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# 第一話 帰る国が敵になった日


月哭きの森から戻ったユッケたちを待っていたのは、王国軍だった。


北門へ続く街道を、千人の兵士がふさいでいる。


先頭の騎士が勅書を読み上げた。


「魔族ノア・エクリプス、獣人ミア・ルルカ、および両名をかくまう召喚士ユッケ・アマノを、国家反逆罪により拘束する!」


「俺の名前、ニキビが抜けてる」


「今そこを気にするのか?」とレオン。


「正式な指名手配なら正確にしてほしい」


ノアが翼を広げる。


「千人程度、余が吹き飛ばそう」


「駄目だ」


「では半分」


「人数の問題じゃない」


兵士たちの顔には迷いがあった。武闘祭でユッケを応援した者もいる。獣人との戦争を望んでいるわけでもない。


命令に逆らえないだけだ。


ユッケは《万象召喚録》を開いた。


「フェンリル。道だけ作ってくれ」


神獣が月を飲み込む。


兵士とユッケたちの間の空間が、一時的に切り離された。攻撃は届かず、ユッケたちは別の空間を通って包囲を抜ける。


「反撃しないのか!」


騎士の声に、ユッケは振り返った。


「あなたたちは敵じゃないから」


誰一人傷つけず、一行は王都近郊の廃修道院へ逃れた。


そこにはグレゴール、ヴィクトル、シドウ・レンが待っていた。


レンはまだ顔色が悪いが、自分の足で立っている。


「国王の杭は、これまでと違う」


彼が王都の地図へ七つの点を記した。


「国王を中心に、王都全体が巨大な術式になっている。七日後の皆既日食で完成する」


術式の名は《浄化の光》。名とは裏腹に、獣人と魔族の魂だけを焼き、その力を杭へ集める兵器だった。


「国王を倒せば止まるのか?」とレオン。


「止まらない。王が死ねば、王都の住民全員を代わりの燃料にする」


残された時間は七日。


国王を殺せない。


兵士も傷つけられない。


それでも王宮へ入り、杭を破壊しなければならない。


「戦争じゃな」


グレゴールが言った。


ユッケは首を振る。


「戦わないための戦争です」


---


# 第二話 王子の選択


第一王子アルベルトは、王宮の謁見室で父と向き合っていた。


国王の皮膚には黒い線が走り、瞳から温かさが消えている。


「獣人自治区へ十万の兵を送る」


「おやめください。彼らは反乱を起こしていません」


「王命に疑問を持つのか」


「息子として、父上を案じています」


国王の手がアルベルトの頬を打った。


「余は王だ。息子などおらぬ」


幼いころ、父は厳しくも優しかった。剣の稽古で負けて泣くアルベルトを肩車し、「負けを知る者だけが民の痛みを知る」と教えた。


目の前にいるのは、父ではない。


それでも剣を向けることはできなかった。


夜、アルベルトは秘密通路を通って廃修道院へ現れた。


ヴィクトルが剣を抜く。


「王子、何をしに来た」


「反逆者に、王宮の地図を渡しに来た」


アルベルトはユッケの前へ地図を置く。


「父を救ってくれ」


「王子が俺たちを捕まえるんじゃなかったんですか?」


「王子としては、そうすべきだ」


彼は王家の紋章を外した。


「だが今は、父を助けたい一人の息子として来た」


ユッケは手を差し出す。


「一緒に助けましょう」


アルベルトはその手を握った。


「君は、僕が嫌いではないのか」


「結構嫌いでした」


「過去形なのか?」


「今は少し面倒な仲間です」


「王子に向かって――」


アルベルトは怒りかけ、やがて笑った。



作戦は七日間で七つの術式中継点を無力化し、最後に国王の杭を抜くこと。


第一日、軍の魔力庫。


第二日、王立教会。


第三日、学院白塔。


第四日、地下水路。


第五日、王都城壁。


第六日、処刑広場。


第七日、王宮。


失敗すれば二種族が滅び、王国も崩壊する。


ユッケは仲間を見回した。


「全員、生きて七日目を迎える。それが一番大事な作戦です」


---


# 第三話 武器を持たない反乱軍


第一日。


ユッケたちは兵士に変装し、軍の魔力庫へ入った。


ノアの角は帽子で隠した。フェンリルは大型犬、ロクメは六つの目を前髪と布で隠した。


「無理がある」とミア。


「犬です」とユッケ。


「目が六つあるぞ」と門番。


「王都では流行ってます」


門番はしばらく悩み、通した。


「通るのか」とレオン。


「王命が変すぎて、みんな疲れてるんだ」


魔力庫の中継器をミアが停止させる。破壊すれば警報が鳴るため、プルが形をまねて偽物と入れ替わった。


第二日。


王立教会では、セレスが聖女候補として正面から入った。


「神は、獣人と魔族を滅ぼせと命じています」


大司教の言葉に、セレスは首を振った。


「わたしの信じる神様は、そんなに心が狭くありません」


彼女は祭壇に刻まれた一日前の時間を呼び戻し、杭の紋章が追加される瞬間を信徒たちへ見せた。


大司教が観測者の手先だと判明し、中継点は信徒自身の手で止められた。


第三日。


白塔ではセドリックが待っていた。


「遅いぞ、ユッケ」


「どうしてここに?」


「俺はB級炎魔術師だ。学院を守る義務がある」


背後には白塔と赤塔の生徒が並んでいた。


ヴィクトルが剣を掲げる。


「僕たちは反乱に加わるのではない。王国を、本来の王へ返す」


武器を持たない反乱軍は、少しずつ増えていった。


誰も殺さず、誰も支配しない。


ユッケの召喚獣たちは兵士を倒す代わりに、武器を奪い、道をふさぎ、眠らせた。


プルは兵士の鎧へ入り込み、百人を笑わせて戦闘不能にした。


「それ、かなり屈辱的じゃないか?」


「死ぬよりいい」


王都の民衆は、いつしか彼らを《無血の反乱軍》と呼び始めた。


---


# 第四話 二つの家族


日本。


ニキビ家の玄関に、一人の女性が立っていた。


黒瀬真紀。奈緒の母である。


「突然申し訳ありません」


ユッケの父と母は、居間へ彼女を通した。


テーブルの上には、ユッケの遺影がある。


真紀は写真を見るなり息をのんだ。


「この子です。奈緒が描いた子と同じです」


彼女は病室で見つけた絵を広げた。


ユッケの顔。その肩には透明なスライム。背景には石造りの城と黒い翼の少女が描かれている。


母の手が震えた。


「でも、ユッケは亡くなりました」


「奈緒も、事故から一年以上眠っています。それなのに先日、一分間だけ目を開けて……ユッケ君を探してと言いました」


「悪い冗談はやめてください」


階段からカワセミが降りてきた。


怒りで顔をこわばらせている。


「弟は死んだんです。母さんたちを混乱させないで」


真紀は頭を下げた。


「本当に、ごめんなさい」


彼女が絵を片づけようとしたとき、カワセミは透明なスライムに気づいた。


自分のゲーム箱についていた粘液と同じ形だった。


「待って」


カワセミは二階から未開封のゲームを持ってくる。


箱の表面には、乾かずに残った透明な文字。


――マッテテ。


真紀の絵の中で、スライムが突然光った。


紙から小さな透明の塊が盛り上がる。


それは震えながら、新しい文字を作った。


――イキテル。


ユッケの母が口元を押さえた。


父は何度も文字を読み返した。


カワセミが、声を震わせる。


「どこにいるんだよ、ユッケ」


スライムは力を使い果たし、ただの水滴へ戻った。


だが四人は確かに見た。


この日、黒瀬家とニキビ家は、二人の子どもが帰ってくる可能性を初めて共有した。


---


# 第五話 裏切り者


第五日、王都城壁。


作戦は国王軍に知られていた。


ユッケたちが到着すると、数万の兵士が待ち構えていた。


「誰かが情報を漏らした」


アルベルトが周囲を見る。


疑いの目がシドウ・レンへ集まった。


五百年前、観測者に協力した転生者。今回の作戦も彼が立てている。


「僕ではない」


レンは静かに言った。


「信じろとは言わない。でも、もう誰かを犠牲にして帰るつもりはない」


裏切り者はグレゴールだった。


老教師の首筋に黒い紋章が浮かぶ。


国王の杭が、彼を遠隔操作していた。


「逃げろ……ユッケ」


グレゴールは自分の喉を押さえながら叫ぶ。


「わしごと、城壁を壊せ!」


城壁の魔力砲が起動し、王都の民衆へ向けられた。


反乱軍を支持した街区ごと消し飛ばすつもりだ。


「先生ごと壊すなんて、できるわけない」


ユッケは召喚録を開く。


しかしミアは城壁の反対側。間に合わない。


「僕が行く」


レンが《強制隷属録》を自分へ向けた。


自らの意識を杭の支配へ接続し、グレゴールの代わりに命令を引き受ける。


「今だ。僕ごと接続を切れ」


「また犠牲になる気か!」


「違う。今度は信じている。君なら僕も助けると」


ユッケはロクメとプルを同時召喚した。


プルがレンの体を覆って命令の流れを遅らせ、ロクメが城壁を駆ける。


到着したミアが二人へ触れた。


支配魔法が消える。


魔力砲は発射寸前で停止した。


グレゴールとレンは生きている。


城壁の兵士たちは武器を下ろした。


「もう王命には従えない」


一人の騎士が言った。


その声は次々に広がり、数万の軍が道をあけた。


第六日、処刑広場の中継点も民衆の手で停止された。


残るは王宮だけ。


---


# 第六話 黒王


第七日。


皆既日食が始まった。


王宮は黒い結界に包まれ、空には巨大な魔法陣が広がる。


ユッケ、アルベルト、ノア、ミア、リリアナの五人が謁見室へ入った。


国王は玉座に座っている。


その背後には、王都全体から集められた黒い魔力が人の形を作っていた。


《黒王アルディア》


《危険度:世界崩壊級》


「父上」


アルベルトが前へ出る。


「帰ってきました。もう一度、剣を教えてください」


黒王の腕が息子をなぎ払う。


ユッケがロクメを走らせ、空中で受け止めた。


「言葉は届かない」


ノアが魔王の翼を広げる。


「ならば力ずくで聞かせるまでだ」


リリアナの魔法が黒王の動きを縛る。ミアが近づこうとするが、魔力の圧力で弾き返された。


杭は国王の心臓と融合している。


単純に消せば、心臓も止まる。


「セレスがいれば時間を戻せるのに」


「彼女は王都の結界を支えています」とリリアナ。


プルがユッケの肩で震えた。


スライムはセレスの時間逆行を三回だけ記憶している。しかし国王の数十年分の肉体を巻き戻せば、子どもにしてしまう可能性がある。


必要なのは、杭と融合した七日間だけを戻すこと。


「プル。国王じゃなく、杭だけの時間を戻せるか?」


プルが細く伸び、黒王の胸へ触れる。


杭に刻まれた時間を読み取る。


七日前。


評議会議長が国王へ薬と偽って黒い結晶を飲ませた瞬間。


「そこまで戻せ!」


プルが白く光る。


杭が心臓から離れ、黒い結晶へ戻り始める。


黒王が絶叫した。


観測者の意識が国王を捨て、アルベルトへ移ろうとする。


アルベルトは逃げなかった。


「来い。僕が王家の血を終わらせる」


「終わらせない!」


ユッケが二人の間へ入る。


黒い意識を《万象召喚録》で受け止めた。


《未確認存在の侵入》


《強制登録を開始されました》


今度はユッケが支配されようとしている。


その手を、ノアが握った。


「お前は一人ではない」


反対の手をミアが握る。


「一緒に守る」


リリアナとアルベルトもつながる。


五人の意識が、召喚録の中で一つの輪になった。


《対象とのつながりを拒絶しました》


《強制登録失敗》


黒い意識が弾き出される。


ミアの魔断ちが、それを完全に消した。


杭が砕けた。


《第四観測杭の破壊を確認》


《残存数:三》


国王が元の姿へ戻り、アルベルトの腕へ倒れ込んだ。


日食が終わる。


七日間の戦争は、死者を一人も出さずに終結した。


---


# 第七話 王になる者


国王は一命を取り留めたが、長い療養が必要だった。


アルベルトが摂政として国政を担うことになる。


即位式ではなく、王都の広場で簡素な就任宣言が行われた。


「僕は完璧な王にはなれない」


アルベルトは民衆へ語った。


「かつて身分が人の価値を決めると信じ、友を見下した。だからこそ、間違いを認められる王になる」


彼は獣人・魔族討伐令を撤回し、月哭きの森との対等な条約を結んだ。


ユッケには救国の英雄として爵位が提示された。


「辞退します」


「またか。なぜだ?」


「ニキビ卿って呼ばれたくないので」


広場が笑いに包まれた。


アルベルトも笑った。


「では、王国特別召喚士の地位を与える。これは名前で呼ばれる役職だ」


「給料は?」


「出す」


「受けます」


レオンが呆れた。


「そこは即決なんだな」



夕暮れ、ユッケは王宮の屋上でノアと二人になった。


「日本の奈緒は、目を覚ましたかな」


「分からぬ。だが以前より近く感じる」


ノアはユッケの胸へ指を当てた。


「ここにいる余と、日本で眠る私。二人とも、お前の名を呼んでいる」


「言い方が少し変わったな」


ノアはときどき、自分を「私」と呼ぶようになっていた。


「嫌か?」


「どっちも好きだよ」


言ってから、ユッケは固まった。


ノアも目を見開く。


「今のは、その……呼び方の話で」


「聞かなかったことにはせぬ」


ノアはうれしそうに笑った。


「日本へ戻ったら、続きを聞かせてもらう」


---


# 第八話 異世界からの手紙


日本のニキビ家と黒瀬家は、毎週集まるようになった。


最初は半信半疑だった父も、ゲーム箱に現れた文字を顕微鏡で調べ、既知の物質ではないと知ってから態度を変えた。


カワセミは毎晩、ユッケの部屋でゲーム箱へ話しかけた。


「今日、数学のテストだった。お前なら四十点くらいだろ」


「母さん、まだお前の分までカレー作るんだぞ」


「早く帰ってこい」


返事はない。


それでも話し続けた。


ある夜、箱の上にプルが現れた。


今度は水滴ではない。手のひらほどの分身だった。


プルは口から、一枚の紙を吐き出した。


異世界の文字で書かれている。しかし紙へ触れた瞬間、日本語へ変わった。


> 父さん、母さん、カワセミへ。

>

> 俺は生きています。

>

> 今はアルディアという世界にいます。魔法があって、竜や獣人もいます。俺はF級召喚士になりました。F級だけど、わりと強いです。

>

> すぐには帰れません。二つの世界を壊さずにつなぐため、あと三本の杭を壊す必要があります。

>

> 黒瀬奈緒さんも、俺と一緒にいます。こっちではノアと名乗っています。必ず一緒に帰ります。

>

> カワセミ。ゲームを開けずに待っていてくれて、ありがとう。

>

> でも、もう遊んでいいぞ。帰ったら最初から一緒にやろう。

>

> 必ず帰る。

>

> ニキビ・ユッケ


母は手紙を抱きしめて泣いた。


父は眼鏡を外し、何度も目を拭いた。


真紀は病室へ走り、眠る奈緒へ手紙を読み聞かせた。


カワセミはゲーム箱を見つめる。


「開けていいって、遅いんだよ」


包装を破ろうとして、手を止めた。


「やっぱり待つ。お前が帰ってくるまで」


プルの分身が、うれしそうに跳ねた。


その瞬間、奈緒の病室で心電図が速くなる。


閉じた瞳から涙が流れた。


「ユッケ……」


二つの家族へ、初めて言葉が届いた。


だがアルディアでは、破壊したはずの観測杭から一本の黒い光が空へ逃げていた。


光は海を越え、魔族領へ落ちる。


《第五観測杭が最終宿主との融合を開始》


《宿主:魔王ノア・エクリプスの旧肉体》


《推定完全融合まで:三十日》


ノアの失われた過去が、敵として目覚めようとしていた。


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