第拾玖巡 心のない人形
「――まるでロボットみたい……でしょ?」
「っ!?」
突然、後ろから声がして俺は思わず肩を跳ね、慌てて振り返る。
そこには、見覚えのない女子生徒が立っていた。
肩まで伸びた明るい紫色の髪。
制服の上からゆったりとしたロングパーカーを羽織り、
その右手には一匹の狐のぬいぐるみ……いや、パペットがはめられている。
その狐は口をパクパク動かしながら俺を見つめていた。
「ほれほれ、図星じゃったじゃろ?」
「あはは、上手くいったね♪」
女子生徒と狐が交互に喋る。
いや、喋ってるのは同じ人なんだけど。
「……。」
俺は数秒固まった。
「えっと……どっちがお前なんだ?」
「あははっ!その反応好きだなぁ。」
少女はお腹を抱えて笑い出し、そして狐の口をパクパクさせる。
「紹介がまだじゃったの。わっちは”妲己”ちゃん。」
続けて自分の胸を指差す。
「で、こっちが”麗奈”じゃ。」
「よろしくねぇ。」
「……逆じゃなくて?」
「逆じゃないよ。」
「そ、そうか……。」
真顔で返され、深く考えたら負けな気がした。
「キミは真城空君でしょ?」
麗奈がニコッと笑う。
「ああ、そうだけど…なんで俺の名前を?」
「クラスメイトだもん。」
さらりと言う。
「なるほどな。それとさっきの事なんだが…」
俺は先程から気になっていたことを口にする。
「さっきの女子生徒……あいつのこと何か知ってるのか?」
「……もちろんじゃ。」
麗奈ではなく、狐の妲己ちゃんが得意げに胸を張る。
「空君はゲームってやったことある?」
「ああ。」
「だったら早いね。」
「簡単に例えるなら、彼女は”NPC”だね。」
「……NPC?」
麗奈は人差し指を立てる。
「そう、私たちがプレイヤーなら、あの子たちは村人A。
決められた役割をこなすためだけに存在してる。」
妲己ちゃんも続ける。
「話しかければ返事もする、案内もしてくれる。でも、自分の意思はない。
心のない人形……そんな感じじゃな。」
「……。」
俺は思わずさっきの女子生徒が歩いて行った廊下を見る。
言われてみれば、どこか機械的だった。
「でも、なんでそんなものがいるんだ?」
「ここは現世を再現した世界だからだよ。」
麗奈は窓の外へ目を向ける。
「人だけでは足りないところを埋めるための存在。
背景を作るためのエキストラって言えば分かりやすいかな。」
「なるほど……。」
納得したような、したくないような――そんな気分になる。
すると麗奈は軽く肩をすくめた。
「まぁ、気にしなくて大丈夫だよ。悪さもしないし、ちゃんと会話も成立する。
向こうの世界でも毎日すれ違う人全員を気にしないでしょ?それと同じ。」
「……そういうものか。」
「そういうものだよ。じゃあ教室まで案内するね!」
麗奈はにっこり笑う。
その笑顔は太陽みたいに明るい。
「レッツらゴーじゃ!」
妲己ちゃんが勢いよく片手を上げる。
パペットとは思えないほど生き生きと動き出す狐を見て、思わず苦笑する。
「器用だな、それ。」
「この子は相棒だからね。」
麗奈は狐の頭を優しく撫でた。
「一人で喋るより、二人で喋る方が寂しくないし。」
その一言に、ほんの一瞬だけ笑顔の奥に、言葉では説明できない寂しさが見えた気がした。
だが次の瞬間には、最程の調子へ戻っていた。
「ほらほら、グズグズしておると置いていくぞ?」
妲己ちゃんが俺を手招きする。
「ああ、分かってるよ。」
俺は苦笑しながら、その後ろを歩き始めた。
しかし先程のNPCと呼ばれていた女子生徒と麗奈の言葉を思い出す。
「……俺も、あいつらと大差ないのかもな。」
夢もなく、目標もなく、ただ毎日を流されるように生きてきた。
それはNPCと何が違うんだろう――。
「ん?今、何か言った?」
麗奈が振り返る。
「いや、何でもない」
俺は小さく首を振った。
「そっか…」
麗奈はそれ以上聞こうとはせず、また前を向いて歩き出す。
「じゃあ改めて。クラスまで、しゅっぱーつ!」
妲己ちゃんが大きく腕を振り、廊下に軽快な笑い声が響く。




