第拾巡 現世へ戻る方法は、一つだけあります
「あなたは亡者ではない。」
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「あなたはまだ寿命を終えていない、生者。
本来、ここへ来るべき存在ではありません。」
「……は?」
頭が真っ白になる。
俺が生者?
じゃあ今までの話は何だったんだ?
「いやっ、でもよ…俺、確かに鉄道事故に巻き込まれたんだよな!?……あれはなんだったんだ!?」
俺は意味が分からず尋ねる。
「…お前が鉄道事故に遭ったのは事実だ。
……だが、手術によって一命は取り留めている。」
宋帝王が手元の書類を観ながら俺に質問に答える。
「白、説明していただけますね?」
閻魔の視線が静かに白へ向けられる。
その穏やかな一言に、法廷中の空気が凍り付いた。
「そ、そんなはずありませんわ!」
白が目を丸くし、慌てて俺を指差した。
「だってあなた、死んだ魚みたいな目をしていましたし!
魂の輝きも今にも消えそうでしたし…てっきり”|後藤八兵衛”さん、九十歳だと……!」
「誰だよ、それ!!」
思わず全力でツッコむ。
「俺が九十歳のジジイに見えるか!?
俺は”真城空”!、十八歳だ!!」
「そんなの分かりませんわよ!死神は外見なんて見ませんもの!」
魂の輝きで判断しているんですから!」
白も負けじと言い返す。
「あなたの魂、もうおじいちゃんみたいにヨボヨボでしたわよ!」
「ヨボヨボ言うな!俺はまだ十代だぞ!」
ついさっきまで神聖な裁判が行われていたとは思えないほど、
小学生の口喧嘩みたいになっていた。
「…………。」
十王たちも呆れたように二人を眺めている。
「……白。」
閻魔が静かに名を呼ぶ。
「は、はいっ!」
白の背筋がぴんと伸びた。
「後で詳しく事情を聞きます。」
「……はい。」
今にも泣きそうな声だった。
その様子を見て、俺はようやく状況を理解する。
「ってことは……。俺は勘違いでここまで連れて来られたってことだよな?」
「だったらさっさと元の世界へ帰してくれよ。」
「そ、それが……。」
白が視線を泳がせる。
「その……ちょっとだけ問題がありまして……。」
「問題…嫌な予感しかしないんだが……?」
俺の問いに答えたのは白ではなく、閻魔だった。
「困りましたね。」
静かな声が法廷に響く。
「三途の川を渡る船は片道運航です。
一度こちら側へ渡った魂を、同じ方法で現世へ送り返すことはできません。」
「…………は?」
数秒、思考が止まる。
「いやいやいや!待ってくれ!
間違えて連れてきたのはそっちだろ!?」
「返品できませんって通販じゃないんだから!」
思わず声を荒げる。
「も、申し訳ありませんわ……。」
白は申し訳なさそうに小さく肩をすぼめていた。
「確かに、この件はこちらの過失です。
生者を誤って冥界へ導くなど、本来あってはならないことです。」
閻魔は少しだけ目を伏せ、そして静かに俺を見つめる。
「真城空。……現世へ戻る方法は、一つだけあります。」
「……本当か?」
「ええ。それは転生の門をくぐることです。」
閻魔はゆっくりと告げた。
「転生の門……?」
俺は思わず首を傾げた。
「それって、生まれ変わるってことだよな?
せっかく帰れるのは嬉しいけど……赤ちゃんからやり直しは勘弁だぞ?」
「その心配はいりません。あなたは通常の転生とは事情が異なります。
肉体がまだ現世に存在していますので、魂を元の器へ戻すだけで済みます。」
閻魔は小さく微笑む。
「……ふぅ。よかった……。」
思わず胸を撫で下ろした。
「白…転生の門まで案内して差し上げなさい。」
閻魔が静かに呼びかける。
「かしこまりましたわ。」
「それと、この件については後ほど詳しい報告を頂きますよ。」
「……はい。」
白はしょんぼりした子犬みたいな顔で頭を下げた。




