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Lycorisーリコリスー  作者: 小鳥遊 千夜
第一章 黄泉への旅路編

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第捌巡 魂を裁く、神の法廷

 

「ご覧くださいませ。」

 白(はく)が静かに前方を示す。


「あの中央におられるお方が、閻魔(えんま)様ですわ。」

 俺は息を整えながら、大広間へ足を踏み入れた。


 中は想像していた地獄とはまるで違っており、どちらかと言えば巨大な裁判所だ。


 天井は見上げても果てが見えず、何本もの巨大な白い柱が規則正しく並んでいる。

 左右には先ほど門を守っていた者たちと同じ黒い制服を身にまとった衛兵が何十人も整列し、

 誰一人として身じろぎすらしない。

 それだけで、この場所がどれほど神聖な空間なのか理解できた。


 その視線の先、広間の最奥にある高い玉座に、一人の人物が静かに腰掛けている。


「あれが……。」

 思わず言葉を失う。


 正直、もっと鬼みたいな大男を想像していた。

 筋骨隆々で顔中に髭を生やしいかにも「地獄の王」といった姿を――


 だがそこにいたのは、二十代ほどにも見える、一人の女性だった。

 澄み渡る空を閉じ込めたような長い青髪に雪を思わせる白を基調とした神衣。

 気品と静けさそしてその場に座っているだけで、

 この空間そのものを支配していると分かる圧倒的な存在感。


(……綺麗だ。)

 思わず息を呑む。

 それもただ美しいというよりも神々しい――そんな表現がしっくりきた。


「てっきり、もっとゴツい人かと思ってたんだけどな……。」

 思わず本音が漏れる。


「まったく……。どんな想像をしておりましたの。」

 呆れたようにため息をつく。


「そんな失礼なことを考えておりますと恐ろしい罰を受けますわよ?

 閻魔様は魂の内まで見通すお力をお持ちなのですから。」


「えっ…?」

 俺は反射的に玉座を見る。


 閻魔様はこちらを見ているわけではない。……はずなのに、何故だろう?


 全部見透かされているような気がした――


「わ、悪かった……。」

 慌てて謝る。


「今さら謝っても、聞こえておりますでしょうけれど……。」

 白は小さく肩を落とした。


「やめろよ、余計怖くなるだろ!」


 その時だった――。


 閻魔様は静かに書類へ目を落とし、感情を交えない声で告げる。

 澄み切った声が法廷へ響く。


「判決を言い渡します。被告人”米塚黒蔵(こめづかくろぞう)”、その魂は著しく穢れている。

 よって、大叫喚(だいきょうかん)地獄にて罪を償いなさい。」


「お、お待ちください!」

 男は慌てて前へ出た。


「私は政治家です!国のために尽くし、多くの国民に支持されてきました!

 その私が地獄など、何かの間違いでしょう!」


「間違いではありません……。」

 閻魔は静かに男を見つめる。


「お前は己の地位を利用し賄賂を受け取り、都合の悪い証拠を隠滅した。

 その全て、魂の記録に刻まれています。」


「そ、そんなもの証拠にはならん!」

 男の顔から血の気が引く。


 その瞬間、ドンッ!! 


 隣に控えていた初江王(しょこうおう)が机を激しく叩いた。


「愚か者!ここは現世ではない。神仏の御前において嘘も隠し事も意味を成さぬ。

 裁かれるのは地位でも名誉でもない。魂、そのものだ。」


「くっ……。」


 俺はその男の顔を見つめる。


(……あの政治家は確か…。

 数年前、連日のように献金問題や汚職疑惑が報じられていていたが

 ……やっぱり、黒だったんだな。)


「話は済んだだろう。…連れて行け。」

 初江王が静かに命じる。


「はっ!」

 牛の面を被った獄卒たちが一斉に男の両腕を掴んだ。


「は、離せっ! 無礼者ども!政治家である私に、こんな扱いが許されると思っているのか!」

 暴れる男だったが、獄卒たちは微動だにしない。

 まるで大人が子供を抱えるように軽々と引きずっていく。


「くそっ!!覚えておれ!貴様ら全員、必ず後悔させてやる!!」

 怒号だけが法廷に虚しく響き、やがて重い扉の向こうへと消えていった。


 静寂が戻り、俺はその閉ざされた扉をぼんやり見つめながら、小さく息を吐いた。


(人間って……。あそこまで醜くなれるものなんだな。)


「なぁ、さっきの男はこの後どうなるんだ?……やっぱり火あぶりとか、串刺しとかされるのか?」

 俺は白へ顔を近づけ、小声で尋ねる。


「それは人間が作った創作ですわ。

 肉体を持たない魂を傷つけても意味がありませんもの。」

 白は小さく首を横に振る。


「じゃあ、地獄って何なんだ?」


「一言で言えば……懺(・)悔(・)の(・)場(・)所(・)ですわ。」

 白は穏やかな声で続ける。


「己が犯した罪と向き合い、償い、赦されるための場所。

 自分が傷つけた人々の悲しみや苦しみを、魂そのものが理解するまで……。

 だから人によっては、それが何百年、何千年にも感じられることもありますの。」


「なるほどな……。」


 火責めや針山よりも、そっちの方がよほど地獄なのかもしれない。


「因果応報……ってやつか。」


「ええ。現世では裁かれなかった罪も、誰にも知られなかった善意も、

 この世界では何一つ消えませんわ。」


 その言葉を聞き、俺は思わず法廷を見渡す。


 ここは人間の裁判所じゃない――魂(・)を(・)裁(・)く(・)、神の法廷なんだ。


「では次の者、中へ!」

 初江王の鋭い声が法廷に響き渡った。




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