第弐拾巡 ここが、ワタシたちのクラスだよ
「ここが、私たちのクラスだよ」
麗奈に案内されて辿り着いた教室は、俺が知っている学校とはまるで違っていた。
部屋は劇場のような扇形になっていて、階段状に机が並んでいる。
決まった席はないらしく、生徒たちは思い思いの場所で談笑したりと自由に過ごしていた。
昼休みだからだろうか――広い教室も、人影はまばらだった。
「おっ、やっと来たか!」
教室の奥から聞き慣れた声が飛んでくる。
「翔」
手を振りながら近付いてきた翔を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
「お前もこのクラスだったのか……!」
知っている顔があるだけで、こんなにも安心するものなんだな。
「もちろん、ルームメイトでクラスメイト。俺とお前は毎日顔を合わせる運命ってわけだ」
「勘弁してくれ」
「ははっ! そう言うなって」
翔は人懐っこく笑う。
こいつは本当に、初対面から距離を詰めるのが上手い。
「それより腹減ったな!一緒に昼飯行こうぜ!」
そう言われて初めて、自分が朝から何も食べていなかったことを思い出した。
「…そうだな。俺もちょうど腹が減ってた所だ。」
そう返事をしてから、俺は隣に立つ麗奈へ振り返る。
「お前はどうする?」
「私はパスかなぁ」
麗奈は腕にはめた狐のパペットを俺たちへ向ける。
「わっち達は、さっきラーメンとカレーとパンケーキを食べたからのう…」
「食べ過ぎだろ!」
思わずツッコむと、麗奈は吹き出した。
「あははっ♪ 妲己ちゃんは食いしん坊だからねぇ」
「育ち盛りなのじゃ」
「いや、食べたのは麗奈だろう……」
「わっはっは。細かいことは気にするでない」
パペットは偉そうに胸を張る――いや、胸なんて無いけど。
「というわけで、私はもうお腹いっぱいだから、二人で行ってきなよ」
「分かった。……案内ありがとうな」
「どういたしまして」
麗奈は柔らかく微笑む。
「また後でね、空君」
「ああ」
軽く手を振って別れ、俺は翔の後について教室を出た。
廊下へ出ると、翔がニヤリと笑う。
「どうだ、面白いクラスだろ?」
「……変わった奴は多そうだな」
「だろ?」
翔は腹を抱えて笑った。
「でも安心しろ。ここじゃ"普通"の方が少数派だから」
「それ、安心できる情報か?」
「できるできる!」
軽口を叩き合いながら歩く。
不思議なもんだ。つい昨日まで、俺にはこんな何気ない会話をする相手すらいなかった。
そんな俺が死んだと思ったら、こんな場所で今は新しい縁ができている。
運命なんて今まで信じたことはなかったが、
この世界に来てからは、少しだけ信じてもいいような気がしていた。
「さぁて!この学校自慢の学食をご案内しますか!」
「そんなにうまいのか?」
「食って腰抜かすなよ?」
「それは期待しとく。」
俺は少しだけ笑って、翔と並んで食堂へ足を踏み入れた。
「確かにすげぇな……。学食っていうより、ホテルのレストランみたいだ。」
食堂へ足を踏み入れた瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。
高い天井からは柔らかな照明が降り注ぎ、木目調を基調とした落ち着いた内装。
窓際には観葉植物が並び、心地よいジャズが静かに流れている。
とても学校の食堂とは思えない。
「だろ?」
翔は得意げに胸を張る。
「料理も本格派だぞ。和洋中はもちろん、世界中の料理が揃ってる。毎日来ても飽きねぇくらいだ。」
「そんなにあるのかよ!」
「食券はあっちな。オレが席取っとくから、ゆっくり選んでこい」
「ああ、助かる」
翔と別れ、俺は券売機の前へ向かった。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
画面いっぱいに並ぶ料理の数々。
寿司、ステーキ、パスタ、ピザ、中華、韓国料理、インドカレー。
さらには北京ダックやジンギスカン、高級懐石料理まで並んでいる。
(これ本当に学食か……?)
メニューを眺めているだけで腹が鳴りそうになる。
(ステーキも捨てがたい……いや、寿司もいいな……)
しばらく本気で悩んだ末、俺は海鮮丼と天ぷらがセットになった定食を選んだ。
「これください」
受け取った料理からは湯気が立ち上り、新鮮な刺身が艶やかに輝いている。
見た目からして、もう美味そうだ。
席へ戻ると、翔は約束通り窓際の席を確保して待っていた。
「お、いいの選んだな。」
「ああ。迷ったが……やっぱり和食は外せないからな。」
「ハハッ。オレもちょうど取ってきた」
翔のトレーには、大盛りラーメンと黄金色のチャーハン。
実に男らしい組み合わせだった。
「炭水化物に炭水化物か」
「男は細かいこと気にしねぇんだよ」
「そのうち医者に怒られるぞ?」
「俺は死んでるんだぜ?つまりセーフさ。」
「ハハッ!確かにな」
二人で顔を見合わせ、思わず吹き出した。
「「いただきます」」
箸を取って海鮮丼を口へ運ぶ。
「……うまっ」
思わず言葉が漏れた。
魚は驚くほど新鮮で臭みが一切なく、甘みが口いっぱいに広がる。
天ぷらも衣は軽く、サクッという音が心地よい。料亭で出されても不思議じゃない味だった。
「店レベルだな、これ……」
「だろ?こっちも本格派なんだぜ。スープなんて本場にも負けねぇ」
翔もラーメンをすすりながら満足そうに頷く。
「食べたことあるのか?」
「いや、無い」
「無いのかよ!?」
「でも絶対負けてない!」
「説得力ゼロじゃねぇか」
二人で笑いながら食事を続ける。
こんな訳の分からない場所に来ているというのに、
こうして他愛ない話をしながら飯を食っていると不思議と気持ちが落ち着いてくる。
昨日までの俺なら、こんな時間が来るなんて想像もしなかっただろう。
食後はサービスで付いてきた小さなプリンとコーヒーを味わいながら、一息つく。
「ふぅ……」
自然と肩の力が抜ける。
ここがどんな場所であれ、こうして誰かと飯を食っていると少しだけ現実の重さを忘れられる。
この世界へ来て初めてほんの少しだけ“落ち着く”という感覚を思い出していた。




