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# 第一話 世界樹への旅立ち


世界樹は、世界のどこからでも見えた。


雲を突き抜け、星空へ届く巨大な樹。根は大陸全土を支え、枝の一本一本に異なる季節が存在する。


その頂上に、第六観測杭がある。


「登るのに何日かかる?」


レオンが見上げた。


「普通なら三年」とリリアナ。


「帰ろう」


「フェンリルの空間移動を使えば七日です」


「先に言ってくれ」


旅立つのはユッケ、ノア、ミア、リリアナ、レオン、セレス。それにロクメ、プル、フェンリル、回復途中のオルド、アポカリプス。


灰組の全員と、最初から共に戦ってきた眷属たちだった。


アルベルトは王都に残り、世界接続への各国の同意を集める。


「神々が敵なら、軍を出そう」と彼は言った。


「神と戦争を始める王子なんて嫌ですよ」


「君は国王と戦争をしただろう」


「死者ゼロでした」


「なら僕も、祈りだけ送る」


グレゴールは教え子たちへ、一枚ずつ白紙の卒業証書を渡した。


「帰ってきたら、自分で階級を書け」


「F級でいいです」とユッケ。


「今さら誰も信じんよ」


世界樹の根元で、ミアがユッケの袖をつかんだ。


「日本へ帰ったら、もう会えない?」


答えられなかった。


世界接続に失敗すれば、ユッケとノアだけが日本へ戻り、ほかの仲間とは永遠に別れる可能性がある。


「会えるようにする」


「約束?」


「約束する」


ミアは小指を差し出さなかった。


代わりにユッケを抱きしめ、すぐに離れた。


「忘れないで」


一行は世界樹へ足を踏み入れた。


---


# 第二話 第一の檻――望んだ人生


世界樹第一層で、仲間たちは別々の幻へ閉じ込められた。


ユッケが目を覚ますと、日本の自室にいた。


母が朝食を呼び、父が新聞を読み、カワセミが限定ゲームの攻略法を話している。


事故は起きなかった。


異世界へ転生した記憶も、悪い夢だったように薄れていく。


「学校、遅刻するぞ」


カワセミが制服を投げる。


ユッケは受け取った。


望んでいた生活が、ここにある。


階段を降りようとしたとき、足元に透明な水滴を見つけた。


水滴は、ぷるんと震えた。


「プル?」


思い出が戻る。


ロクメの六つの目。ミアの猫耳。セレスの笑顔。レオンの震える剣。リリアナの銀髪。ノアと交わした約束。


幸福な幻が崩れ始めた。


「行くの?」


幻の母が尋ねる。


「ここにいれば、ずっと幸せなのに」


「帰りたい。でも、ここは俺だけが幸せな世界だ」


「それの何が悪いの?」


「俺を待ってる人を、いなかったことにしたくない」


ユッケは玄関を開けた。


幻が消える。


仲間たちも、それぞれの望んだ人生から戻ってきた。


レオンは父が生きている世界を。


セレスは失敗せず人を治せる世界を。


リリアナは義務のない平凡な少女の生活を。


ミアは故郷から愛される幼少期を見た。


ノアだけは、幻の中身を話さなかった。


「何を見た?」


「日本の放課後」


ノアは少し笑った。


「制服を着た私が、お前と一緒に帰っていた」


「それは幻じゃなく、未来にしよう」


世界樹の道が開いた。


---


# 第三話 第二の檻――仲間の値段


第三層で、黄金の天秤が道をふさいだ。


《世界を越える対価として、最も重いつながりを一つ差し出せ》


片方の皿に、日本への扉が現れる。


もう片方には、召喚録が浮かんだ。


「召喚録を捨てれば、今すぐ日本へ帰れる?」


《登録個体との契約および記憶をすべて失う》


ロクメもプルもオルドも、ユッケを忘れる。


ユッケ自身も、彼らを忘れる。


ノアとのつながりも失われ、黒瀬奈緒の魂は魔王の体に残される。


「選ぶと思うか?」


ユッケが天秤へ背を向ける。


《対価なく世界を越えることはできない》


「払うなら、俺自身の力だ。仲間を勝手に値段へ変えるな」


天秤から鎖が伸び、召喚録を奪おうとする。


ロクメが噛みつく。プルが鍵穴へ入り、内部の機構を止める。オルドが鎖を引きちぎった。


しかし天秤は次々に複製される。


ミアが触れようとしても、これは神の法則であり魔法ではないため消せない。


フェンリルが口を開いた。


『法則ごと喰らえばよい』


神獣は黄金の天秤を丸ごと飲み込んだ。


『まずい』


「味の問題なのか?」


『神の理屈は、いつも苦い』


道が開く。


天から声が響いた。


『代償を拒む者よ。いずれ、より大きなものを失う』


ユッケは召喚録を抱えた。


「失わないために登ってるんだ」


---


# 第四話 兄の武器


日本では、黒瀬奈緒の容体が急変していた。


心電図モニターに黒い紋章が浮かび、病院中の電気を吸い始める。


奈緒の体を中心に、黒い結晶が壁と床へ広がった。


医師や看護師は病棟から退避した。


真紀だけが娘のそばを離れようとしない。


「奈緒を置いていけません!」


カワセミが病室へ駆け込んだ。


手には、未開封の限定ゲーム。


「それが何の役に立つの?」と真紀。


「分かりません。でもユッケが死ぬ直前まで持ってた。あいつと一番強くつながってる物です」


黒い触手がカワセミへ伸びる。


ゲーム箱から透明なプルの分身が飛び出し、触手を受け止めた。


「やっぱり、いるんだな」


プルは小さく震える。


箱の包装が光り、日本語の文字になる。


《異世界側の所有者認証を確認》


《ニキビ・カワセミを一時代理召喚士として登録》


「俺が召喚士?」


《使用可能登録個体:プルの分身体》


「一匹だけかよ!」


だが文句を言う暇はない。


カワセミはプルへ命じた。


「奈緒さんを覆え。杭と体の間に入るんだ!」


プルが薄く広がり、奈緒の全身を包む。


黒い結晶の侵食が止まった。


しかし杭は病院の電力だけでなく、東京中の通信網へ根を伸ばし始める。


スマートフォン、テレビ、信号機。あらゆる画面に黒い紋章が映った。


第七観測杭は、情報そのものを食べて成長する。


「ユッケが戻るまで、俺が止める」


カワセミはゲームの包装を初めて破った。


中のディスクをパソコンへ入れる。


本来のゲーム画面ではなく、異世界の地図が表示された。


兄弟をつなぐ限定ゲームが、二つの世界を結ぶ端末になった。


---


# 第五話 十二神


世界樹の頂上には、白い都市があった。


人間、獣人、魔族。あらゆる種族の姿をした十二人の神が、円形の神殿でユッケを待っている。


中央の女神が告げた。


『万象召喚士よ。二世界の接続を禁ずる』


「理由は?」


『世界は分かれているからこそ安定する。接続すれば、魔力が日本へ流れ、科学がアルディアへ流れる。文明は混乱し、多くが死ぬ』


「だから観測杭を打ったのか?」


『杭を作ったのは我らではない。第一世界の未来人、《観測者》だ』


観測者の正体は、数百年後の日本人だった。


科学が発達した未来、日本では資源とエネルギーが枯渇した。彼らは過去と異世界へ穴を開け、魔力を奪おうとした。


その過程で多くの魂を利用し、世界の時間さえねじ曲げた。


「なら、なおさら止めないと」


『第六杭は我らが管理している。破壊すれば、観測者を隔離する神界の結界も消える』


第六観測杭は、敵を閉じ込める檻の鍵にもなっていた。


壊せば観測者が解放される。


壊さなければ、世界接続はできない。


『選べ』


女神が二つの扉を示す。


『右の扉を通れば日本へ帰す。ただしアルディアの記憶と力を失う』


『左の扉を通れば、この世界の英雄として永遠の命を与える。ただし日本とのつながりを断つ』


ノアがユッケの手を握る。


右を選べば、黒瀬奈緒として日本へ戻れる。しかし二人は互いを忘れる。


左を選べば、父母とカワセミに二度と会えない。


「どちらも選ばない」


『選択しなければ、二世界とも観測者に喰われる』


「選択肢が間違ってる」


ユッケは二つの扉の間へ、錆びた短剣を突き立てた。


「第三の扉を作る」


十二神が一斉に立ち上がる。


『ならば、神々を越えてみせよ』


神殿全体が戦場へ変わった。


---


# 第六話 神を召喚する条件


十二神の力は圧倒的だった。


戦神の剣がロクメを吹き飛ばし、海神の波がオルドを押し流す。時神はセレスの時間逆行を止め、獣神はフェンリルを鎖で縛った。


ノアの魔法も、リリアナの賢者術も届かない。


「ミア!」


ミアが神へ触れる。


魔力は消えた。


しかし神の肉体は残る。


神もまた、実体を持つ存在だった。


戦神の拳がミアへ迫る。


ユッケが間へ入り、受け止める。


骨が折れた。


セレスが戻そうとするが、時神に阻まれる。


「ユッケ!」


ノアの叫びが響く。


召喚録が開いた。


《神々を討伐すれば登録可能です》


「倒す必要はない」


ユッケは立ち上がる。


「こいつらは本気で世界を守ろうとしてる」


敵ではない。


考え方が違うだけだ。


ユッケは武器を捨てた。


「俺の計画を聞いてください」


戦神の剣が首元で止まる。


「世界を一気に融合させない。最初は小さな門を一つだけ作る。両世界の代表者が話し合い、魔力と科学の移動を制限する」


『人は約束を破る』と法神。


「そのときは門を閉じる。接続を維持する俺の力を、両世界の同意で管理する」


『お前が死ねば?』


「次の管理者を、両世界が一緒に選ぶ」


『観測者が解放されれば?』


「俺たちと神々で倒す」


『勝てる保証はない』


「ありません」


ユッケは正直に答えた。


「でも、最初から不可能と決めて誰かを切り捨てるより、失敗したら直す方を選びたい」


十二神は沈黙した。


最初に武器を下ろしたのは戦神だった。


『愚かだ』


次に時神が杖を下ろす。


『だが人間とは、時間の中で間違いを直す生き物』


女神がユッケへ手を差し出した。


『我らを倒さず、説得した。これもまた一つの討伐と認めよう』


《十二神とのつながりを確認》


《神々が対等召喚契約を申し出ています》


《受諾しますか?》


「受諾します」


十二の名が、万象召喚録へ刻まれた。


---


# 第七話 檻を開く者


第六観測杭は、神殿の地下にあった。


杭の周囲には黒い空間が広がり、その奥に無数の人影が見える。


未来の日本人。《観測者》たち。


彼らは人間の肉体を捨て、情報生命体となっていた。


『杭を破壊せよ』


観測者の声がユッケの頭へ響く。


『我々を解放すれば、家族のもとへ返してやる』


「自分たちで壊せないのか?」


『神々の封印がある』


「なら、壊す前に新しい檻を作る」


十二神、リリアナ、ノア、ミアが力を合わせる。


神の法則、賢者の術式、魔王の空間、魔断ちの境界。


ユッケはそれらを《万象召喚録》で一つにつないだ。


観測者だけを閉じ込める新しい檻が完成する。


『愚かな過去人類よ!』


黒い影が暴れる。


「未来の日本人なら、俺たちの子孫かもしれない」


ユッケは杭へ短剣を当てた。


「だから殺さない。やったことを、ちゃんと話してもらう」


仲間たちが一斉に力を注ぐ。


第六観測杭が砕けた。


《残存数:一》


同時に、世界樹が大きく揺れた。


封印から解放された観測者たちは、新しい檻へ入らなかった。


情報となって世界樹の根を逆流し、日本へ向かう。


『第七杭と統合し、第一世界を支配する』


「檻が完成する前に逃げた?」


女神が険しい顔になる。


『我らは、彼らの時間操作を甘く見た』


日本の映像が開く。


黒い結晶が病院を覆い、カワセミと真紀が閉じ込められている。


奈緒の体が宙に浮かび、瞳を開いた。


しかし中にいるのはノアではない。


無数の観測者が、奈緒の口を使って告げる。


『第一世界の再構築を開始する』


---


# 第八話 兄弟召喚


カワセミは病室の床に倒れていた。


プルの分身は黒い結晶に捕らえられ、限定ゲームの画面も消えている。


「ユッケ……聞こえるか」


返事はない。


観測者に乗っ取られた奈緒が手を上げる。


病院の外で、東京の空が黒く割れた。


異世界の魔力が制御なく流れ込み始める。


カワセミはゲーム機を抱え、立ち上がった。


「お前、いつも面倒なことは兄ちゃんに押しつけるよな」


画面を何度も叩く。


「限定版、買いに行かせたのは俺だ。だからお前が死んだのは、俺のせいだと思ってた」


真紀が首を振る。


「ユッケ君が選んだことです。あなたのせいではありません」


「分かってます。でも、今度は俺が助ける番です」


カワセミはゲーム箱を開き、ディスクを二つに割った。


ユッケとの最後の物理的なつながり。


壊すことで、内側に蓄積していた召喚力が解放される。


画面に文字が浮かんだ。


《代理召喚士ニキビ・カワセミ》


《第一世界から第二世界へ召喚を実行しますか?》


「逆だ」


カワセミは画面へ叫ぶ。


「俺を向こうへ呼ぶんじゃない。ユッケを、ここへ呼べ!」


《召喚対象とのつながりが不足――》


「兄弟だぞ! これ以上、何が必要なんだ!」


画面へ、父と母の手が重なる。


真紀も奈緒の手を握る。


二つの家族の願いが、一つになる。


世界樹の頂上で、ユッケの召喚録が光った。


《第一世界からの逆召喚要請を受信》


《要請者:ニキビ・カワセミ》


『ユッケ!』


兄の声が聞こえる。


「カワセミ!」


『最後の杭はこっちにある! 奈緒さんが乗っ取られた!』


「今、行く!」


《警告:第七杭の破壊前に第一世界へ移動した場合、帰還不能となる可能性があります》


帰れば、異世界へ戻れないかもしれない。


ミア、リリアナ、レオン、セレスを見る。


「行って」とミア。


「わたくしたちも、必ずあとから参ります」とリリアナ。


「日本って場所を見せてもらわないとな」とレオン。


「ユッケさんの家族を治してあげてください」とセレス。


ノアが隣へ立つ。


「私も行く。あれは私の体だ」


「戻れないかもしれない」


「日本で会うと約束した」


ユッケとノアは手をつないだ。


「万象召喚録――逆召喚を受諾する!」


光が二人を包む。


消える直前、ロクメがユッケの服をくわえた。


プル、オルド、フェンリル、アポカリプスもつながる。


《登録個体が同行を希望しています》


《全個体を第一世界へ召喚しますか?》


「全員で行く!」


世界樹の頂上から、F級召喚士とその仲間たちが消えた。


日本の病室に巨大な魔法陣が広がる。


カワセミの前に、一人の少年が現れた。


少し背が伸び、異世界の制服を着ている。


肩には透明なスライム。


隣には黒い翼の少女。


「兄ちゃん」


カワセミは拳を握り、ユッケの頭を殴った。


「遅すぎるわ、馬鹿!」


そして弟を強く抱きしめた。


日本での最終決戦が、始まる。

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