第陸巡 あなた自身が作り上げた作品なのですから
デッキへ出ると、ひんやりとした夜風が頬を撫で思わず足を止める。
「……すげぇ。」
辺りはいつの間にか暗くなっていた。
見上げれば、空いっぱいに散りばめられた無数の星々。
街の灯りなど存在しないこの世界では、一つひとつの星が信じられないほど鮮明に輝いている。
静かな水面は星空を映し込み、まるで船が宇宙を航海しているようだった。
「綺麗……だな。」
思わず本音が漏れる。
「お気に召しました?」
白は嬉しそうに微笑む。
「ああ。でも……。」
辺りを見回す。
「お前が言ってた"面白いもの"ってどこにあるんだ?」
「直ぐに始まりますわ。」
「……なんだ?」
白が空を見上げ、つられて俺も視線を上げた。
星空の一角が淡く揺らぎ、まるで水面へ石を投げ込んだように波紋が広がり、
映像が映し出され始めた。
「あれは……!?」
見覚えがある――いや、ありすぎる。
あれは、幼い頃の俺だった。
「小さい頃の俺…?」
画面は次々と切り替わっていく。
家族で出掛けた遊園地や動物園ではしゃぐ幼少期の自分、
小学生になりランドセルを背負って学校へ向かう姿。
友達と笑い合い、時には喧嘩をして泣いた日……。
どれも忘れていた思い出だった。
「何だこれ……。」
思わず呟く。
「人生の記録ですわ……あなたが歩んできた人生、そのすべて。」
白が静かに答える。
「俺の記録……。」
空いっぱいへ映し出される思い出を眺める。
「……まるで走馬灯だな。」
苦笑する。
「でも、こんなにはっきり見えるなんてまるで映画館みたいだ。」
「映画ですか…。そうかもしれませんわ。」
白はくすっと笑った。
「これは、”あなた自身が作り上げた作品”なのですから。」
夜空を見上げながら、小さく微笑む。
「俺の……作品か。」
そんなふうに考えたことは一度もなかった。
映像は静かに流れ続ける。
父に肩車をしてもらった日、母が作ってくれた誕生日ケーキ。
転んで泣いた日、笑った日、怒られた日……そのどれもが、ありふれた思い出だ。
特別な出来事なんて一つもない。
でも――
「……懐かしいな。」
気付けば、自然とそんな言葉が口をついていた。
「あら。ずいぶん落ち着いていますのね。」
白が少し意外そうな顔をする。
「そうか?」
「他の方でしたら泣いたり笑ったり、大騒ぎする方ばかりです。
だから、貴方のような方は珍しいですわ。」
「……まあな。」
俺は苦笑した。
夜空へ映る幼い自分を見つめる。
「俺はただ適当に流されて生きてきただけだから。
自慢できるような人生でもないし、未練と呼べる程のものもない。」
肩をすくめる。
「ははっ……ほんと、退屈な映画だよ。」
俺は自嘲気味に笑うが、白は笑わなかった。
「……そんなことはありませんわ。」
その声は優しく、どこか力強かった。
「どんな人の人生にも、必ず輝いていた瞬間があります。
皆さん、それを忘れてしまっているだけですわ。」
夜風が静かに吹き抜ける。
「輝いてた瞬間、ね……。」
俺は黙ったまま夜空を見上げる。
そんなもの、俺にあったとは思えない――
「俺には無いよ。」
「いいえ、きっとありますわ。」
間髪入れず、白は言い切った。
「まだ、見つけられていないだけ……。ここはそのための場所でもあるのですから。」
その瞳は真っ直ぐだった。
「大切な人や、果たせなかった夢。そして大切な約束を思い出す場所……。」
白は夜空へ映る思い出へそっと目を向け、微笑む。
「約束……。」
その言葉だけが、不思議と胸へ引っ掛かった。
約束なんて、あっただろうか?
誰かと交わした、大切な約束――思い出そうとしても、何も浮かばない。
「……分かんねぇな。」
「ふふふ。急ぐ必要はありませんわ。
旅はまだ始まったばかりなのですから。」
白は優しく笑う。
その横顔はどこか遠くを見つめていた。
まるで白自身にも、忘れられない思い出があるかのように。
俺はもう一度夜空を見上げる。
もし本当に、俺にもそんな約束があるのなら――見つけてみたい。
そんな気持ちが、胸の奥で小さく芽生え始めていた。
夜空へ映し出された景色が、ゆっくりと切り替わる。
そこに映っていたのは、幼い頃の俺だった。
夕焼けに染まる公園にあるブランコの前で、誰かと向き合っている。
白いワンピースを着た同い年くらいの小さな女の子だった。
長い髪にどこか懐かしさを感じるが、肝心の顔だけがぼんやりと霞んで見えない。
『約束だからね。』
少女が小指を差し出す。
幼い俺も照れくさそうに笑いながら、小さな指を絡めた。
『ああ、約束だ。絶対に──────!!』
その瞬間、映像が大きく揺らぎ、最後の言葉だけが霧の中へ溶けるように消えてしまった。
「待て!あの子は……!」
もう少しで思い出せそうなんだ!
俺は思わず手を伸ばす。
だがその瞬間、世界が白く染まっていく――




