第10話 クロドを従魔登録した
「あら、ユウマ。今日は……1人、か……し……ら……?」
いつも親切にしてくれる猫獣人の受付嬢、メイさんが、引きつった笑顔のまま固まっている。視線は俺の横にいるクロドに釘付けだ。
「ああ、1人と1匹だね。ダンジョンで従魔にできたから、登録をお願いしたくて」
「うっそー!? ブラックドッグって言ったら、50年前に行方不明になったSランク冒険者、ヒナタさん以来の超超激レア魔獣じゃない!」
「儂がヒナタの従魔だったクロドだワン」
静まり返っていたギルドに、渋いおっさんボイスが響き渡った。
「えっ? ええっ!? 喋っ――魔獣が喋ったぁあ!?」
「(……へえ、クロドってSランクの従魔だったのか)」
「そうだワン。これでも昔はブイブイ言わせてたんだワン」
「うっそおおう! ちょっと待って、今すぐギルド長を引っ張ってくるからぁ!」
完全にパニックに陥ったメイさんが、スカートを翻して受付の奥へ猛ダッシュしようとする。
……いや、待て。今ギルド長なんて出てきたら、質問攻めにされて今日の予定が全部潰れる。
(あ、そうだ。新スキル、ここで試してみるか)
俺は心の中で『封印』を発動した。対象は、まさに走り出そうとしていたメイさん。
ピキィン。
「――ッ!?」
効果は抜群だった。メイさんは、前傾姿勢で片足を浮かせた「全力疾走のポーズ」のまま、空中でピタッと完全に停止した。髪の毛一本すら動かない。
(なるほど。空間ごと時間を止めるように固定できるわけか……。本来の使い方とは違う気がするけど、これ、めちゃくちゃ便利だな)
「メイさん、落ち着いて。報告は後でいいから、まずは従魔登録を先にしてほしいんだ。あと、溜まってる素材の買取もね?」
パチン、と指を鳴らして封印を解除する。
「ぷはぁっ!? げほっ、げほっ! な、今、私に何したのよぉお! 息が止まるかと思ったじゃない!」
「まあまあ。ほら、クロドをこのままロビーに放置しておくわけにもいかないでしょ?」
「う、それは……そうね。登録もしないでこのサイズをロビーに置いとかれたら、心臓がいくつあっても足りないわ……」
メイさんはまだ顔を真っ青にしながらも、プロ根性でカウンターの下をごそごそと漁り、登録用紙と一本の「赤いリボン」を取り出した。
「はい、これが従魔の証。ギルドの魔力が込められてるから、首にでも巻いておいて」
「懐かしいぞワン」
首に赤いリボンを巻いてもらったクロドは、気のせいか誇らしげに胸を張っている。可愛いな。
用紙に『ブラックドッグ:クロド』と記入してメイさんに手渡す。
「ふぅ……。で、素材の買取だっけ? 結構あるの?」
「うん、山ほどあるよ」
「じゃあ、裏の解体所に行きましょう。ここじゃ広げられないわ」
◇◇
ギルドの裏手にある広大な解体所に足を運ぶと、鉄と血の匂いが鼻を突いた。
「おう、ユウマ! 今日も大量か?」
ドサッと巨大な解体ナイフを肩に担いで現れたのは、がっしりとした体格の狼獣人のおやっさんだ。
右足を引き摺り、片目には古い傷跡がある。元Aランク冒険者らしいが、名前は知らない。みんな「おやっさん」と呼んでいるし、俺もおやっさんでいいと思っている。
「今日も大量ですよ、おやっさん」
俺はいつも『焔の剣』の荷物持ちとして、空間収納から一気に素材を吐き出していたから、おやっさんとはすっかり顔馴染みだ。
今日も驚く顔が見られそうで、内心ニヤリとしてしまう。
◇◇
一方、その頃の『焔の剣』
――同時刻。ダンジョン深層。
「はぁ……はぁ……! 糞が、ようやく片付いたか……!」
満身創痍、泥とゾンビの返り血でドロドロになったミナトが、荒い息を吐きながら剣を構え直した。だが、自慢の聖属性の長剣は、度重なる戦闘で刃こぼれしまくり、ボロボロになっている。
「チッ、ユウマ! さっさとこの剣を研ぎ澄まし――……あ」
いつもの癖で後ろを振り向き、そこに誰もいないことに気づいて、ミナトの言葉が止まる。
普段なら、戦闘終了と同時にユウマが完璧な手際で武器を手入れし、ピカピカの予備を渡してくれていたのだ。
「……ふぅ。クソッ」
苛立ちを隠せないミナトに、弓使いのヒマリがトドメを刺すように言い放った。
「ちょっとぉ! 戦闘中に矢を補充してくれないと、私、何もできないんだけど!?」
「わ、分かってるよ! ほら、じゃあこの『アイテムバッグ』をお前が持ってろ!」
ミナトは腰から外したマジックアイテムのバッグをヒマリに投げつけた。しかし。
「うわっ、重っ!? 何これ、歩きにくいじゃん!」
「しょうがないだろ! 俺が戦いながら中身を出せるわけないんだから、使うやつが持ってろ!」
「はあ!? 私は前衛の後ろを素早く動かなきゃいけないのよ? やってらんないわ!」
「ここ臭いから、とにかく早く移動しようよぉ……」
回復士のユイナが、泣きそうな顔で周囲のゾンビの死骸から目を背ける。
ミナトは苦渋の表情でメンバーを見回した。
「待て。このまま下層に進んで、依頼の『デュラハン』を倒せると思うか……? 俺の聖属性の剣はもう切れ味が落ちてる」
「研げばいいじゃん。砥石くらいバッグに入ってるでしょ?」
「うっ……。そ、そうだが……(誰が研ぐんだよ……俺は剣のメンテナンスなんてやったことないぞ)」
「私もMPがスカスカよ。ダンジョン内で安全に寝られないと回復しないわ」
魔法使いのアオイが冷たい声で言う。
「……あー、クソ! まだ依頼期間には余裕がある。一度街に戻るぞ。魔道具屋に『結界の魔道具』の正しい使い方を聞かないと、ユウマなしじゃダンジョンでまともに休息も取れねえ。それに……あいつの代わりの、新しい雑用(荷物持ち)も探さないとだしな」
ミナトの提案に、ヒマリは不満げに鼻を鳴らした。
「ちぇー、しょうがないわね……」
「というわけで、帰る前にこのゾンビどもの魔石を取り出すぞ! 折角ここまで来たんだ、少しでも遠征費の回収にしないとな!」
ミナトがナイフを抜き、腐臭を放つゾンビの胸元に近づく。
その瞬間、女性陣から悲鳴が上がった。
「ええええええ!? 嫌よ、絶対触りたくない!!」
「臭すぎるわよ! なんで私たちがそんな汚い仕事しなきゃいけないのよ!?」
「気持ち悪いわ……吐きそう……」
これまでは、ユウマが顔色一つ変えずに一瞬で解体し、綺麗な魔石だけをバッグにしまってくれていた。
ドロドロの腐肉にナイフを突き立てながら、ミナトは「あいつ、こんなクソみたいな作業を平気な顔でやってたのかよ……」と、初めて元荷物持ちの異常な有能さに気づき、冷や汗を流すのだった。




