第漆巡 いざ、閻魔王庁へ!
「……ん。」
俺がゆっくりと目を開けると、そこは自分の客室の天井が目に入った。
「……あれ?」
ベッドから身体を起こし、辺りを見回す。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「あの後、寝落ちしたのか……。」
頭を掻きながら苦笑する。
「白が運んでくれたのか?」
あの小柄な身体で?いや、意外と力持ちなのか?
それとも……
「……あれ自体が夢だったのか?」
どちらにしても分からない、ただ一つだけ確かなことは映像の中の
あの少女の声だけは不思議なくらい鮮明に耳へ残っていた。
『約束だからね。』
「……誰だったんだ?」
思い出せそうで思い出せない、そのもどかしさが胸の奥に残る。
すると――コンコン。っと軽いノックが響いた。
「お目覚めですか?目的地へ到着いたしましたわ。」
白の声が扉越しから聞こえる。
「……ああ。今行く。」
ベッドから立ち上がる。
結局、あの少女が誰だったのかは分からず約束の内容も思い出せない。
それでも久しぶりに、少しだけ温かい夢を見た気がした――。
――白と共に船を降りるとそこは巨大な港だった。
何隻もの客船が静かに停泊し、大勢の魂たちが行き交っている。
どこか空港にも似た、不思議な活気があった。
「あの世ってもっと静かな場所かと思ってたが、賑やかだな。」
思わず辺りを見回す。
「皆さま、それぞれ次の人生へ向かう途中ですもの。
案外忙しい世界なんですのよ。」
白は優しく微笑む。
その言葉に苦笑しながら歩いていると、やがて白が足を止めた。
「向こうをご覧くださいませ。」
指差した先、霧の向こうに巨大な宮殿が姿を現す。
幾重にも重なる屋根、天へ届きそうな白い柱。
神殿とも城ともつかない、圧倒的な存在感。
「……うお、でっけぇ…何だよあの建物?。」
思わず声が漏れる。
「あれはこの世界の司法機関”閻魔王庁”…。閻魔様がおられる本殿ですわ。」
白は誇らしげに告げる。
「本当にいるんだな……。どんな人なんだ?やっぱり怖いのか?」
思わず喉を鳴らす。
「厳しいお方ではあります。ですがこの世界を司る神の一柱として
すべての魂を分け隔てなく見守り、導いてくださる高貴なお方です。」
そう語る白の声には尊敬が滲んでいた。
「ですから、どうか失礼のないようお願いいたします。」
白は少しだけ表情を引き締める。
「……分かってる。さすがに神様へ喧嘩売るほどバカじゃない。
地獄行きなんて御免だからな。」
俺は苦笑する。
「ふふ、その心掛けなら大丈夫そうですね。閻魔様のお話をよく聞き誠実に向き合えば、
きっと、あなたにとって最善の道を示してくださいますわ。」
白は満足そうに頷いた。
やがて巨大な門の前にたどり着くと俺は一度深呼吸をし門を潜った。
左右にはどこまでも続く灰色の壁、飾りらしい飾りは一切なく静寂だけが支配しており、
まるで巨大な監獄へ続く道を歩いているような気分になる。
「そういえばさ、転生って結局どんなことをするんだ?」
俺は何となく落ち着かず、隣を歩く白へ声を掛けた。
「転生とは現世の未練を断ち切り、新たな目的と器を決めて次の人生へ進むことですわ。」
白は歩みを止めることなく答える。
「……目的か…なんか就職活動みたいだな。」
思わず苦笑する。
「そういうの俺、あんまり得意じゃないんだけど…大丈夫かな?」
「ふふ、ご安心くださいませ。
確かになかなか転生先が決まらない方もいらっしゃいますけれど、
そういう方でも数百年から数千年ほどで皆さま無事に転生なさいますわ。」
白は口元を隠して笑った。
「……。えっ!?数千年っ!?」
俺の足が止まり、思わず素っ頓狂な声が通路へ響いた。
「いやいやいや!待て待て!
それ待機期間ってレベルじゃねぇだろ。文明何回終わるんだよ!
俺、そんな長い間ここで暮らせる気がしないんだけど!」
「ご心配には及びません、あなたは既に魂の存在。
現世とは時間の流れも異なりますし、肉体も寿命もありません。
老いることも病に苦しむことも無く、むしろ現世より快適だと感じる方も多いですわよ。」
白は涼しい顔のまま穏やかな声で続ける。
「それにこの世界はそのための待合所でもあるのですから……」
「……待合所って規模じゃねぇな。」
思わず空を仰ぐ。
何千年待ちもあり得る待合所なんて、聞いたこともない。
だが、今さら文句を言ったところで、生き返れるわけでもない。
「……まあ。なるようになる、か……。」
「ええ。その考え方は嫌いではありませんわ。」
白は満足そうに微笑む。
しばらく歩くと、白が静かに足を止める。
「さぁ着きました。閻魔様はこの扉の先ですわ。」
視線を上げた瞬間、俺は思わず息を呑む。
そこには巨大な門がそびえ立っていた、黒鉄で造られた重厚な両開きの扉。
無数の装飾が施されているにもかかわらず、その威圧感はまるで山そのものだった。
門の左右には、牛の面を被った二人の大男が全身を黒い甲冑で包み、
巨大な長柄の武器を静かに構えていた。
「……緊張しているようですわね?」
白が静かにこちらを見ている。
「……まあな、なんせ神様に会うなんて初めてだからな。」
俺は目を閉じ大きく深呼吸をして気持ちを整える。
「よし、もう大丈夫だ。」
俺の言葉に白は小さく笑うと、ゆっくりと扉へ手をかざす。
ゴゴゴゴゴ……
地の底から響くような重低音が静寂を震わせ巨大な門が、ゆっくりと左右へ開き始める。
まるで世界そのものが口を開き、俺を迎え入れようとしているかのように――。




