り、俺たちは泥のように深い眠りへと落ちていった。
◇◇
――同時刻。冒険者ギルド、最上階。
「……というわけなんです、ギルド長! あの傲慢なポーターのユウマが、『焔の剣』のミナトさんたちに置き去りにされただなんて、そんな見え透いた嘘をつくなんて許せません!」
ギルド長の執務室。猫獣人の受付嬢、メイは、怒りで尻尾を激しく左右に振りながら捲し立てていた。
「『焔の剣』はこの街の英雄、高潔なSランク冒険者パーティーです! あんな最底辺のポーターの言うことなんて、ギルドへの侮辱もいいところです! 今すぐユウマの冒険者資格を剥奪してくださいぃ!」
「いや、そう言ってもだなぁ、メイ……」
デスクの奥で書類に目を通していたギルド長は、やれやれと頭を抱えた。
「何が問題なんですかぁ!?」
「何がって……そのユウマとやらの話が『嘘か本当か』、まだ確定していないだろう。それに、ユウマは『ギルドはSランクを優遇するから、自分から問題を大きくするつもりはない』と言ったんだろう?」
「そこが怪しいんです! 自分が本当に被害者で正しいと思うなら、ギルドに正式に問題報告をするはずです!」
メイは自分の信じたい現実(=ミナトたちは悪くない)にしがみつき、声を荒げる。しかし、百戦錬磨のギルド長は、冷徹に本質を見抜いていた。
「いや、違うな。報告しても『どうせ弱者の言うことなどギルドは取り合ってくれない』と、組織の冷酷さを理解しているから、賢く身を引いたんだと思うよ。逆にギルドとしては、Sランクパーティと揉め事を起こさずに済むから助かるんだがね」
「ええええっ!? ギルド長までユウマが嘘をついてないって言うんですか!? 信じられません!」
「真実は『焔の剣』が戻ってきた時、彼らがユウマの不在をどう報告するかで、すべて白黒はっきり付くさ」
「もう! 頑固オヤジ! 知りませんっ!」
バタンッ!!
激しい音を立てて扉が開閉され、メイは怒り肩のまま部屋を飛び出していった。
静まり返った執務室で、ギルド長は深いため息を吐き、窓の外の夜空を見上げる。
「はぁ……。ユウマという少年の本質はまだ分からん。だが、あのブラックドッグが本当に伝説のSランク冒険者ヒナタの従魔だったのだとすれば……。あの誇り高き魔獣が、根の腐った悪い人間に靡くとは到底思えんのだがなぁ……」
老いたギルド長の呟きは、静かに夜の闇へと消えていった。
◇◇
その頃の『焔の剣』
――そして、ダンジョン深層。
「いやぁあああっ! 助けて、来ないでぇええ!」
泣き叫びながら、ただ逃げ回ることしかできない回復士のユイナ。
彼女の背後から迫るのは、腐敗した肉を引き摺り、おぞましい奇声を上げる『グール』の群れだった。
「くそっ、次から次へと……! また出やがったか!」
完全に刃こぼれし、研いでいないせいで鉄屑のようになった剣を無理やり構える、剣士のミナト。
ゾンビに続いての夜襲。ろくに休憩も取れず、疲労はとっくに限界を超えている。
「もう! 最悪! 眠い、眠すぎるわよぉ……! 『ファイアー……』あ、頭が痛くて魔法が出ない……!」
MPが底を突き、強烈な魔力枯渇の頭痛に襲われている魔法使いのアオイ。もはや攻撃の要である彼女も、完全に足手まといの逃げ腰だ。
そんな絶望的な状況の中、暗闇の奥から、乾いた甲高い笑い声が響いた。
「あはっ! 死ね死ね死ね死ね! 汚いバケモノども、みんなミンチになりなさぁーい! あっはっはっは!!」
パキィン! パキィン! と、ヤケクソ気味に弓を引き絞り、大爆笑しながら矢を乱射している、弓使いのヒマリ。
寝不足と疲労、そして絶え間ない死臭のストレスにより、彼女の精神は完全に限界を超え、おかしな方向へ扉を開いてしまっていた。
まともな判断ができる者は、もう誰もいない。
ユウマという完璧なブレーキを失った『焔の剣』は、自業自得な泥沼の中、確実に崩壊へのカウントダウンを刻んでいるのだった。




